第152話、這い出す邪神


 魔境の最深部の地下遺跡、そのドーム状の大部屋。

 私とフォリアがいる前で、魔法陣から黒く毒々しい靄が噴き出している。さらに気味の悪い鳴き声のような音と共に、地面が揺さぶられた。


「邪なる者……?」


 フォリアが尋ねてきたので、私は答える。


「そう、神に匹敵する力を持つモノだ」


 あるいは、元神なのかもしれないね。神は全知全能ではない。尊敬すべき神もいれば、唾棄すべき悪神もいる。

 天界のルールを守っている限りは、世間一般でいう悪神も、そういう神で済むが、中には常軌を逸する使い方をしたり、ルールを破って追放、あるいは封印される者もいた。……シスター・カナヴィのように悪魔になる程度なら、まだ優しいというレベルで。


「この遺跡は、その邪なる者の力が外に出ないようにできている。まず間違いなく、封印の神殿だろうね」


 その癖、天界から様子を覗けるように、瞑想では中が見れるという仕様。この遺跡、いや神殿を作ったのは、地上の人間だが、主導したのは神だろう。


「もしかして、ジャシンって、邪神ということですか?」

「ん?」

「先ほど、わたしと戦った魔術師が言っていました! 復活がどうとか」

「なるほど、ここに封じられていたのが邪神とやらなんだろうね」


 その魔術師とやらは、ここに邪神が封じられているというのを、何らかの方法で知り、その封印を解きにきたということか。

 個人か、どこぞの組織の差し金か? 一人しかいないところからすると前者の可能性が高いな。

 やれやれ、面倒を増やしてくれる。


「そういえば、先ほど、わたしの命をニエに、とか言っていました」

「ふむ、封印を解くために、人間の命が必要だったのだろう」


 ただのイタズラや気まぐれで封印が解けないように、代償を必要とするものだったわけだ。


「そうなると、その魔術師は自分の命を使って封印を解除したということになるね」

「……わたしが殺したせい?」

「やらねば君が殺されて、封印が解かれていた。君がここにこなくても、魔術師は自分を生贄にするつもりだったのだろう。君が気にやむことはない」


 誰が、どうしようが、結局、ここに魔術師がいた時点で、結果は変わらないということだ。


「しかし、君がここにこなければ、私たちは邪神に先手を取られ、魔境の家や学校が危なかった。むしろ誇ってくれ。事前に私がここに来れたのだからね」


 私は剣を構えた。

 ……とはいえ、相手も神と名がつくとなると、簡単には済まないだろうなぁ。

 私は神担当の追放神だから、対神戦闘の経験についてはほどほどに高いけれど、所詮は中級。封印されるような輩は、果たしてどの程度か。

 黒い闇が霧のように漂う。これはいけない。


「聖域」


 闇を払う。これは生き物を蝕み、腐らせ殺す瘴気だ。フォリアが取り込めば、彼女は呪いに冒され、苦痛と共に死ぬことになる。そうはさせんよ。


「フォリア、ここから先は人間の領域ではない。絶対に加わるな。何なら今のうちに逃げてもよい」

「お師匠様はどうされるのですか!?」

「むちろん、ここで阻止する」


 邪神なんかが地上に出てしまった、魔境が瘴気で全滅。そこからどこまで被害が拡大するか想像もつかない。

 ……私はね、私のテリトリーを侵害されるのが嫌いなんだ。


「わたしに、できることはありますか……?」


 ……。ない、かな。

 この気配からすると、邪神というのは本当だろう。そんな相手に人間がどうこうできるものではない。……いや、この王国一の聖騎士イリスと聖剣が合わされば、もしかしたら対抗できるかもしれない。

 彼女の戦闘能力は、言ってみれば『勇者』に相当する。


「そうだね。私に万が一のことがあった時に備えて、イリスを呼んでくるとか、かな」

「わたしでは……お力になれませんか?」


 少しトーンが下がった。強くなりたい、という意志でここまでやってきたフォリアだからね。


「君は初めて会った頃より格段に強くなった。最近冒険者を色々と見たけど、たぶん、私の与えた剣や装備がなくても、それらを凌駕している」


 イリスというクソつよ人間がそばにいるせいで自覚がないかもしれないけど。……おっと、魔法陣から手が出てきた。

 今から刺したら止められるか? 経験上、その程度では止められない。さあ、さっさと本体出てこい。神を殺すのは、大変なんだから。

 邪神が出てくるまでの隙間を利用し、私はフォリアに告げた。


「君の望みは、すでに達している。君はもう、一人前の冒険者だ。魔境を単独で突破する実力が、それを明らかにしている」


 だが――


「物事には限度というものがある。如何に優れた人間でも、神を殺せる者はそうそういない」

「でも、先ほどイリス様なら、と――」

「いいや。彼女でも倒せるとは言っていないよ」


 立ち向かえるレベルであるかも、邪神の実力がわからないから、正直頼っていいレベルかもわからない。


「この辺りで一番強いのは彼女だからね。だから名前を出しただけのこと。最善手を選べ、まあそういうことだ」


 魔法陣から頭が出てきた。黒いなあ。聖域でぶん殴ったらどうなるかな? 一応、神ならあまり効かないとは思うけど――!


 聖域の壁をぶつけると、邪神の頭から黒い闇がベリベリと剥がれ飛び、白い、のっぺらぼうになった。

 ああ、やっぱり聖域の中に入ってこれたね。ただ、瘴気は祓われたみたいだけど。


「手を見た時から予想はついていたけど、これは巨人サイズかなぁ」


 魔法陣から這い出してくる巨大のっぺらぼう。聖域の中に入っているせいで、黒かった体は、白く輝いている。


 元神様だー。あぁ、もう。悪魔と対峙した時の数百倍、億劫な顔をしていると思うね、今の私は。

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