第149話、最初の一歩


 フォリアは、魔境の最深部を目指した。

 以前ならばまるで太刀打ちできない大型魔獣でさえも、今の彼女を止めることはできなかった。


 侵入者に牙を剥くモンスター。全体的に巨体を誇るそれらは、魔境と呼ばれる場所だけあって、独自の生態系を作っている。総じて凶暴。総じて強敵だ。

 しかしフォリアは怯まない。何故なら、その敵のことを知っているからだ。


 ――動ける! 相手の動きもわかるっ!


 巨大蟹の巨腕が、岩石のように振ってくる。当たれば骨も砕かれ即死ものだろう。フォリアはそれを回避すると、目標を潰し損ねた腕ハサミが地面を抉り、土を舞い上げた。


 その僅かな隙を見逃さず、フォリアは地面を蹴り、ハサミの上に飛び乗る。そしてその腕を踏み台に胴体へと飛びかかり、剣による一撃で両断する。


 さすがはジョン・ゴッドの作りし剣。その切れ味は、未熟なフォリアでも容易く敵を切り裂いた。


 そう、フォリアは自分のことを未熟と思っている。武器の力を借りなければ、魔境のモンスターと戦えない。その程度の力しかないと思い込んでいた。

 だから、せめて武器の威力には頼るが、それを活用して、間違いないように、敵を倒せるように的確に動けるのを課題にしていた。

 最終的には、そこらの市販品程度の武器でも倒せるように、体の動かし方、敵の急所の突き方など、それを身につけるのだ。


 巨大蟹を仕留め、川辺を超えて、森の奥へ。

 ここでは人間など、か弱い生き物だ。モンスターは、人を小動物、食材としか見ていない。

 無用な殺生を、と考える必要もなかった。向こうから襲ってくるのだから。


 しかしフォリアは、緊張感を保ちつつ、足取りに不安はなかった。

 これまで勉強したが役に立っている。頭の中でそれを思い出す余裕があって、たとえ初見であってもこれまで学んだことを活かして動けた。

 魔境の奥地にきている……とは思うのだが、実際のところ最深部がどうなっているかわからないので、推測するしかない。


 フォリアは注意深く進むが、鬱蒼と生い茂る森の緑が遠方の視界を遮っているため、どれくらい進んでいるのか、勘で補足しながら行くしかなかった。

 やがて――


「水の音……?」


 轟々たる音は滝、それもそれなりの水量だった。だがフォリアは首をかしげる。

 ジョン・ゴッドの飛空艇で魔境の上を飛んだ時も、この魔境に滝など見たことがなかったからだ。

 いったいどこにそんな水量が落ちる音を響かせるほどの大きな滝があったのか。複雑怪奇。


「これは……」


 フォリアは立ち止まる。森の木々がアーチを作り、空を遮る中、地面を掘り進めるような形で、下への傾斜があった。

 その坂の奥に、石造りの柱と、ダンジョン入り口の祠のような建物があった。


「古代遺跡かな……?」


 この魔境には、古の文明の遺跡があった。ここにもその一部があるのか。いや、同じ時代のものとは決まってはいないか。

 おそらく魔境の最深部に近い場所にある遺跡らしき跡。ここが最深部なのかもしれない。

 フォリアは高鳴る胸を押さえて、呼吸を整えると一歩を踏み出した。


 不安よりも、期待が上回る。その感情を自覚すると、フォリアは自然と笑みをこぼす。

 両親が冒険者だったから、冒険者になった。周りも冒険者だらけで、その道を行くのは生きるためにも必要なことだった。


 だから、人生を疑ったことはないが、初めての遺跡などを探索すると自覚した時、期待と好奇心が疼いたことが、きちんと自分も冒険者だったのだとわかって、嬉しくなるのだった。



  ・  ・  ・



 ふむふむ、フォリアは探索をするようだ。

 瞑想をする私は、彼女の行動を見ていた。


 安易にかけつけては、フォリアの『自分の力がどこまで通用するのか』試すこの行動を無意味にしてしまう。

 自分でも、彼女に関しては心配性になっているのは、いささかの驚きではあったが、正直、ハラハラさせられる。

 幼子を見守る親とは、こういう心境なのかもしれない。手助けしたいと思っても、それが彼女の成長を妨げてしまうのではないか。


 人間は弱い。それも一人ともなれば、成し遂げられることなど高が知れている。人間は群れてこそ力を発揮する生き物だ。

 だが必ずしも群れである必要もない。個々の能力で成し遂げてしまえる力を持っているのもまた、人間なのだ。

 フォリアは、その殻を破ろうとあがいている。一人で魔境を探索しようとする行動もまた、己の力の限界を確かめる行動だ。


 何故だ?

 何故、一人でやろうとする? その理由について、彼女はおそらく、周りに助けられているからであろう。


 冒険者は自己責任。その行動は全て、自分で考え、自分で解決しなくてはいけない。もちろん仲間の助けや支えも必要だろう。だがそれは、自分で選び、頼んだ上でなくてはならない。

 周りが勝手に助けてくれる――冒険者としては、それでいいのか、と真面目なフォリアは考えてしまうわけだ。


 周りの善意は、両親の生前の行いのおかげなのだけれど、それに甘えていては自分が駄目になると、彼女は常々思っていたのだろう。

 だから、一人で、私のもとに弟子入り志願し、自分で決めて、その行動の成否は自分で責任を持てる人間になりたかったのだ。


 いわば、彼女は自分がきちんと大人になるか、惰性で生きる駄目人間になるかの瀬戸際にいると思っているのだろう。まだ子供なのに、いや大人になりつつあるからこそ、焦るのだろうね。

 故に、私も安易に手助けをしてはいけない。だが放置もいけない。私は、フォリアを見守る。


 彼女は、遺跡――その地下へと足を踏み入れた。

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