第151話、邪なる者
魔境の最深の遺跡、その地下深くにいた女魔術師は、フォリアに立ち去るように言った。
しかし、フォリアは素直ではあっても、相手の言動に引っかかるものをおぼえていた。
このまま立ち去って、果たしていいものか。
ただでさえ、このドーム状の大部屋の雰囲気は、寒気をおぼえるほど嫌な気配に満ちていた。
そしてこの魔術師からも、同様の嫌なニオイを感じた。
「あなたはここで、何をしているのですか?」
そもそもここは魔境。普通の人間がふらついていられる場所ではない。それも最深部近くとなれば、只者ではないはずだ。
女魔術師の表情が固まる。
「警告はしたのだけれどね。……面倒だわ」
ふっと右手をあげて、フォリアにその指先を向け――電撃を放った。不意打ちのつもりだったが、フォリアはそれをきっちり躱した。
「避けた……?」
すでにフォリアも警戒感バリバリだったから、女魔術師の動きにも即対応できた。これも日頃の鍛錬の成果だ。
もっとも。
――イリス様なら、聖剣で今の魔法を弾いただろうけど。
一歩も動くことなく、王国一の聖騎士は対処しただろう。世の中、上には上がいるのだ。
「さすがにここまで来るだけの力はあるわけね。……舐めていたわ、お嬢さん」
女魔術師は両手を上へと挙げた。
「邪神復活の邪魔をされるのは癪だけれど、物は考えようね。貴女の命を贄に使わせてもらうわ!」
「ジャシン……!? ジャシンって――」
言いかけたフォリアだが、女魔術師は
「一人でノコノコ来たのを恨むのね。まあおかげで、私は邪神の姿を拝むことができるわけだから、私はツイているのだけれども!」
「くっ!」
殺意と共に放たれた炎の槍を、フォリアは躱す、躱す、躱す! しかし外れた魔法は壁に当たり、岩を崩して出入り口である階段を塞ぐ。
「帰り道が!?」
「警告した時に帰っていればよかったのにね!」
わざと出入り口を破壊し、女魔術師は妖艶に微笑む。
「どうせ貴女の命運はここで尽きるのだから、大人しくやられてしまいなさいっ!」
炎は大蛇の形となって向かってくる。フォリアは……前に出た。向かってくる炎の噛みつきをかいくぐり、女魔術師との間に距離を詰める。
その動きに女魔術師は目を剥く。
「ここで向かってくるとか!」
言葉にして、自分は、若い女戦士を侮っていたことを自覚する。腐っても魔境。その最深部へ単独で辿り着けるような者が、弱いわけがないのだ。
「生意気ッ!」
氷の刃を複数生成。それをナイフの如く飛ばす。
対するフォリアは、必要最低限の動きで避ける。体を横に倒しながらの一回転ジャンプで、氷を避けるとか、常軌を逸する動きにも見え、女魔術師の度肝を抜いた。わけがわからなかった。
挟むように放たれた攻撃を剣で弾き、フォリアは女魔術師の懐に飛び込んだ。
「これが人間の動――」
最後まで喋ることはできなかった。フォリアの剣が、女魔術師の胸を貫いたのだ。
「……あなたが悪いんですよ。わたしを殺そうとしたから」
本音を言えば、相手は人間。殺すことに躊躇いがなかったと言えば嘘になる。しかし、彼女に剣を教えてくれたイリスは、口を酸っぱくして言った。
『自分を殺そうとする敵に、一切の躊躇は駄目よ』
中途半端は、身を滅ぼす。聖騎士として国を守ってきたイリスは、モンスターだけでなく、時には人を討つこともあった。
もっとも、フォリアにとって、戦場での人を討つことはこれが初めてではない。……ほとんど師であるジョン・ゴッドの指示に従った結果、そうなっただけ、ではあるが。
「ふ、ふふ――」
女魔術師は苦痛に表情を歪ませていたが、無理やり笑みを作った。
「どの道、ここには、死にに来た、から――これで、いい」
ガクリ、と力が抜け、女魔術師は倒れた。流れ出た血が地面の魔法陣、その一部に重なった時は、どす黒い靄のようなものが噴き出した。
「!?」
ドロリとしたものを感じた。触れてはいけないと本能が察して、フォリアは慌てて距離をとった。
その瞬間、背後で轟音がした。
壁が吹き飛び、塞がっていた出入り口の階段前が開いた。そこに現れたのは――
「お師匠様!」
ここにいるはずのないジョン・ゴッドが、駆けつけたのだった。
・ ・ ・
この遺跡は、神の力を遮る結界が張られていた。
おかげで、フォリアの元へ転移しようとしたのに、瞬時に向かうことができなかった。瞑想で中は見ることができるのに、それ以上の力は通さない。
その時点で、この遺跡がどういうものか、私は察した。ともあれ、仕方がないので遺跡の外まで瞬間移動をして、そこから一気に地下遺跡に突入した。
長い長い階段は、真ん中が開いていることを利用して、そのまま飛び込み、先ほどまでフォリアが通ってきた道を頭の中で思い出し、最短コースを通って駆けつけた。
そして到着したら……フォリアが女性魔術師を倒し、直後に闇の力が噴き出すところであった。
「お師匠様!」
「フォリア、下がりなさい」
ここから先は、人間の力でどうにかなるものではないよ。
私のもとに駆けてきたフォリアは、息を切らせながら聞いてきた。
「どうしてここに!?」
「闇の気配を感じてね。どうやら、災厄が蘇ったらしい」
「災厄……?」
「そう。私も正確なところは知らないが、ここは邪なる者を封印している遺跡なのだろう」
そして、あの黒い闇は、邪なる者の力であろう。
この魔境には、とんでもない化け物が封印されていた、ということだね。やれやれ……。
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