一話  詐欺師と巡り合わせ

 二〇××年、日本某県朝里市。今日は七月の快晴の日であった。朝里市はその昔、外国との交易が盛んであり、市には幾つかの外国人街もあった。少子高齢化が進む日本の中では珍しく若者が多く、その活気もあってか東京、大阪、名古屋に続いてくらいで人気のある地でもある。

 土曜の今日は特に朝里市名物の動物園を目的の観光客が多くいた。そんな平和な久地上市の中央駅ではある一人の男が道行く人に声をかけていた。

「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!朝里動物園の看板キャラ、『ギャオン君』の饅頭ですよ。さぁ、さぁ、どうぞ味見をそこの奥さんたち!」

 男の名は澤田東悟。彼は丸眼鏡をかけ、長机を設置し、その上に大箱に入った饅頭を売り出している。饅頭には朝里動物園で一番人気のライオン、「ギャオン君」の顔がプリントされていた。澤田は半被を羽織り、メガホンを片手に、持ち前の端正な顔で商品を宣伝していた。声をかけられた数人の奥方達は澤田の美形な顔に惹かれて、とことこと近寄ってきた。

「あらぁ、じゃあお一つ頂こうかしら。」

「じゃあ、私も!」

「どうぞ、どうぞ!召し上がってください!」

 澤田は爪楊枝で半分にした饅頭を刺し、彼女らに手渡した。奥方達は呑気なぽっちゃり顔でそれを頬ばった。そこらから感嘆の声が上がる。

「美味しいわね~。こしあんかしら?」

「ううん~、美味ねぇ!これいくらなの?お兄さん。」

 奥方の一人が財布を取り出しながら、澤田を見た。彼の方は気味が悪いくらいにニタニタ笑いながら、彼女の前に五本の指を差し出した。

「一箱三千円です。奥さん。」

「まぁ、そんなに!?やっぱり、買わない方が…。」

「あぁ、奥さん。諦めが早いですよ!」

 澤田はわざとらしく、胸を押さえて悲痛な表情を見せた。そうして、素早く机の下から一着の黄色のTシャツと美肌パック取り出した。

「うちはおまけに厚くてね、今この饅頭を買った人は期間限定で『スペシャル☆ギャオン君Tシャツ』をタダで貰えるんです!なんとなんと美しいマダム達にはこちらの『ギャオンカラーフェイスパック』も用意してあります!どうです?お得でしょう?」

 澤田は奥方に顔を寄せ、品のよい笑顔を見せた。澤田の美形が太陽に照らされ、よく見える。その途端、彼女らはぽわっと頬を真っ赤にした。

「じゃ、じゃあ饅頭一箱もらおうかしら。」

 奥方の一人が野口英世を三枚、彼に差し出した。澤田は満足そうに一つ手を叩くと、声を張り上げた、「お一つお買い上げ!」と。それに続いて他の奥様方も次から次に札を持ち寄ってきた。

「お兄さん、あたしにも。」

「あたしが先に買うの!」

「ダメ、あたしが!」

「さぁさ、奥さん。饅頭は沢山ありますからね。慌てなくて大丈夫ですよー。」

 澤田は商売繁盛の嬉しさに、堪えきれず歯を見せて笑った。すると奥方の一人が彼に声をかけてきた。

「お兄さん、本当に男前ねぇ。顔立ちが“外国人”みたいー。」

 その途端澤田は笑顔を崩し、肩をびくつかせた。おおよそ奥方にとっては単なる誉め言葉らしかったが、予想外の反応に本人も目を丸くさせていた。はっとした澤田は、すぐにも笑顔で取り繕うとしたが、第三者の介入で全てが台無しになった。

「こら、君、何をやってるんだ!?」

 怒号とともに一人の警察官がこちらに走ってきた。澤田は「やべっ。」という言葉を皮切りに、すぐさま商売道具を片付け始めた。警官は問答無用でこちらに迫ってきた。

「君、従業員名簿に載ってないぞ!動物園に許可も取らず、商売とはどういうことだ!」

 じりじりと寄ってくる相手に、澤田は目もくれず、饅頭箱と金を大袋に詰め込み、机を折りたたんで肩に担ぐと、奥方達にウィンクをした。

「それでは奥様方、毎度ありがとうございました!」

 澤田はその台詞とともに、あっという間に走り去った。その後ろを警官がぜぇぜぇと息をしながら追跡していった。奥方達はその場面をただ茫然と眺めることしかできなかった。


「っち、日本は警備が厳しいからやになるぜ。」

 澤田は動物園の出口に向かいながら呟いた。アメリカから偽造パスポートを利用して日本に潜り込んで早数年。澤田は「ヤン」の名前を捨てて、一日本人として暮らしている。日本に来てからはまず手っ取り早く、この国の詐欺の手口を隅々まで調べつくし、それを真似してきた。身近なオレオレ詐欺、架空請求、フィッシング詐欺、etc...。成長して、青年の顔つきになれば結婚詐欺にも手を出した。詐欺をやっていく内に金は貯まり、いくつもの自分の”顔”ができた。そうだ、変装が得意になったのだ。あるときは一流企業に勤めるサラリーマン、あるときは実直な保険会社の社員、あるときは誰かの息子か孫。たまに自分が誰なのか分からなくなるくらい顔を作り、そのおかげで逮捕もされず生き延びてきた。

 犯罪と金で満たされた人生。だのに、澤田は報われない気分だった。それは仲間だ。犯罪は共犯者が多いほど成功率が高くなるが、逆に互いに欺き合い自滅する場合もある。澤田はせっかく日本に潜り込めたのに、そのようなリスクを冒すのはもったいないと共犯者を見つけられなかった。

 走る、走る。逃げる。澤田が思い出すのはいつだって、あの四人で馬鹿をやっていた過去。懐かしい、戻ってもみたい、あの頃に。

 そう思った瞬間、澤田は出口付近のベンチに視線が向いた。そこにはパーカーのフードを目深に被った少女が座っていた。少女はパーカーの下に黒のインナー、短パン、ポップな縞タイツという活発な性格を暗示させる服装をしていたが、表情だけは暗かった。なぜその気分で動物園に来たのか分からないほどの陰鬱な雰囲気だ。澤田はその少女を見つめ、なんだか懐かしい心持にさせられた。何だ、この感情。澤田は理由も分からず、しばし俯く少女を見つめたが、追手の声が聞こえ再び走り出した。

 振り向けば、少女は澤田がそうしたように、こちらを見つめていた。


                 ※ 


「そんで?お前さんは失敗したのか?」

 昼間の味のある純喫茶で、髭を蓄えた店長が尋ねた。それに対し、ストローでアイスコーヒーを啜りながら澤田は首を振った。

「失敗はしてまセーン。」

 そう言うと、澤田は札束をひらひらとはためかせた。店長ははっと冷笑すると、コーヒーカップを拭き始めた。この喫茶「モラトリアム」は昼は純喫茶、夜はバーという二つの顔を持っている。初老の店長・高橋は店の傍ら情報屋を担っており、金をもらえれば誰にでも情報を渡す男である。しかし、取引がなければ警察にも情報を渡さないほど口が硬い人物のため、澤田はそれを気に入り、頻繁に高橋の元に入り浸っている。もっと言えば、彼の店の三階を間借りしている。高橋はカップの汚れを点検しながら、口を開いた。

「まぁ、俺としちゃあ月々の家賃さえ払ってくれればどうでもいい。ところでだ、澤田」

「なんだ?」

「お前、テレビは見るか?」

「さあな、部屋に置いてあるのならたまに見てる。それがどうかしたか?」

「じゃあ例の『占い少女失踪事件』は知ってるよな?」

「なんだぁ?そりゃあ。」

「知らねぇのかよ。ほら、最近よくテレビに出てるよく当たるって噂の女の子の占い師だよ。その子が数日前から行方不明らしい。」

「そういや、そんな奴いたな。ま、有名人なら誘拐が答えじゃねぇのか?」

 澤田はストローでぶくぶくとコーヒーを泡立てた。彼はテレビで有名な占い少女などどうでもよかった。なぜなら占いなど存在しない、彼らも詐欺師の一種、自分と同じ同業者だと見なしているからだ。同業者が一人減ろうと、自分には関係ない。そう思って、澤田は次のヤマを考え始めた。しかし、高橋は続けた。

「いいや、実は違う。少女は家出をしたらしい。」

 澤田は横目で店長を見た。しかしすぐ背けた。

「へえ、そりゃまた何で?」

「知りたいか?」

 高橋は灰色の髭を上げて不敵に笑った。あぁ、取引が始まった。澤田は軽く店長をねめつけたが、なんとも彼の語り口調には人を惑わす術があるようだ。話の先を読みたくなった澤田はポケットから千円札を取り出した。

「軽い世間話にはこれがで上等だろ。」

「毎度あり。」

 札を受け取ると、高橋は話を再生しはじめた。


 

                 ※ 



「なんだ、それくらいことかよ。」

 澤田は純喫茶を出ると、近くの公園に赴いた。夕焼けでも見て一服したかったからだ。高橋が語った内容は以下の通り。占い少女は父親から虐待を受けており、それが苦となって東京から家出をした。そして、郊外のこの町にまで逃亡して潜伏しているとのこと。要するに、ただの家出。

「なんか、何年も前なのに、思い出しちまうな。」

 死んだ母親を置いて、逃げ去ったあの日、あの自分だけの解放記念日。少女に話からはふといくつも昔の自分との類似点が見出された。きっと少女にも解放記念日が訪れたんだ。そう思い、澤田は赤い空から目を外し、煙草の煙を吐きだし、それを踏んずけて消火した。そしてもう胸元のポケットからもう一本煙草を取り出そうとしたときだった。

「畜生。」

 誤って煙草が一本ベンチの下に転がった。澤田はそれに手を伸ばした。そこで、ふと気づいた。

「あれ、人?」

 煙草を取ろうとしゃがみこんだとき、ベンチの裏、公園を取り囲む緑の茂みに人が姿をのぞかせていた。近寄ってみると、澤田は目を見開いた。

「あのときの、ガキ?」


 そこには動物園で見かけた少女が、茂みの中に横たわっていた。。




 

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半グレ詐欺師と占い少女 渋谷滄溟 @rererefa

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