夜ごとの夢

 テレビを置かない家庭に育ったモブ尾巻の遊びは、もっぱら読書と空想とお絵描きでございました。

 両親は規則正しい生活と口にする食べ物には気を遣ってくれましたが、それ以外はほぼ自由。襖に絵を描いても、障子を全部穴だらけにしても、咎められたことはございません。(水風船を除く)

 なぜか「夕飯前に論語を暗唱する」という謎の習慣があり、就寝は8時。


 我が家は父上の意向で、人が多く集まる家でございました。ただ酒を酌み交わしたり、遅くまで議論をしたり、子どもが寝た後も楽し気な会合は続きます。


 モブ尾巻は妄想力過多で、暗闇と悪夢を恐れる子どもでございました。なかなか寝付けず2段ベッドの下でシクシク泣いていると、父上が様子を見にまいります。

 家にいる時は、寝る前に気障きざな所作で頬や額に接吻キスをして、お話や子守唄を聞かせてくださったものです。

 これが俗に言うイケオジ仕草でございます。(しらんけど)


 父上の唄はお世辞にも達者とは言えないのですが、声は良かったと思います。


 しかし問題は選曲。


「黒の舟歌」という曲をご存じでしょうか。「火垂るの墓」の原作者として名高い、野坂昭如のさかあきゆき氏が歌った唄でございます。作詞・のう吉利人きりひと、作曲・桜井順。

 野坂氏、というだけでなんとなく想像がつくと思いますが、内容は男女のくらい情念の世界。


 父上はそれを良い声で(大声で)朗々と歌い上げるのでございます。さらに調子が上がると、サビの所では巻き舌になります。


 眠れる訳がありません。


 しまいにはおかしくなって笑い出すと、友人達の所に戻りたい父上は、モブ尾巻の背中をトントンしながら、自分で作詞作曲したデタラメな唄を歌うのです。


寝ろってば 寝ろってば 寝ろってばよ


 面白くて眼が冴えてしまいます。しかし、腹がよじれるほどに笑って、疲れ果てる頃には、穏やかな眠りが訪れる。そんな夜は、怖い夢を見ることはございません。


 モブ尾巻も幼い我が子達に歌い聞かせたところ、反応は上々でございました。受け継がれる父上の珍妙な子守唄。


……NAR〇TOみたい!だってばよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る