第150話、頑張る者、見守る者


 深部遺跡は、非常に薄暗かった。

 天井から光が降り注ぐが、中途半端な高度なので、とても見にくい。


 しかも厄介なのは、下へ下へといく形なので、壁に沿って階段を下りるのだが、階段と何もない空洞の見分けがつきにくいほどの明るさしかなかったことだ。


「光があっても暗い」


 フォリアは立ち止まり、天を仰いだ。さすがに足場が足場なので、よそ見しながら歩いて転落は御免蒙る。

 腰のポーチ――エルフの魔道具職人エルバからもらった収納ポーチから、妖精のランタンを取り出す。


 収納ポーチは、ある程度のサイズを無視して出し入れができるため、見た目に反して大容量だ。

 そして妖精のランタンは、白く金属製なのに軽量小型。白い光を発するそれは、妖精を集めて複数の光を放つことで、光の屈折で目を眩ましたり隠してある仕掛けに強い違和感を与えて、持ち主に気づかせるという効果もあるという。


「……参ったなぁ」


 思わずフォリアは呟いた。妖精のランタンの光で、先ほどより見やすくなるはずだったのか、そんなこともなかった。


「もしかして、この黒い石が、光を吸い取ってる……?」


 壁や床が黒いのはそういう石材だと思っていたが、特殊な材質なのかもしれない。うっすら見えているから、光は反射しているのだが、それが非常に弱い。少し距離があると、そこが空洞なのか階段なのか見分けがつかないのは、変わらない。

 時々、コウモリの羽ばたきのような音が聞こえている。これは要注意だと思いつつ、フォリアは歩を進めた。



  ・  ・  ・



 見守る、と一度決めたからには、私はフォリアの遺跡探索を見続けた。

 私も魔境の最深部に遺跡があることは知らなかったから、どういう構造で、どういうモンスターが潜んでいるかわからない。


 人間サイズとしては少々大きい内装のようだが、間違っても巨人族などが動き回れるほどではないから、魔境の凶悪なモンスターの中でも、図体の大きいものはいないだろう。

 ……どこかに外と繋がる横穴なりがあって、そこから侵入した、ともなければ。


 長い長い階段を下っていくフォリア。四角い内装に沿って、グルグルと回りながらなので、さながら塔の中を下へ向かうといった形となっている。

 どこまで深いのか。しかも階段の視認性が悪い上に、手すりもないので、中央に寄ると落下の危険性があった。


 もちろん、フォリアはそれを承知しているから、足を踏み外さないように慎重に進んでいる。着実に、間違いなく進めていこうとする姿は、実に彼女らしい。

 出てくるモンスターは吸血型コウモリで、これらはフォリアの敵ではなかった。見ているこちらとしては、彼女が降ってくる敵に対応している時に、うっかり足を踏み外さないか心配になった。


 幸い、フォリアはお世辞にも広いとはいえない階段通路で巧みに立ち回り、落下することはなかった。

 長い階段の先は、遺跡とむき出しの土が合わさった地下といった風情のエリアだった。これはちょっとしたダンジョンだな。


 用心しながら探索するフォリアは、冒険者としてよく学び、それを実践した。仕掛けられたトラップをギリギリで回避した時は、こちらの心臓が止まるかと思った。


 こういうのを見ていると、探索は一人で行くものではないな、と感じる。

 万が一の怪我やトラップで動けなくなった時、仲間がいれば救出の可能性はあるが、一人では何かあった時に、そこでほぼ終了なのだ。

 今回は、私が見守っているから、何かあればすぐに駆けつけられるが、普通ならば単独で遭難となれば、救出は間に合わないだろう。


 遺跡エリアに入ってから、比較的大型のモンスターとの遭遇が増えた。魔境の森をうろついている大型魔獣ほどではないが、人間と比べると大きな図体をしている。

 壁に張り付く大トカゲ型モンスター。大蛇型モンスターのグレートボア。魔境の敵だけあって、騎士や並の冒険者よりも強い個体がゴロゴロしていた。


 しかし、これらと戦うフォリアは、追い込まれることなく、攻撃を躱し、的確に倒していった。

 魔境ダンジョンで、イリスたちと一緒に戦った経験が生きているのだろう。何気に100階層あるダンジョンの四分の三程度は突破しているパーティーの一員だからなぁ。


 実に危なげない。確かな立ち回りだ。

 こう見ると、やはりフォリアは成長している。私がしたのは、彼女に武器を作ってあげたことと、ゴーレムのゴーちゃんを練習相手に宛がっただけだけど、その後にイリスや、王国騎士たちから教わり、さらにダンジョンアタックもしている。


 これで成長していなかったら嘘であろう。どうだろうな、私の個人的な見立てでは、冒険者ギルドにいたAランク相当と遜色ないレベルまで鍛えられているのではないか。

 何だかしみじみとしてしまうね。あの娘も、よくここまで育ったものだ。


 オーガ――それも強化種と思われる個体が、超重量の金棒を振り回しても、フォリアはそれを回避する。当たれば一撃で骨や内臓を砕く凶悪な一撃も危なげなく避け、体格差をものともせず肉薄すると首を切り捨てる。

 技術もあれば、度胸もある。これで自信がないのはどうしてだろうね。


 初見であるが、フォリアは順調に遺跡探索を続けた。時々、壁などに刻まれた文字を読んでいるようだが、果たして何て書いてあったのかな。


「……むっ」


 瞑想で見ていた私だが、そこで異常に暗く冷たい闇を感じ取った。恐るべきモノの気配、この場に似つかわしくない、異常。

 これは、フォリアの成長がどうこう言っていられるようなものではない。その冷たい闇の気配は、遺跡のさらに奥から、漏れ出ているようだった。



  ・  ・  ・



「おやおや、まさか魔境の最深に人がやってくるとはねぇ……」


 ねっとりと絡み付くような女の声に、フォリアは顔を上げた。

 階段を下った先にあるドーム状の大部屋。何やら魔法陣が床にあって、黒々とした霧のようなものが漏れ出している。

 その近くに、赤い魔術師の三角帽子とローブをまとった女性が立っていた。まさか、と言うのは、フォリアも同じだ。


「こんなところに人がいるなんて……」

「可愛らしいお嬢さん。ここに辿り着いたのは褒めてあげてもいいけれど……ここが何なのか、わかっているかしら?」

「さあ、遺跡……ではないんですか?」


 フォリアは警戒しつつ尋ねれば、女魔術師は口角を上げた。


「何も知らないのね。なら、そのまま回れ右して帰ることをお勧めするわ。世の中、知らない方が幸せなこともあるのよ」


 お行きなさい、女魔術師は言った。尋常ならざる雰囲気。フォリアは息を呑んだ。

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