あなたに捧ぐメリークリスマス
水鳥楓椛
第1話
◽︎◇◽︎
白銀の長い髪が淡雪と共に空を舞う。
ひらりひらりと雪が舞い落ちる星空の下、白銀の少女はノースリーブの真っ白なワンピースを身につけ、丘の上で膝をつき女神に祈りを捧げていた。
薔薇色のこけた頬、藤色のカサついたくちびる、ガリガリに痩せてしまった少女は、長いまつ毛に縁取られ、閉じられている瞳から一筋の涙をこぼす。
「レオンハートさま………、」
濃紺の空の下、少女は祈り続ける。
愛おしい人の無事を。
彼を思えば寒さなんてへっちゃらで、彼を思えば空腹も平気。
濁った空気の世界。
終わりの見えない紅の世界。
ゆっくりと開かれた真紅の瞳は、ごうっという残酷な音に空を見上げた。
「あぁ………、また………………、」
街の方角を飛びゆく飛行船。
その車体の部分から落ちゆくものを、少女は知っている。
世界が壊される。
美しい環境が壊される。
激しい爆音と共に、細やかに祝われていた聖夜が破壊されていく。
真っ白な花が咲き誇る花畑の中央で、炎に焼かれる街並みを見つめながら、とめどなく涙をこぼし終わりを悟った少女は、大空を見上げた。
「………メリークリスマス」
国境は分けられようとも、世界の反対に在ろうとも、少女と彼は同じ空の下に生きている。
少女はこの空を彼が見つめていると確信していた———。
◽︎◇◽︎
聖夜ともあろう日に、敵は大きな作戦を仕掛けてきた。
今日だけで、もう何人もの味方を見送ってきた。
だがしかし、今度は自分が見送られる番のようだ。
感覚を失った足は膝から先が両方とも失われ、左手も肩より僅か下から全てが欠損している。
月色の髪をべっとりとした血で染め上げ、隻眼となってしまった空色の瞳で星空を見上げた青年は、もう泣く気力すらも残っていない。
ただただ苦し紛れの息をこぼし、唯一残っている右手に愛おしい彼女の写真の入ったロケットを握りしめ、右腕を星空へと伸ばす。
清廉で美しい彼女もあの丘で、生きて帰ると約束をしたあの丘で、おそらくは青年と同じ星空を見上げていることだろう。
「みあ………、すまない」
掠れた声は、激しい爆音と絶叫にかき消されていく。
「メリー、クリスマス………、どうか、どうか君の未来に、………………さち、多からん、こと、………………」
最期の力を振り絞り、青年は光の消えゆく瞳を空に向けたまま声を紡ぐ。
だがしかし、彼の願いは最後まで空に届けられることはなかった。
カツンという小さな音と共に、彼の右腕が荒廃した大地へと落ちる。
彼の右手からこぼれ落ちたロケットがパカリと開き、中に入っていた幸せそうな青年と少女の写真にべっとりとした血が付着する。
激化する戦場はやがて、燃え盛る炎が全てを飲み込んでいった。
仲間の死体も、青年の死体も、そして、青年のロケットをも———。
◽︎◇◽︎
美しき聖夜。
雪が舞い落ちる聖夜。
戦場に聖夜なんてものは存在しない。
戦場は全てを飲み込み、悲しみと絶望のみを残していった———。
◽︎◇◽︎
あなたに捧ぐメリークリスマス 水鳥楓椛 @mizutori-huka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます