半グレ詐欺師と占い少女

渋谷滄溟

プロローグ 詐欺師 誕生


 ヤン、それが前の俺のアメリカ人としての名前だった。その前はトム・バレンタイン。まあ、今となっちゃあどちらももう捨てた名だがな。何せ今の俺は日本人の「澤田東悟」だ。

 俺は日系ハーフとしてアメリカで生を受けてから碌でもない人生を送ってきた。スラム街で生まれた俺には父親がおらず、いるのは飲んだくれの娼婦の母親だけだった。お袋め、そういやいつも商売のあとは俺を酒瓶でぶん殴ってきたっけ。何で打ん殴られたんだろう。ああ確か、そうだな客の一人であった日本人の父親にそっくりだからだったっけ。ともかく碌な女ではなかった。飯も作ってくれず、俺に与えてくれたのは「トム・バレンタイン」とかいう名前と、雨風をしのげるぼろアパートの一室だけだった。俺は常に腹を空かせ、学校にも行かずに酒とドラッグで臭う故郷をよく放浪した。

 さて。質問だ、諸君。学校も行かず、家庭環境も最底辺、そんなスラム街のガキが行きつく果ては何だい?決まってるだろ、半ぐれだ。十五のときだっけかな、母親が死んだ。あの女、俺が食いもんを求めて散々近所のゴミ箱を漁っているあいだにありったけのドラッグを吸いやがったんだ。俺が帰ったときにゃあ、分かるだろ?中毒で既に冷たくなっちまってた。それでどうしたかって?他の常識人君達は葬式でもあげたりするだろ。でも俺の答えは「逃亡」だ。臭くて、碌な思い出さえないアパートから飛び出したのさ。お袋の死体も片づけずに、そのまんまで。

 アパートを飛び出して、故郷を行く宛てもなく走り回った。でも気持ちよかった。心が軽くなったんだ。お袋が死ぬまでは、まだ常識ってもんが残ってたんだろうな。犯罪とかに手を出してあの女を悲しませたくないって思っていたんだろうよ。でもよ、もうそんなの奴が死んじまえばどうでもよくなってたんだ。これ以上、打たれなくて済む、母親に愛を求めなくて済む。孤独ではあったがな。でもよ、もう何も俺を縛る者がないと思ったらよぉ、脳から何か気持ち良い汁が止まんなくなったんだ。俺は走りながら故郷に向かって叫んだよ、「俺は自由だ」ってな。

俺は早速、すりや万引きを働き出したよ。意外にも、俺には犯罪者の才能があったみたいだ、全てを見つからずにやり遂げた。盗んだ金でいろんな食いもんを買ったよ。ハンバーガーにフレンチフライだろ?あとスーパーで椀ホールのケーキも買った。俺んちにはテレビも雑誌さえろくに置いてなかったから、店に入ったら知らねぇ飯ばかりがあったよ。犯罪のおかげで初めて腐ってないもんが食えたんだ。気づけばもう悪童の道をまっしぐらさ。

 盗みを始めて一か月ぐらいで仲間ができたよ。リチャードに、アイザックに、ヒューイ。どいつも筋金入りの悪ガキだよ。俺たちはチームを組んで、盗みをやっていった。そんときに俺は「トム・バレンタイン」を捨てた。下らねぇ過去を捨てたのさ。俺は自分を「ヤン」と仲間に呼ばせることにした。理由なんてとくにないさ、菓子袋のキャラクターにそんな奴がいたからってだけだ。

 俺たちは最高だった。地道にすりを働いていく内に金を貯めて銃を買った。銃がありゃあもっと盗めるからな。俺たちはそこらへんの店に覆面をして入ってはチャカで脅していうんだ、「金を出せ」ってな。人殺しはしなかったよ、俺は意外に腰抜けだ、そこまではできなかったよ。とにかく四人で脅しては盗んで、逃げ回った。貯めた金は分け合って好きに使った。モーテルの金とか、女とかな。俺の場合は、はは、笑うなよ、本に使った。俺の中には学校とやらの興味がこびりついていたんだろうな、堅気に戻れないもんで書店で本を買って勉強をしてみたんだ。そしたら、びっくりたまげた。俺は如何やら稀に見る天才だったようだ。二、三冊の本で数か国語を習得しちまった。ドイツとか、イタリアとか、日本の言葉をな。困ったもんだぜ、案外俺と勉学は相性が良かったのかもな。今となっちゃあ手遅れの悪童だがな。仲間達から散々羨まがれたよ、「詐欺」に使えるってな。でも、俺は派手に皆と盗みをやってる方が好きだった。そうこうしている内に五年が過ぎた。俺たちは拠点を移しては盗みを続けた。余程、悪運が強かったのだな、寸前まではいっても逮捕はされなかったよ。あぁ、俺たちは実に素晴らしい犯罪生活を送ったよ。あの計画まではな。

 ある日、どっかの田舎のモーテルで泊まった夜、アイザックの野郎がこう言い出したんだ、「皆で銀行強盗をしたあと外国にバックレようぜ。」ってな。正直、俺はビビッて本気にしなかったよ。でも、他の仲間は持ってたセクシー雑誌を放りだしてまでその計画に興味を持ちやがったんだ。兄弟達がそうなら俺も共倒れだ。俺たちは一晩中念入りに話し合ったよ。強盗計画をね。

 ええと、内容は、そうだ、アイザックがネットのブラックサイトで四人分の偽造戸籍と偽造パスポートを買うことから始まったんだ。どこの国かって?日本だよ。俺が日本語を話せたってこともあったが、何せ日本は裕福な国だ。うまく潜り込めば盗んだ金でハッピーな人生を送れるからな。それに聞けば日本には「おもてなし」とかいう外国人向けのサービスがあるらしいからな。

そんで戸籍とパスポートの後は四人で銃を持って銀行を襲撃。人質を取って、大金をいただき。警官と鉢合わせした場合は正当防衛で引き金を引いてもいい。うまくいったら、車にマネーを載せて追跡をかわしながら空港に行きアメリカとおさらばってわけ。

 計画を立てていく内に、最初は反対だった俺の心はいつの間にか浮きだっていた。想像してみたんだ、大金を手にし日本で豪遊している俺ら四人をな。周りには美女を侍らして高い飯や酒をかっくらう。最高だぜ、あぁ全く楽しくてたまらないよ。金が手に入ればもう貧しくも、寂しくもない。俺は完璧になれる。その後、仲間達と打ち合わせをしながら俺は煙草をふかし舌なめずりをした。 

 全てが間違っていたなんて気づかずにな。

 あの銀行強盗決行の日、忌々しいあの日。俺は運転役で少し離れた場所でトラックに乗って待機してたんだ。リチャードやアイザックやヒューイは襲撃役だった。襲撃前、俺達は握手をした。助けてもくれねぇのに神様に祈ったんだ、「全員が生き残れますように」ってな。その後、俺はあいつらを待ったよ。はっきり言って緊張していた。銀行がある方を見て、ただ汗をだらだらと流していた。そのとき、数発の銃声が鳴り響いた。俺は目をかっぴらいた。でも、そんなことは杞憂に思えたよ。あいつらは銃声の数分後には大金を抱えて戻ってきたんだ。警官達を引き連れてな。

「車を出せ、ヤン!」

 アイザック達は袋に入った大金をトラックに詰め込むと、そう叫んだ。でもあいつらはまだ乗車してなかった。

「お前たちも早く乗れ!」

 俺は力一杯叫んだよ。だが、奴らは得物を取り出して、こう返してきた。

「サツを片付ける。後で落ち合おう!」

 途端、俺はどうしようもなく首を振りたくなった。窓から見れば、既に複数人の屈強な景観がこちらに来ている。ひ弱いガキ三人ではあっという間に殺される。だが、俺は一瞬、頭を掻きむしったかと思うと、すぐにエンジンをかけた。俺は兄弟を信用したんだ、あいつらは大丈夫だって。俺達四人は最高だからって。でも本当は別の思いもあった。

 あの三人が死ねば金を独り占めできる。そう思っちまった。あぁ、悪童らしい考え方だな。この五年でできた絆は深く、引きちぎれない強固なものであったが、所詮は犯罪者集団。根はクズの半グレどもだ、金と絆を天秤にかけるのも躊躇しないよ。

 俺は必死にトラックを走らせ、追跡を逃れたよ。何回か盗んで車を変えたりもした。カーチェイスは半日ぐらい続いた。ようやくサイレンの音が消えたと思えば夜になっていた。俺は森の人気のない道に、盗んだ白いバンを止めた。助手席にはともに逃亡劇を潜り抜けた大金が鎮座していた。俺はそれを愛おしそうに撫でると、気晴らしにラジオを付けた。なに、仲間とはあとで空港で落ち合う予定だ。少しぐらい休憩してもいいだろうよ。

 俺は椅子を倒し、天井を見上げながらラジオから流れるニュースを聞いた。

「ええ、只今からウィンターフィールドの午後六時のニュースを送りします。まず初めにお送りするのは今日、市内の銀行で起きた強盗事件からです。」

 俺は座席から咄嗟に身を起こした。ニュースは淡々と語られていった。

「本日、四人の男がウィンターフィールド銀行を襲撃しました。三人の男が銀行に押し入り、民間人一人を人質にとったのち現金百万ドルを奪い、逃走を図ったとのことです。銀行に入った三人は警察との銃撃戦ののち射殺されました。しかし現金を車に乗せて去った残りの一人は未だ逃走中です。今回の事件は犯人を除き、死者は出ておらず…。」

 やたらと滑舌のいい声が耳についた。気付けば俺はカーラジオに拳をめり込ませていた。何回も、何回も、何回も。血が滴るまでな。

そして血まみれの手で今度は己の頭を打ん殴った。ごつ、ごつん。鈍い音が車内に響いた。

ふと手を止めて窓を見ちまえば、そこには血が入ったバケツを頭からかぶったような俺がいた。その目は涙で濡れてやがった。

 仲間が死んだ。それだけで俺はもう、いっぱいいっぱいだった。金と天秤にかけちまうような仲だったが、五年の絆は安いもんじゃない。俺はガキのように声を上げて泣いちまったよ。それが寂しさだったのか、喪失感ってやつなのかはよく分からない。ただどうしようもなくこのしょっぱい液体は止まってはくれなかった。

 結局、また一人になってしまった。母親が死んだときの自分、仲間に出会う前の自分、あの頃に戻っちまった。また独りぼっち。俺は気づいてしまったのさ。金があっても共に使う仲間がいないと何にも面白くないってことをな。一緒に馬鹿をやってくれる奴がいねぇと全てが無意味だとな。

俺は暫く泣いた後、ポケットから小銃を取り出して、口に咥えた。死のうと思ったんだ。どうしても孤独に耐えられなくて。でも、そんときだったよ。

 ドサァ。大金の入った袋が車の床に落ちたんだ。俺は自殺を止めると、それを見つめたよ。麻袋からは落下の拍子に札が何枚も零れ落ちていた。それをなんとなく拾い上げ、俺は大統領が描かれた紙面を穴があくぐらい見たよ。そこで俺はぴんと思いついたんだ。

 寂しいのなら、金が欲しいのなら、もっと犯罪をすればいいってな。いいか、諸君、もともと俺達四人はどうしようもなく金に困って集まっただけガキ共なんだ。人数がいた方が盗みやすいから、ただそれだけで集まったようなもんだ。犯罪のために集まったようなもんだ。じゃあ、これからも犯罪を続けていけばいいんだ。犯罪をすればもっと金が懐に入り込むし、仲間だってまた寄ってくる。全く、なんて最高な人生なんだ。なんて狂ったアイデアだ。

 俺はおかしくなって腹を抱えて笑い出した。既に頭のねじが何本かぶっ飛んでいたんだと思うよ。俺は笑ったまま、車外に出た。そうして血まみれの手で煙草を取り出し、火をつけた。それを吸って、ゆっくりと煙を吐けば、今度は夜空を見上げた。真っ暗な天の大海原は雲一つない快晴だった。丸い月が、まるで俺を祝福するかのように月光を煌めかせいている。俺は再び、煙を吸うと一つ呟いた。

「そうだな、日本に行ったら詐欺でもして金を稼ごう。あいつらも俺にすすめてくれたし。きっと向いてる。うん、それがいい。」

 俺は車に積んである自身の、「澤田東悟」としての偽造パスポート達をじっくりと眺め

た。

 もっと、もっと狂っちまおう。罪悪感なんて捨てちまうんだ、そうすれば犯罪なんていとも簡単。マネーをゲットして、たくさん仲間を作るんだ。そうすればもう寂しくも、貧しくもなくなる。

「アハハ!アヒャヒャヒャ!!。」

 そうして俺は笑ったのさ、真っ暗な星たちに向かって。

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