第148話、魔境の奥の奥


 ソルツァール王国軍が国境の戦いを制し、仕掛けた隣国ジルヴィントが、周辺国から、タコ殴りにされつつあった。


 何故、そうなったか?

 元より好戦的で、周辺国との紛争がしょっちゅうなジルヴィント人は、かなり嫌われていたこと。ソルツァール王国に攻撃をかけたものの、強大な機械騎兵を主力とする軍勢が壊滅したことで、ジルヴィント軍は弱体化。これを好機とみた周辺国は、積年の恨みとばかりに攻撃に出たのである。


 この裏では、ソルツァール王国のアーガスト王が、周辺国へ根回しをしていたというのも、この機会での一斉攻撃に繋がったようだった。

 ……やるねぇ、国王さんも。


 私は、前線で戦う兵たちの健闘を祈りつつ、魔境にいて日常を過ごしていた。そんな時、フォリアが唐突に聞いてきた。


「お師匠様、この魔境の奥……つまり最深部と呼ばれる場所は、行ったことがありますか?」

「最深部……。いや、ないね」


 私も、魔境に家を建てようと思った時、よさそうな場所を探し、その辺りを確認した回ったけれども、全てを見たわけではない。

 この家がある一帯は、一応深部という扱いらしいが、さらに奥――我々が探索して見つけた古代遺跡のさらなる奥は、まだ行っていないね。


「どうしたの?」

「いえ、何があるんだろうって、思っただけなんで」


 そう言うと、フォリアは踵を返して、夕飯の支度に戻った。


 魔境の最深部かぁ、何があるんだろうね。

 この時は、呑気にもそう思ったんだけど、事件は起きた。


 フォリアがいなくなったのだ。



  ・  ・  ・



 どうやら、彼女は魔境の最深部で出かけたらしい。


 黙っていなくなった、というか、口頭では言わなかったが、置き手紙を残していった。

 ……読み書きできなかったら、どうするつもりだったんだろうとふと思った。


 手紙によると、自分がどこまで強くなったのか、試したいということだった。冒険者として成長を実感したいらしい。

 最近は、魔境ダンジョンに挑んでいるが、パーティーメンバーが強すぎることもあって、本当に強くなっているのか、本人が自信を持てずにいるようだった。


 だから、『一人』で魔境の最深部に行ってくる、のだそうだ。


 イリスもウイエも留守の時に、か。はてさて、魔境ダンジョンに一人で挑むというのなら、もしものことがあった時の救助はできる。何ならどこにいるのかも、ダンジョン監視のゴーレムチームが調べて見つけることもできる。


 が、魔境の最深部となると、監視の目はない。そして何があって、どんなモンスターが生息しているのかも、私すら知らない。


「うーむ……」


 思わず声に出てしまう。基本的に、やることは自己責任。

 誰がどこで何をしようが、迷惑をかけない限りは、どうぞご自由に、という主義の私だが、どうしよう、不安でいっぱいだ。


 これはどういうことか。普段一緒に生活していて、それなりに他人の身を案じることができるようになったということだろうか。


 そう考えると、こうした他者への感情で心が揺れるほど、人というものを理解してきたのかもしれない。


 その発見は、私としては嬉しい変化だが、状況が状況だけに素直に喜んでいられない。

 私は、瞑想する。魔境の中に意識を飛ばし、一人探索に向かったフォリアを追う。


 ……いた。


 魔境では、暴れん坊で通っているドラゴン崩れと、フォリアが戦っていた。



  ・  ・  ・



 あの時は、ただただ睨むことしかできなかった。

 フォリアは剣を構える。


 彼女の身長の数倍はある巨躯を持つドラゴンもどき。かつてはまったく勝算もなく、ただウイエを逃がすためのしんがりをした。


 勝てる気がしなかったのは昔の話。

 凄まじい怒号が響き渡る。それで相手を恐怖に震えさせたところで、強烈な突進からの噛みつきで一気に喰らう。

 その素早い突撃を、フォリアは足に魔力を回して、跳躍力を強化、回避した。


 怖くないといえば嘘になる。

 ここには師匠はいない。聖騎士にして、頼りになるイリスもいない。


 自分一人。サポートに徹すれば、誰かが倒してくれるということはない。全部、自分で何とかするしかないッ!


「そんなワンパターン――!」


 ジャンプで噛みつきを躱し、着地と同時に突撃のためのタメを作る。その間にもドラゴンもどきのどこを狙うか、フォリアの目は見据えている。


 このモンスターの倒れる様を、彼女の脳内はいくつも描いている。今までやってきたことを全て出せれば、このドラゴンもどきを倒せる!


 相手が振り返る。そのギョロリとした目がフォリアを捉えた時、すでに彼女は飛び込んでいた。


 一閃。


 ジョン・ゴッドが、彼女のために作った剣は、分厚いドラゴンもどきの首の皮と肉と骨を切り裂いた。


 魔境ダンジョンで倒したドラゴン種と同じだ。ブレスを吐かないだけ、まだこちらのほうが弱いとさえ思える。

 イリスが聖剣でドラゴンの首を落とす様は見ている。そしてかつてジョン・ゴッドが、ドラゴンもどきの首をやはり両断する光景も思い出した。


 そしてイメージの通り、フォリアは、かつては手も足も出なかったドラゴンもどきを、単独で討伐したのだった。

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