パターン3 誤爆と起爆

 あれから買い出しを済ませて、クリスマス会の準備のため翼の家に向かった。とはいえ、家も隣同士なので私は一度制服から着替えるために帰宅。日も暮れた頃、翼の家にもう一度行くと、羽柴家の双子の末っ子コンビがうちの兄貴からのプレゼントを部屋中に広げて遊んでいた。

 夜も遅くなってくると、大人たちはお酒を飲み始め、末っ子コンビはもう眠たそうに目を擦り出してきた。


「ハーちゃんとつっくんとねるー」


 末っ子コンビから翼と2人、ご指名が入り今夜の寝かしつけ担当に就任した。2人で寝かしつけることは今まで何回もあったので慣れたもんよ。私たちは2人の部屋に行き、双子を挟むように寝転びゆっくり背中をさすりながら小声で少しお話をした。


「あしたね、あさおきるとサンタさんがプレゼントをね、げんかんにおいてってくれるの」

「でもね、サンタさんにあっちゃったら、らいねんからはこないんだって! ハーちゃんはしってた?」

「そうなの!? ハーちゃんも知らなかったよ。じゃあ、ハーちゃんも貰えるように早く寝て、サンタさんからプレゼントもらう準備しないと」

「うん」

「おやすみー」

 

 末っ子コンビはやっぱり遊び疲れていたのか、それともサンタクロース効果なのか、あっという間に寝息を立て始めた。翼と目を合わせ、そろそろというタイミングで部屋を出る。リビングは、兄貴をはじめお酒を呑んでる大人たちが少しうるさいので翼の部屋に避難。お互いスマホをいじったり、部屋にある漫画を読んだりと、思い思いに過ごしていた。

 しばらく続いた沈黙を破ったのは翼のスマホの通知の音だった。


「ハネー、明日暇?」

「暇だけど」

「そっか」


 いきなり明日の予定を聞かれたと思ったらそこで会話終了。25日の予定を聞いてることの意味にこいつは多分気づいていない。だから無駄な期待もしない。ああ、私って健気……なんて。


「ハネー」

「ん?」

「3組のさあ、近藤さんって知ってる?」

「……はい?」


 思わず声が漏れた。さっきのフリから何故他の女子の名前が出る? しかも知らねえ女の名前だ。


「ごめん分からない。隣のクラス?」

「うん。委員会が一緒なんだけど、明日、一緒に映画行かないかって誘われた」


 ついに出た! 直接アピールする系女子! 今まで裏工作女子ばっかり相手してたけど、よく考えればちゃんといるんだなあ、直接アタックするいい子。しかも同じ委員会なら? 接点もそこそこあるだろうし? 翼のことだから? 気づいてないだけで絶対好かれてるじゃん。何よりもうクリスマスに告白する気じゃんその子。

 ……やだなあ。なんて言葉にはできず、返す言葉を探した。


「……行くの?」

「行くべきだと思う?」

「は? なんで私に聞くの?」


 いやもう本当になんで聞いた? お前が誘われてるんだからお前が答えろよ。こっちは失恋に王手掛けそうで落ち込んでるのに。


「いや、なんとなく。こういうの、なんて返したらいいかわからないし」

「翼が、行きたいと思うなら行けばいいと思う」

「行ったほうがいいのかな?」

「いやだって、それ、クリスマスに一緒に出かけたいってそういうことじゃん」

「え? なんか怒ってる?」

「そりゃあ? 誰とも知らない女から告白でもされるんじゃないかって思ったら? ちょっとイラっとするし? しかもそれを? 翼のこと好きな私に聞かれても煽られてんのかとか思うし?」

「え? ハネ、俺のこと好きなの?」


 しまった! 口が滑って余計なこと言った! きょとんとした翼を見ながらどうしようか頭を巡らせる。ダメだ、もうキャパオーバー。声に出してしまったものを無かった事にはできず、私は顔を赤くしたまま固まってしまった。


「ぅぅぅうるさい! 翼のバカ! 勝手にしろ!!」


 私は逆ギレしながら翼の部屋を出た。ちょうど兄貴が大学の課題をやるとかで家に戻るところだったらしく、私もそれに付いて帰ることにした。


「お風呂入って来る」


 家に帰るとすぐに兄貴に告げて、お風呂場に直行した。シャワーを浴びて混乱した頭を落ち着かせる。湯船に浸かり、翼に逆ギレみたいに好きなこと誤爆しちゃったことを後悔しては、「あぁぁぁぁ」と、情けない声を出して風呂に潜るの繰り返し。翼、絶対今まで気づいてなかったんだろうな。だって頭の上にはてなマーク見えてたもんな。それにしても明日、近藤さんとデートするのかな。嫌だなあ。

 今まで裏工作女子のことどうこう思っていたけど、思い返せば自分自身、相手に想ってもらえるよう行動していたわけじゃない。幼馴染の立ち位置に甘えてただ一緒に居ただけだ。そんなの、近藤さんに敵わないよ。……ああ、翼、取られちゃうなあ。



 お風呂から上がってリビングでスマホをいじっていると、兄貴のスマホの通知が鬼のように鳴り響いていた。当の本人は腹が減ったとかで台所で夜食を作っている。


「兄貴スマホ鳴ってる」

「えー! 誰からか見てくんない?」

「めんどくさいなあ」


 誰だ全く、こんな時間に連投して来るなんて非常識な奴め。兄貴に言われてスマホの画面を覗く。私はこの瞬間を心底後悔した。


「ごめんちょっと外出てくる」

「え、今から? おい湯冷めするよ? おいちょっと待てって!!」


 兄貴の言葉に目もくれず、私は何も持たずに家を出た。どこに行こうとか考えてなかったけど、あのまま家にいたらまずいと思ったのだ。気づいたら全力で夜の住宅街を走っていた。走って、走って、走った先、少し大きめの公園にたどり着いた。木がたくさん生えていて、遊具も多く、日が登っている時間は子供の声にあふれている。もう日付も変わりそうなこんな時間じゃ誰もいないし、街灯がやんわりと自分を照らすだけ。

 とりあえずブランコに腰をかけ、少しゆらゆらと揺らしてみた。あー、兄貴怒ってるかな。怒ってるだろうな。そういやサンタクロースのこと見たらプレゼント貰えないとか双子が言ってたなあ。こんな時間じゃ鉢合わせちゃうかもなあ。私じゃもうプレゼント貰えないだろうなあ。そういえば少し寒くなってきたかも。

 

 そんなことを考えていたら、後ろからふわっと誰かの上着がかけられた。いや、匂いですぐわかるよ、翼。


「こんな時間に何やってんのよ」

「それはこっちのセリフだよ! 智兄に電話したら、ハネ、家から出てったとか言うし、どこ探してもいないし焦ったんだけど。見ろこの汗、真冬とは思えないくらい暑い」


 翼の額は少し汗が滲んでいて、ああ、私のためにこんなに走ってくれたんだと思うと少し胸が痛かった。


「ほんとだ。湯気出てる」

「家出てったのは俺のせい? 智兄が俺の通知見て飛び出したって」

「あーいや、えと……まあ」


 兄貴のスマホに届いたたくさんの通知の中から『俺、ハネのこと--』と途切れた1番上の通知を見て、翼の気持ちを知りそうになった私は思わず家を飛び出していた。きっとあのまま家にいたら、翼が家に来てしまうと思ったから。


「ごめん」

「……何に対してのごめん?」

「部屋で、ハネに無神経なこと言ってごめん」

「うん」

「ハネの気持ちにすぐに応えられなくてごめん」

「うん」

「泣かせてごめん」

「うん」


 翼に言われて、自分が泣いていたことに気づいた。ごめんの言葉が胸に刺さって、涙が流れて止まらなかった。


「……俺、ハネのことが好きだよ。ハネが思ってるのとは多分、違う意味で」

「……え?」

「ハネのことだから、どうせ幼馴染だからだろうとか思ってるんでしょ」

「……思ってる」

「だよね。俺はハネのこと、幼馴染として好きだよ。でも、彼女になって欲しいって意味でも、ちゃんと好き」

「……いつから?」

「多分ずっと。気づいたのは、ハネが俺の部屋を出てった時だけど」

「は?」

「一旦聞いて。俺、ハネが隣にいるの当たり前で、ずっとそうなんだって思ってた。でも、さっきのラインの時の事思い出して、買い物行ったり、映画見たり、子供のこと寝かしつけたりするのも、全部ハネとがいいなって。ハネの隣にいるのも俺じゃなきゃ嫌だなって思った」

「うん」

「だから、ハネにはずっと俺の隣にいてほしいし、ハネの隣にいさせてほしいんだけど、ダメかな」

「……いいよ」


 びっくりした。正直びっくりした。まさか本当に翼が自分のことを好きだなんて思ってもいなかったから。嬉しい気持ちと驚きで感情はぐちゃぐちゃで、ただ、涙を流す事しかできなかった。


「よかったあ。俺、智兄に殺されるんかってくらいの声でお前が家出たったって聞かされて、クソ焦った」

「え、何、兄貴が怖くて追いかけてきたの?」

「いや、そうじゃないけど……」

「嘘だよ。……ここまで来てくれて、ありがと」

「どういたしまして」

「……近藤さんは?」

「断ったよ。当たり前じゃん」

「うん」


 ほら、と差し出された手を取り、翼が掛けてくれたダウンに手を通す。少しブカブカな袖にはまだ少し体温が残ってて、翼に抱きしめられているようだった。繋いだ手は冷たくて、思わず笑ってしまったけれど。


「きっと帰ったら兄貴に怒られるね」

「だよなあ。ハネこんなに泣き顔ぐしゃぐしゃだもんなあ。殴られるかな、俺」

「さあ。一発貰っとけばいいと思う」

「ひどい、彼氏に向かって」

「……はあ!? かっ!?」

「いや、だってそうじゃん。俺彼氏。お前彼女」


 あ、そうか。そうなるのか。もう、ただの幼馴染じゃなくなったんだ。幼馴染って、少女マンガの敵キャラじゃなかったんだなあ。


「なんか変なこと考えてる?」

「いや、幼馴染って少女マンガだと敵キャラなのになって思ってた」

「ふはっ、何それ。……大丈夫、少年マンガの王道は幼馴染がだいたいヒロインだから。それにほら、ハネはどちらかというと少年マンガ寄りだし」

「…やっぱり、兄貴に一発殴ってもらおう」


 「何でだよ!」なんて言ってる翼の手を引っ張って、家に向かって走り出すはずだった。


「ハ……あかね! 明日、デートしよっか!」

「え!? ……うん! しよう!」


 急に下の名前で呼ばれて驚いたけど、なんか恋人っぽくていいな。家に帰るまでの時間で、明日の予定を立てよう。

 私は、さっきまでの涙はどこへやら、今年一番の笑顔で翼と2人夜道を歩きだした。



 --幼馴染が敵キャラなんて誰が言ったんだろう。だって、どうやらこの物語せかいは私が彼女ヒロインだったんだから!!

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幼馴染だって負けたくない!!! 李都 @0401rito

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