第五週~第六週① 文体の魔術師たち

 熱狂度として★5が最高です。


「Connector」作者:還リ咲 ★★★★ ( https://kakuyomu.jp/works/16817330668867405721 )


・アンドロイド、歌……といった少し古典的な題材選びに保守的だと感じたのですが、思いのほか、遠くへ連れてこられてしまうというような魅力がこの作品にはあります。それは読んでいて心地の良いリズム感と端正な文体の成せる技でしょう。保守的だと初めに先入観を持って読んだならば、その先入観はひっくり返されると思います。それは新しい視線がこの作品の隅々に透徹しているからに他なりません。



「いつか安らかに」作者:杓子ねこ ★★★ ( https://kakuyomu.jp/works/16817330669567660267 )


・昔の翻訳小説の文体を目指して書かれたという本作は、確かに海外SFのような文体の質感クオリアを感じました。初めて父親の本棚を開けたとき好きなブルーの背表紙の本を手に取り、ゆっくりと読んで、なにか居心地の悪い感覚とも言えるセンス・オブ・ワンダーとともに、そこに書かれた異国の風景の遠さや分かりあえなさを感じた、あの感触が蘇ってくるようでした。そうした意味で翻訳小説が原文のアウラ〈Aura〉をそのままに表現するかのように何かそこに権威すら感じられます。内容に触れれば人工知能と、それになってしまった人間の孤独という普遍的なテーマを取り扱っており、その孤独はこの時代にこうした昔の翻訳小説風の小説を書くこと自体と重畳しているとも考えられます。そうした実験的でありながら、素晴らしい文体の小説だと感じました。一読の価値ありです。



「ヴィシー」作者:黒江次郎 ★★★★★ ( https://kakuyomu.jp/works/16817330669385163850 )


・今回の注目作が文体の作品たちであったとするならば、その文体も時代に対してどのような距離感を取っているかは見るべきところであると思います。前述したふたつの作品に対して、私は「ヴィシー」に対してちょうどいい文体だと感じました。この感覚はあくまで私個人の感覚に留めておきたいのでこれ以上は言及しませんが、世代的にピッタリ波長が合ったという感じとでも言えばいいのでしょうね。何らかの戦争で地上は火の海になり人類が宇宙へと進出した未来。ペットは置き去りにされて悲しき運命を辿るわけですが、そんな未来でも計画的な人工授精によりペットを持つという文化は消えていないという設定です。その世界では恐竜をペットに出来たりするわけですが、猫の人気は衰えていないようです。猫SF、猫SF。そうです、意外にカクヨムコン9では猫が出てくる作品が穴場だったんです。「夏への扉」で有名な猫SFですが登場する猫のピートはSFファンのあいだでは親しまれています。いっぽう、この作品の猫のヴィシーも負けず劣らずの素晴らしい猫でした。読んでみて「ヴィシー」にメロメロになってください。




「温泉に行くまでにあった話」作者:新座遊 ★★★( https://kakuyomu.jp/works/16817330669139312618 )


・文芸の世界にはときどき、すっとぼけていて、味のある小説を書く人がいます。これはそんな作者が書いたものかもしれませんし、それよりもっと手練れの作者が書いていったものなのかもしれません。あらすじは、電脳ペットを引き連れて冬山を温泉で向かう道中の些細でありながら、驚くべきストーリーです。それと熊。熊です。




「スペースサメハンター」作者:あぼがど ★★★★★ ( https://kakuyomu.jp/works/16817330669342240649 )


・この小説は、前々から別のWebコンテストで有名な作品でした。完全版が読みたい方はpixiv版を読んで頂きたいですが、カクヨム版も十分、その魅力は光り輝いていました。古典的なスペースオペラのアウトラインに沿いながら、大人の悪ふざけ、いいえ、遊び心たっぷりな隠し味を少々(隠せていないB級映画のの要素)を加えたエンターテインメント作品になっています。気晴らしにはもってこいの作品でしょう。



「旅の行方」作者:黒部雷太郎 ★★★ ( https://kakuyomu.jp/works/1177354054898507982 )


・海外旅行の最中で奇妙な前触れ、そして喋る鳥。ハシビロコウが語り出すノートルダム大聖堂での妖怪の戦い……。何度読んでも奇妙なストーリーでした。行く当てのない世界に迷い込みたい読者には素敵で奇妙な旅が待っています。いざ、出発しましょう。



「午睡の果て」作者:高丘真介 ★★★ ( https://kakuyomu.jp/works/16817139557978963079 )


・この世界はひっきりなしに〈設定変更〉されている――――奇妙な世界の大枠を知った主人公は知性のある蠍からエキスを抜き取る仕事に関わるのですが、〈設定変更〉が成されているために今までいた世界とは別の設定が付加されている、という奇妙な読み味の作品です。奇妙な世界設定を持ちながら、描写にはしっかりとした現実感を伴った感触があり、不思議な読み心地となっています。



「誰がツグミを殺したか」作者:秋待諷月 ★★★★★ ( https://kakuyomu.jp/works/16817330669105226662 )


・近未来日本を舞台に完全監視社会を実現した犯罪監視システム、ツグミ。そのツグミがエラーを起こしたところから始まります。原因究明にサイバー警察官が動き出します。システムの自己進化や、説明の緊迫感が内容と合っており、ツグミという単語レベルと完全監視社会を実現したというあらすじレベルの一致など見るべきところは多い作品です。ミステリー的な展開も良くて読み応えがあります。




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 本連載が始まった12月から通算して1000作の作品に目を通しました。長編などと合算しての数字なので誤差はありますが、これからも作品のスコップに努めて参りたいと思います。

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