第44話 セミリタイアのはずなのに、魔術講師になった俺(終)
『緊急!緊急!魔族の群れが学園付近に来襲!初級から上級クラスは速やかに講堂に避難!職員は生徒を速やかに誘導!特進クラスは直ちに魔族の討伐、及び撃退に向かえ!』
ある日の午後、警告音の後に職員の声が響き渡る。
「行くぞっ!」
即座に自分が叫ぶと同時、クラスの皆が一斉に立ち上がる。
「セリエっ!索敵を頼むっ!」
皆で教室を飛び出し、セリエに向かって言う。
「はいっ!……『大地よ、その囁きを聞かせ給え』!」
セリエが『気配探知』の魔法を即座に放つ。魔法が発動されたのが気配で伝わる。走りながらセリエの返答を待つ。
「……分かりました!学園裏門から左手の方向です!数は二十体ほどかと!」
思っていたよりも数が多い。だが、皆ならば問題ないだろう。
「分かった!すぐに向かうぞ!」
そう言って皆で魔族の元へと駆け出した。
「……あいつらか。思ったより高位の魔族みたいだな。特にあの一番手前の奴。あいつだけ明らかに雰囲気が違う。気を付けろよ」
魔族の群れと対峙し、皆に声をかける。自分たちの存在に気付いたのか、手前の魔族が言葉を発した。
「……ふん、見たところまだ年端もいかない女ばかりではないか。わざわざ我々の前に出てくるとは余程命が惜しくないとみえる」
人語を話せるあたり、やはり相応の高位魔族なのだろう。他の魔族は口をきけないところを見るに、こいつがこの群れの長という事か。
「……そう思うか?だったら試してみるか?」
そう自分が言うと、魔族の長がふん、と鼻で笑いながら言う。
「自ら死にたいとは愚かな。なら、叶えてやろう……行けっ!」
魔族のその言葉と同時、一体の魔族がこちらに飛び掛ってきた。その瞬間、ルジアの声が響く。
「『集えよ紅蓮!我が業火』!」
ルジアから放たれた炎の渦が魔族を一瞬で灰と化す。
「なんだ。見掛け倒しじゃない。大した事なさそうね」
ルジアが呆れたような表情を浮かべて言う。魔族の長が動揺した様子で口を開く。
「な……たった一撃の魔法で仕留められただと!?お前たち……いったい何者だ!?」
狼狽えている魔族に向かって自分が言葉を返す。
「ただの人間さ。もっとも、お前たちを倒せるだけの強さを持っている人間たちだけれど、な」
そう自分が言うと、生徒たちが前に出てそれぞれ魔族と対峙する。
「あっちゃー。ルジっちに先陣切られちゃったかぁ。ま、でも群れのボスを仕留めるか一番多く数を倒せばリカっちのご褒美だもんね。ここから巻き返しだね。ね?マキラっち」
「はい。先輩のお手製弁当一週間か手料理フルコース……ナギサさんにも他の方にも負ける訳にはいきません」
ナギサとマキラに続き、他の生徒たちもそれぞれ魔族に向かう。
「お……お前らはいったい……何なのだ!」
自分たちを見ても動じる事がないどころか、こちらから仕掛けようとしている状況に魔族が動揺したように言う。
「だからさっきも言っただろう?ただの人間さ。さ、勝負といこうか」
そう言って自分も魔族に向かって構えた。
「くっ……!お前ら!一気に殺せ!ゆけっ!」
そう魔族の長が叫ぶと同時、魔族の群れが自分たちに向かって一斉に襲い掛かってくる。
「来るぞっ!油断するなよっ!」
そう自分が言うものの、既に全員が魔族に向かって構えていた。
「遅いよっ!『弾けて候、放つは礫!氷散乱弾』!」
「『顕現するは蒼の槍!水流葬槍』!」
真っ先にこちらに向かおうとした魔族にナギサとマキラの魔法が炸裂する。同時に二人の魔法を受けた魔族が消滅する。
「な……なっ……!」
狼狽する魔族の長の前で、更に次々と皆が魔族に向けて攻撃を仕掛ける。一体、また一体と次々に魔族が消滅していく。
「……うん。まだいける。ちゃんと魔力をコントロール出来る。先生のお陰でまだ魔法が使える」
「やー、この魔術具、効果抜群っスねぇ。ボクでも簡単に魔族が仕留められるっスよー」
「先生の教え通りですね。事前に構築しておけば容易に対処出来ます」
「……数に警戒はしていましたが、予想よりは楽でしたね。訓練を兼ねた実戦としては上々かと」
魔族を仕留めながら皆が口々につぶやく。
「くっ……くそぉおおっ!」
状況を察したのか、やけになったのか魔族の長が自分に向けて飛びかかってくる。
「相手が悪かったな。ま、地獄で後悔してくれ」
そう言って魔族に向かって魔法を放つ。
「『輝け光よ!光刃の砲撃』っ!」
目の前で魔族がそれ以上言葉を発する事なく、文字通り塵と化し消滅する。
「……ふぅ。ま、こんなもんか。とりあえずこれでまたしばらくは大丈夫だろ」
周りを見渡すと、既に他の魔族はルジア達によって全て倒されていた。
「あーあ。……結局一番強そうなボスはあんたが倒しちゃったじゃない。これで今回も勝負はお預けね」
ルジアがそう言うとナギサが続ける。
「だねー。皆の仕留めた数を比べても大した違いもないしね。ま、言葉を話していた奴は別格っぽかったからあたし達だとちょっと厄介だったんじゃない?ま、それもリカっちがあっさり倒しちゃったけどさ」
あっさりと魔族との戦いを終えながらも冷静に相手の強さが把握出来ている事に皆の成長を感じる。
「悪いな。ナギサの言うとおり、群れの中であいつだけはまだお前たちには少々荷が重いかなと思ってな。いずれはあのクラスの魔族でも余裕で対処出来るとは思うが、今回は万一の事も考えて俺がやらせて貰ったよ」
そう言うものの、ルジアはやはり不満げだし、マキラやタキオンは明らかに落胆している。
「先輩のお弁当……フルコース……食べたかったです……」
「先生の……ご飯……」
他の皆も三人ほどではないが残念そうな表情を浮かべている。
「はぁ……分かったよ。この後学園への報告が終わったら、皆で食えるような飯を作ってやるよ。その代わり、メニューに文句は一切言うなよ」
そう自分が言うと、皆から歓声が上がる。
「やった!ナイスだぜタキっちマキラっち!これでリカっちのご飯ゲットだぜ!」
「……まぁ、動いた対価としては悪くないわね。今回はそれで妥協してあげるわよ」
ナギサとルジアが便乗するかのように言う。他の面々も喜んでいるようなので、今回はそれで妥協する事にする。
「はぁ……そうしたら汁物でも適当に作るか。明日の昼には食えるように用意するから、ひとまず学園に戻ったらいつものように報告時に話を合わせろよ」
そう言って皆で学園に戻り、特進クラスの皆で無事に魔族の群れを討伐した事を伝え、諸々の手続きを終えた。
「うーん!やっぱリカっちのご飯最高!野菜はホクホクだし、お肉は旨味たっぷりだし、ご飯が進む!あ!リカっちご飯お代わりよろ!」
「……味噌と野菜の相性が完璧。事前に油で先に炒めた豚肉がより旨味を強めている。出汁と水の配分も文句なし。仕上げに散らしたネギも良いアクセント……」
皆が夢中になって自分が作った味噌仕立ての肉と野菜のスープを頬張っている。この食べっぷりを見ると作った甲斐があると思った。
「ありがとよ。まだまだあるから焦らずゆっくり食えよ。……って、もうこんなに減ってるのか。皆、もう少しよく味わって食え」
そう言いながらナギサに米のお代わりをよそい、自分も少しだけ汁を器によそって一口口にする。
(……うん、一晩で作った割にはよく味が染み込んでいるな。今度は具材に山芋辺りを入れて作っても良いかもな)
そんな事を考えているうちに、寸胴にたっぷり仕込んだはずのスープはあっという間に皆の腹へと消えていった。
「……ふぅ。満腹満腹。ご馳走様リカっち!次はお魚料理が良いな!」
「うぅ……ダイエット中だったのですが……先輩の料理が美味しくてつい食べ過ぎてしまいました……」
「……ま、上出来じゃない?あんたの野菜スープが悪くない出来っていうのは前から分かっているしね」
「おー。出たっスねルジアさんのマウントポジション!私はあんた達とは違うのよ感!先生とは自分が一番先に親密になったのよアピールマシマシっスねー!」
ジーナの言葉にルジアが反応し言い合いが始まるものの、ひとまず胃袋が満たされたのかクラスに平穏が戻った。そう思っていた矢先、ナギサが唐突に口を開いた。
「うーん。でもリカっちが正式にうちらの講師になってくれてもうすぐ半年だよね?そろそろテストや課題、魔族の撃退のご褒美がワンランク上がっても良くない?」
ナギサの言葉に皆が固まる。余計な事を言ってくれるなと思うが、ナギサのその言葉にいち早くルジアとマキラが反応する。
「……何よ。具体的にどういう事か詳しく言ってみなさいよ」
「そ、そうですね。今までは目標を達成した時のご褒美は先輩の手料理だったりお弁当でしたが……ほ、他に何がありますかね……?」
二人にそう言われたナギサが、こちらをちらりと見ながらにやりと笑って言う。
「そうだねー。……例えば、リカっちと二人っきりでデートとか?これ、今よりもっとうちらのやる気がアガるんじゃない?」
ナギサのその言葉に、教室が静まり返る。
「……何馬鹿なこと言ってるんだお前。そんなのする訳が……」
自分の言葉をかき消すように教室が一転ざわめきだす。
「そ!それは名案ですナギサさん!私……今よりもっとずっと頑張れる気がします!」
「ナ、ナギサにしては名案じゃないの。……ま、まぁデートというよりはあたしがあんたを買い物やら食べ歩きに連れ回す感じになるけどね!」
「ルジアさん、それをデートと言うのでは……?」
教室の騒ぎはもはや収拾がつかなくなってきた。たまらず大声で叫ぶ。
「……いい加減にしろっ!俺は先生!お前らは生徒!迂闊にそんな事をして人前に出てバレたら大問題だろうがっ!」
自分の叫びで教室がしんと静まり返る。しばし無言の中、マキラが口を開く。
「お……屋外がダメという事は……人目に触れない屋内や個室はオーケーという事でしょうか……た、たとえば先輩のお部屋とか……」
「はっ!その手があったかマキラっち!ま、あたしは別に誰に見られようが何を言われても構わないんだけどね」
「……そうよね。横からぐだくだ言うような奴がいれば力でねじ伏せれば良いだけの話だし、そ、そもそも清い交際なら問題は……な、何でもありません!」
……駄目だ。話が通じない。なおもわいわいと騒ぐ皆に自分が我慢の限界を迎える。
「……いい加減にしろーーっ!!」
何事かとメディ先生が慌てて駆けつける程の、今日一番の自分の絶叫が学園に鳴り響いた。
「……す、凄いですよリッカ先生!彼女たちの今回の魔術関連のテストと魔術遺跡の調査報告書!特進クラスとはいえ、前代未聞の点数と業績です!点数だけの評価で見れば、国の魔術協会に匹敵するレベルかと!」
ある日のこと、自分が提出した生徒たちのレポート用紙と自分の顔を交互に見ながらメディ先生が言う。
「あぁ、あいつらも最近より頑張っていますからね。……良い意味でも悪い意味でもですが」
「……え?悪い意味も、ですか?」
自分の言葉にメディ先生が首を傾げる。
「いえ、気にしないでください。ともかく、あいつらと学園の評価がこれでまた上がるようなら何よりです」
そう言いながら自分の机の上の資料をとんとんと揃えて並べてメディ先生に声をかける。
「では、授業の時間なので自分はそろそろ教室に向かいますね。提出したレポートに不備がありましたらまた声をかけてください」
そう言って教務室を後にする。教室に向かいながら頭の中で考える。
自分がここに来て、正式に講師となってからまだ一年弱。その間にもあいつらは次々と知識を吸収して着実に実力を身に付けている。
(……いつかはあいつらが自分に匹敵……いや、自分を超えるくらいの魔術師になって貰いたい。ただ、それと同時にまだまだあいつらの及ばない存在でありたいという気持ちもある)
皆が自分を目指すのであれば、自分はもっと高みの存在でいたい。……この僅かな期間で、随分と自分が貪欲になったものだと思わず苦笑する。
(何故自分が魔法を使えるかも未だ分からないし、まだまだ自分も発展途上だ。あいつらを育てながら、俺もまだまだ学び、知り、強くなる必要がある)
『勇者パーティーを抜けて、あとの人生気楽にセミリタイア』
そんな風に思っていたのに、新たな目標が次々と浮かぶ自分になるとは夢にも思わなかった。
「……分からねぇものだな、人生って」
そんな事をつぶやくと気が付けば教室の前に着いていた。一呼吸置いていつものようにドアを開ける。同時にいつもの皆が自分に声をかけてくる。
「先輩っ!おはようございます!今日もよろしくお願いいたします!」
「ちょっと、時間ギリギリじゃないのよあんた。体調崩したりなんかしてない?夜ちゃんと寝れてるの?」
「おはよーリカっち!お?新しい服かな?似合ってるじゃん!どこで買ったか後で聞かせてね!」
「おはようございます先生。朝礼後、昨日の続きをお願い出来ますか?」
「おはようございます。提出課題の内容で一つ質問があるので後程お願いします」
「おはようっス先生!皆さんの後で良いんで、ちょっと魔法を込めるタイプの魔術具について詳しく聞きたいっス!」
「おはよう先生。私、魔力のコントロールまた上達したと思う。見て欲しい」
次々と自分にかかる声に、思わず笑ってしまう。すぐに皆へ言葉を返す。
「……おはよう皆。あぁ、順番に答えていくから少し待ってくれよ。さ、まずは朝礼だ」
そう言って教壇の前に立ち、皆の顔を見渡しながら改めて思う。
どうやら、自分が本当にセミリタイアするのはもう少し先の話になりそうである。
____________________
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。ひとまずここで完結となります。
気付けば私がカクヨムに投稿した作品の中で一番読んで頂けた作品となりました。
本当に感謝です。
後書きに色々語るのは無粋かと思いますので、作品に関しての思いや今後に関しては後程近況ノートの方で語らせていただきたいと思います。
セミリタイアのはずなのに! ~勇者パーティーを抜けた俺~ 柚鼓ユズ @yuscore
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