第43話 リッカ、講師として正式雇用される

 モルストが国へと戻り、早二ヶ月が過ぎた。その後も細かなトラブルはあったものの、大きな問題にはならずに日々は穏やかに過ぎていった。


「ちょっと、ここはどのタイミングで魔法を構築するのが正解なのよ。早く教えなさいよ」


「先輩、以前聞いた魔力の増幅のコツについてもう一度詳しくお聞きしたいのですが……」


 ルジアやマキラをはじめ、相変わらずクラスの皆からの質問に答えていると突然メディ先生が教室へと入ってきた。


「授業中失礼いたします。リッカ先生、少しお話があります。よろしいですか?」


 そうメディ先生に言われたため、時計を確認するともうすぐ昼休みの時間だったため了承して皆へ声をかける。


「分かりました。じゃあお前たちは時間になったら昼休憩に入ってくれよ」


 そう言ってメディ先生と教室を後にする。向かった先は学園長室であった。



「……俺が正式な講師に、ですか?今のまま臨時講師ではなく?」


 自分の言葉に学園長がにこにこと笑みを浮かべて言う。


「はい。リッカさんがこちらで臨時講師として特進クラスを受け持っていただいてからというものの、彼女達の生活態度や私を含む講師に対しての当たりが激的に改善されました。それに加え、定期的に行われる魔法の技術や知識のテストに関してもリッカさんが来られてからの彼女達の成長は目を見張るものがあります」


 学園長の言葉にここに来てからの事が思い出される。思えば、言われた通り最初の頃から皆の自分への評価や対応も随分変わったとは思う。それに加えて評価としても学園長やメディ先生にも伝わるほどの形になっていたのだと思うと少し嬉しく思った。


(……実際、本当に優秀だからな。元々、一を聞いて十を知る事が出来る連中ばかりだ。俺が凄いんじゃなくて、あいつらが優秀なだけなんだけどな)


 そんな事を内心で思っていると、メディ先生が言葉を続ける。


「学園長のおっしゃる通りです。リッカ先生が就任されてからの彼女たちの成長は著しいですし、特進クラスの講師がリッカ先生に定着した事で私も他のクラスに専念出来ましたし、胃薬に頼る事がなくなりました。……リッカ先生には本当に感謝しております」


 そう言って空を仰ぐように言うメディ先生。彼女にも相当の苦労と苦悩があったのだろうと言うことは容易に想像出来た。


(……メディ先生の性格上、本当に悩んでいたんだろうな。あいつらの知識や才能に答えられるのが学園では自分だけなのに、そこにかかりきりになれない立場というのは心苦しかっただろう)


 そんな事を内心で思っていると学園長が口を開く。


「勿論、臨時ではなく正式に講師となれば賃金も今以上にお支払いいたします。正式な講師となればしていただく事も増えますからね。それと、今リッカさんに兼任していただいている雑務に関しては新たに人を雇いますので、リッカさんには講師に専念して頂く形になります」


 学園長の言葉に少しの間考える。正直な話、手取り的な話であれば今のままで何も問題はなかった。慎ましやかに生きていけば正直な話、勇者パーティー時代に蓄えたアレやコレやらで過ごせるからだ。


(……正直、このまま講師としてあいつらを見守りたいし、育てていきたい気持ちが今の自分の気持ちだ。この申し出は素直にありがたい。……だが、正式に講師となったら俺はあいつら以外の生徒の前にも立つ必要があるだろう。それが問題だ)


 学園長の申し出に諸手を挙げて喜べないのはそこであった。正式に講師となればあいつらだけではなく、他の生徒の前にも立つ必要があるだろう。もちろん、デメリットだけではなくメリットもある。臨時講師の権限では借りられない施設や資料も借りることが出来、座学や実技に活かすことが出来る。それは皆の成長のためにプラスになるし、自分の魔法の事に関してもっと調べることが出来るだろう。


(だがあいつらと違い、他のクラスの面々と触れ合う際に万一でも自分が魔法を使えることがバレたら面倒なことになる。それだけじゃなく生徒だけじゃなく他の講師とも接触する機会が増える。自分が魔法を使えることが誰かに知られるリスクは必然的に増えちまう。それは出来る限り避けたい)


 そう思い即座に返事が出来ないでいると、学園長が自分に再度声をかけてきた。


「あぁ、それから引き受けて頂けた際はリッカさんには今後特進クラスを専任していただきたいと思っております」


 少し考えさせてください、という言葉が喉元まで出かかっていたところに学園長からそう言われ、思わず顔を上げた。


「特進クラスの……専任ですか?」


 自分の言葉に学園長とメディ先生が頷く。


「はい。先程も申し上げましたがリッカさんのお陰で特進クラスの講師が定着しただけではなく、彼女達が飛躍的に成長しているのは周知の事実です。他の方では難しい役割を一人で果たして頂いているばかりか、彼女達を高みに導いてくださっています。それならリッカさんには今以上に彼女達の育成に専念して欲しいと思うのです」


 学園長の言葉にメディ先生が続く。


「私も学園長と同意見です。他の方では特進クラスの皆さんの対応は難しいですし、リッカ先生のようにはとても務められないと思います。それに……」


 そこで言葉を切ってメディ先生がこちらを向いて笑いながら言う。


「リッカ先生も特進クラスの皆さんを育てる事に専念したいでしょう?」


 ……どうやらメディ先生には全てお見通しのようである。自分の表情を見てメディ先生が言葉を続ける。


「私、時々特進クラスの授業中に廊下を通るんですよ?リッカさんも皆さんもとても楽しそうです。もちろん、真面目なところも見ていますよ?彼女たちのためにも、もっと色々な事を教えてあげて欲しいと思います」


 その言葉に頷き、学園長に向かって言う。


「……分かりました。そのお話、受けさせていただきます」


 そう言って学園長に向かって一礼した。


「それでは失礼します」


 その後、簡単に今後の流れを学園長に説明されてメディ先生と共に部屋を後にする。


「では、近日中にマニュアルをご用意してお渡ししますね」


 歩きながらメディ先生が言う。


「はい。自分に務まるかは分かりませんが精一杯やらせていただきます」


 そう言ってメディ先生に向かって一礼する。メディ先生がそんな自分を見てにこやかに笑う。


「えぇ。期待していますねリッカ先生。ただ……」


 そう言って自分に顔を近づけ、ぼそっと一言つぶやく。


「彼女たちの中から誰をお選びになるかは分かりませんが、お付き合いは慎重にお願いしますね?」


 メディ先生のその言葉に、思わず動揺する。


「メ、メディ先生!?そんな事自分は考えていませんから!」


 自分の反応に、くすくすと笑いながらメディ先生が言葉を続ける。


「そうなんですか?皆さんの様子を見るに、てっきりその流れになるのかと思っていました私。……まぁ、今はそういう事にしておきますね?」


 そう言って教務室に入っていくメディ先生。思わず足を止めてその後ろ姿を見つめる。


「……読めないなぁ、メディ先生。あんな事を言う人だったとは」


 ……今後は生徒達への対応も気をつけていかねばならないと改めて思った。



「遅かったわね。メディと何の話をしてたのよ?」


 学園長たちとの話が長引いたため、昼休憩を少しはみ出して教室に戻るとルジアが開口一番に自分に言う。


「あー……それなんだけどな。俺、臨時じゃなくて、正式な講師になる事になりそうだわ」


 そう自分が言うと、教室が一斉にざわめきだす。


「ほ、本当ですか先輩!?おめでとうございます!」


「いえーい!じゃ、これでリカっちがずっと学園にいるって事だよね?」


 マキラやナギサを筆頭に、クラスの皆が口々に自分に祝福の言葉をかけてくれる。


「そ、そうなのね?ま、まぁ良かったんじゃない?私は別にどっちでも構わないけど」


 そうルジアが言うと、ナギサがルジアに声をかける。


「やー。流石にそれは無理があるんじゃないルジっち?顔、にやけてるよ?そこは素直にリカっちをお祝いするとこでしょ」


 ナギサにそう言われ、慌てたようにルジアがナギサの方を見て言う。


「う、うるさいわねっ!……まぁ、おめでとうとは言ってあげるわよ」


 そっぽを向くようにルジアが言う。こいつなりの祝福と受け止めておく事とする。


「あぁ。大きく変わる事はそこまでないと思うが……改めて皆、よろしくな」


 そう自分が言うと、クラスの皆が自分に向けて大きな拍手をしてくれた。


 かくして、自分は臨時ではなく正式に学園の魔術講師となった。

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