第42話 モルスト、学園を後にする

「本当にお世話になりましたメディさん。学園長にもよろしくお伝えください」


 そう言ってメディ先生へ一礼するモルスト。少し緊張しながら同じく一礼してメディ先生が言う。


「こ、こちらこそ、ろくにお構いも出来ませんで……本来ならば私ではなく、学園長が応対するのですが、本日はどうしても朝から外せない用件がございまして……。勇者様にくれぐれもよろしくとの事でした」


 メディ先生の言葉にモルストが頷き言葉を返す。


「えぇ。いつになるかは分かりませんが、また必ずお伺いにあがります。その際は正式な形で訪問したいとお伝えください」


 その言葉にメディ先生が頷き、再度深々と頭を下げたところでモルストが自分と生徒たちに振り返って声をかけてくる。


「……さて、ではこれで私は失礼します。リッカ、それに特進クラスの皆。悪いが学園の外まで見送りを頼めるかな?」


 この後上級クラスでの授業があるメディ先生に別れを告げ、モルストと皆で学園の門まで移動する。門の近くまで来たところでモルストが振り返り、クラスの皆に少し離れるように言って、自分の元へと近付き声をかけてきた。


「……世話になったなリッカ。戻る気になればいつでも言ってくれ。お前自身が表には立たなくとも充分なポストを用意するからな。最も、おそらく私の方からまた来る事になるとは思うがな」


 モルストの言葉に苦笑しながら言葉を返す。


「お手柔らかに頼むぜ。こっちも皆の近況や国の現状を聞けて良かったよ。あいつらも元気そうで何よりだ。今度はあいつらも何らかの理由を付けて連れて来てくれよ」


 そう自分が言うと、モルストが苦笑しながら遠目からに不安そうにこちらを見ているルジアたちに視線を向けて言う。


「……そうだな。最初にお前がここにいる噂を聞いた時はまたお前がいつ行方をくらますかと思い一も二もなく駆け付けたが、この様子を見れば当分その心配はなさそうだからな」


 モルストの言葉に、今度は自分が苦笑しながら答える。


「だな。迂闊にそんな事をしたら追われる対象が更に増えちまいそうだからな。……ま、俺にどこまで出来るかなんて分からないが、やれるだけやってみるさ。せいぜいあいつらに嫌われない『先生』って奴をな」


 その言葉に今度はモルストが苦笑ではなくにこやかな笑みを浮かべ無言で頷き、自分に声をかけてくる。


「……リッカ、悪いが少し離れていてくれ。最後に彼女達とも話をしておきたい。すぐに終わるから離れたままそこでじっとしていてくれ」


 モルストにそう言われ、とりあえず言われるままに皆から離れるように門の前へと移動する。



「……せ、先輩とモルストさん、二人だけで何をお話ししているのでしょうか……」


「……なんかさ、別れを惜しむカップル的な感じに見えなくない?勇者様の顔なんか特にさ」


「ち、『聴覚探知』を使うのは流石にまずいでしょうか……あ!モルストさんがこちらに向かって来ます!」


 モルストが皆の前に立つのが遠目に見えた。何を言うつもりか分からないが多少時間がかかるだろうと思い、風向きを確認して向こうに煙がいかないように一服して待つ事にする。


「……な、何よあんた。最後に何か言おうっての?」


「なぁに。私から最後にアドバイスをしてやろうと思って、な。……見たところ既に自覚のある者、まだ自覚してない者と半々といったところか。……まぁ、それも時間の問題だろうがな」


「あ……あの、モルストさん……どういう事ですか?」


 煙を吐き出しながらちらりと向こうを見る。ルジアやマキラを中心に何やらざわついている様だが不穏な感じでは無さそうなのでそのまま一服を続ける。


「いいかお前達。あいつ……リッカは『難攻不落』だぞ。あいつに惚れたとて簡単に落とせると思うなよ。……私がいい例だ」


「なっ!……あ、あたしは別にあいつの事なんて別に……!」


「ル、ルジアさんお静かに!む、向こうにいる先輩に聞こえてしまいます!」


「……って事は、や、やっぱり勇者様もリカっちの事を……!?」


 タバコを吸い終え、一瞬ちらりと向こうを見てみたが、まだ皆の会話は続くようだ。吸い殻を携帯灰皿に入れて二本目のタバコに火を点ける。


「……私だけではないぞ。共に旅をした剣士も僧侶もだ。旅の中でどれだけ我々があいつに各々でアプローチを仕掛けても、あいつがただの一度もなびく事はなかった。……私も含め皆、自惚れるつもりは無いがそれなりの見た目だとは思うのだがな」


「……ゆ、勇者様クラスの容姿の方がもう二人もいて、全員が先生をお慕い……?」


「男一人に女三人、四人旅。何も起きないはずがなく……って所っスよね普通。……先生ってあの歳で悟りでも開いているんスか?」


 ……何か自分へ視線が向いた気がして確認するが、煙は向こうには届いていない。気にせずに一服を続ける。


「さぁな。……だが最後にこれだけは言っておく。外にはあいつに矢印を向けている連中が私以外にも沢山いるって事さ。あいつを振り向かせたかったらせいぜい今のうちに精進しておく事だな。……さ、話は以上だ。リッカの元へ向かうとしよう」


 三本目のタバコを吸うか悩んでいたところでちょうどモルストが皆を連れて門へと歩いてきたためタバコを懐に仕舞う。


「……お、終わったか。思ったより長かったな。てか、一体何を話してたんだ?」


 自分の言葉にモルストが答える。


「……なぁに。ちょっとした『これから』に向けてのアドバイスさ。勇者というよりは一人の女性としてな」


 よく分からないが、確かに男の自分では出来ないアドバイスもあるだろう。あまり深く聞かない方が良いと思い、それ以上掘り下げる事は止めておく。


「そっか。ま、それが何であれお前の言葉がこいつらの励みになると良いな」


 そう言うと何故か皆の反応が変わる。その様子を見て何故かモルストだけが一人おかしくて堪らないといった様子で笑う。


「……さて。名残惜しいがここでお別れだ。皆、そしてリッカ。またいつか会えるのを楽しみにしているぞ。最初の非礼は先程の会話で返せたと思うが、次に来た時に『城』が落ちていない事も祈っているよ」


 モルストの言葉に再び皆の雰囲気が変わる。奮起や動揺の気配が入り混じっている。


「……城?何の話だ?全く分からないんだが」


 自分の言葉にモルストがまた笑いながら言う。


「ははっ。大した事じゃないさ。……では、またなリッカ」


 そう言って背中を向けようとするモルストに声をかける。


「お、ちょい待った。モルスト、これ持っていけよ」


 そう言ってモルストに数粒の宝石が入った小袋と小包を手渡す。


「お前ならまず心配ないと思うが、宝石に魔力を込めて魔法石を何個か作っておいた。赤が爆発系、白が回復系だ。万一国に戻る際に魔族や野党に囲まれたらそいつを使ってくれ。回復系も即死級の一撃じゃなければほぼ傷は全快する筈だ。道中にお前の敵になるような奴はいないと思うけど、一応な」


 そう自分が言うとモルストが頷き、宝石の入った袋を懐にしまいながら言う。


「そうか。ありがたく受け取っておこう。……で、こっちの小包は何だ?」


 小包を手にしながらモルストが尋ねてくる。


「あぁ。そっちの小包は弁当だ。保存が効くもので作ってあるから二日近くは持つから道中で食ってくれよ。あ、ただそっちの小さい箱だけは早めに食ってくれ。甘めの出汁で作った卵焼きが入っているからな。お前、この卵焼き好きだったもんな。他のやつも一応お前の好物メインで作っておいたよ」


 荷物を渡してそう言うと、何故かモルストがぷるぷると震えている。


「……ん?どうしたモルスト。何か顔赤くねぇか?大丈夫か?」


 無言のまま震えるモルストの後ろで、皆が何やら口々に言っている。


「……なるほど……これが『難攻不落』たる所以ね。流石に今だけは同情するわ……」


「あちゃー……リカっち、最後の最後にナチュラルにこの振る舞いかぁ。勇者様には酷だねぇ」


「私……負けません。必ずや城を落としてみせます」


 皆が何を言っているのか訳が分からないため、声をかけようとしたその瞬間、震えていたモルストが大声で叫んだ。


「……そういうところだぞリッカーー!!」


 モルストの叫び声が、青空へ盛大に響き渡った。


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