ジーザスクリスマス
平賀・仲田・香菜
ジーザスクリスマス
「ジーザスクライスト!」
天下の往来で思わず叫んだが大した影響はない。何故ならば本日は十二月二十五日、クリスマス当日であるからだ。
街行く人々は全てがツガイであり、パートナーその人の存在しか目に映らない。彼らは見たいものしか見ないし、存在も認めていない。私のような独り身の男子大学生などはもってのほかである。私のやることなすことは目にも耳にも入らないのだ。
どうにかして彼らの視線を奪い、クリスマスのムードを壊すことは出来やしないかと画策したが、それも無駄であった。
ツリーに輝くマーブルチョコレートのように鮮やかな電飾を全て鼠色に変えてやったが、盲目な彼らには色の良し悪しなどわかりやしない。彼らに興味がある色はパートナーの下着だけである。
街に蔓延る桃色のハートマークを歪ませて世にも見事な桃尻に加工もしたが誰も気が付きやしない。これだから下半身にしか目を向けない人間はいやらしい。
ショッピングモールのど真ん中。巨大な桃尻を作った横に、これまた巨大なツリーが倒れるトラブルにはさすがに私も肝を冷やした。尻の横にチン座する巨木はクリスマスのメタファーであり、未成年に見せることは憚られるほどだったが、その不安は杞憂だ。
何故ならば私の奔走に気が付くほど周囲に目を向けるカップルなど、やはり存在しないからである。
「ジーザス! クライスト!」
何度叫ぼうがこれもまた同じこと。この世に神はいない。クリスマスはカップルを中心に回っているのである。
独り身に残された選択肢は多くない。家に引き篭もるか、サービス業に徹するか。もちろんサービスの相手はカップルである。篭るも地獄、出るも地獄。
絶望に満ちた地の底で神に再び嘆き叫ぼうと息を吸い込んだところ、私の息は全く別の目的に使われた。人混みならぬカップル混み、いやカップルゴミならぬゴミカップルの足元に、倒れている女性を発見したのだ。
歳のころは成人済みか。手足が細く、きゃしゃな女性であった。
「ご無事ですか。お嬢さん」
自はよく認める紳士である私。差し伸べた手と共に発した言葉は正に神の息吹。ゴッドブレスが彼女にハーとかかるのだ。神がいないと嘆くことはなかった。私こそが神なのだ。灯台下暗しとはこのこと。私は神として足元まで照らしてみせよう。
「ああ……! 助かりました……!」
彼女は私の手をとり立ち上がり、言った。
「足を挫いて立てなくなってしまったのですが、誰に声をかけても無視されていたのです。皆んな、私のことなんて見えていないみたいで……」
「みたいじゃない、見えていないんだ。街を歩くカップルは自分のパートナーしか目に入らないから」
「そんなことがあるのですか? あるとしても許されていいのでしょうか。この光景は異様です」
ほとんど彼女は叫んでいた。
「見てください! 下半身を形どった電飾に巨大なツリーが突き刺さっています! なんて卑猥なことでしょう!」
「ああ、なんて酷い。破廉恥な愉快犯もいたものだ。それよりもお嬢さん。あなたには手当が必要だ。どこか落ち着ける場所にでも……」
ーーー
ーー
ー
薄暗い個室。ベッドに腰掛ける私の耳に響くのはシャワーの水音。よく耳をすませば隣部屋からの嬌声。ここまでいえば想像に難くないだろう。私たちはラブホテルにいた。
出逢ったばかりの男女がなんと破廉恥な! などと憤慨する者もいると思うが安心されよ。我々がラブホテルの一室で休憩するには訳がある。
我々が一つの部屋を利用することで、世のカップルが利用できる部屋が一つ消滅するのだ。いざやと鼻息荒く乗り込んだホテルが満室だったとき、男は慌てふためき女はその姿を見て気持ちが冷める。さすれば二人は破局を迎え、異常なカップルを撲滅することができるのである。
とはいえ、もちろん私にその気はないが、彼女次第でこれからの展開は大きく変わるだろう。休憩が休憩で終わるかは彼女の態度で決まるのだ。
「シャワーいただきました」
バスローブに身を包んだ彼女。濡れた黒髪は艶っぽく、タオルを頭に巻いている。頭から下まで白をまとった彼女はまるで花嫁衣装にも見えた。
「足もいいようだね」
「はい。シャワーで温めながらマッサージしたらよくなりました」
軽くけんけんと飛び跳ねて健常を彼女は示す。
私の隣に力強く腰掛けると、世のカップルへの憤りがこれまた溢れて止まらなくなっていた。
「まったくカップルときたら……!」
ぷりぷりと怒る彼女をよそに、私の心はここになかった。
風呂上がり妙齢の女性と、肩が触れる距離で座っている。しかもラブホテルのベッド、さらにはクリスマスである。冷静を装ってはいるが私の心臓は破裂寸前の爆弾のようであった。
この世に生を受けてから二十と幾年。私の人生にこのようなシチュエーションは一度としてなかった。これは大変な事件である。
「カップルでなくても歩きスマホをする人間も多すぎます! これはやはり5Gが……」
だんだんと気になるのは、語気荒く揺れる彼女の胸元。そしてバスローブの下に隠れているであろう下着の色である。
「世界で信じられる神様はみんな死にました。そんな現代に甦った真の神が……」
いかんいかん。私は彼女の介抱に来ているのだ。このままでは世のカップルと同じではないか。
目線を下から上へ。彼女の明るい笑顔を見れば邪な気持ちなど……はて、しばらく彼女の頭部に目を向けていなかったが、こんなにもギラギラと銀色に光り輝いていただろうか。
「お嬢さん。なぜ君は頭にアルミホイルを巻いているのだい?」
きょとん、と彼女は呆気にとられた顔を見せる。
「ですから5G、さらにはプレゼントに蔓延る4℃こそが諸悪の根元。悪電波や思想から身を守るために必要だと説明したはずです。世のカップルも悪人も、みんなアルミホイルを頭に巻いていないからこのざまということ」
なるほどなるほど。
「……スト」
「お兄さん? どうしましたか?」
この女、ぶっちぎりに危険であった。
「ジーザス! クライスト!」
やはり神など何処にも存在しない。
ジーザスクリスマス 平賀・仲田・香菜 @hiraganakata
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