のぶちゃん

 一言指令を飛ばしたかと思えば、振り向いて返事をした時には既に姿を消している母上でございます。

「質問があれば電話で……」声が残響と共に薄れていきます。ええ、承知しております。お手を煩わせることはいたしません。住居兼店舗なので、内線で連絡を取ることが出来ますし、携帯電話もありますものね。


 そんな多忙な母上にも、柔らかな思い出はございます。

 あれは、姉上と玩具を取り合って蹴り合い殴り合いの大乱闘を繰り広げていた時のこと。姉妹が幼い頃は、モブ尾巻もまだ勝てる希望に縋り、必死で足掻いていたのでございます。


 して。一喝でモブ尾巻たちを黙らせた母上は、真新しいお人形を2体渡してくださいました。ふわふわと手触りの良い生地に、毛糸の髪、小さな服。顔には可愛らしい目が描かれ、頬には赤い紅が差してあります。


 一目で気に入ったモブ尾巻たちは、お礼を言ってお人形をいただきました。お人形の顔が「のぶちゃん」というお友達に似ていたので、彼女の名前をつけました。そのお人形はボロボロになるまで、長らく大切なお友達でありました。


 よく見ると、いびつな形のそれは、手作りでございました。あまり手先が器用ではない母上ですが、忙しい合間を縫って、夜中に作ってくれたのでしょう。

 それは一度きりのこと。しかし、そのことは長く心に残り、現在、物作りを生活の糧とするモブ尾巻のいしずえになっていると思うのです。


……あれ?普通にいい話だった?(ツッコまないと不安)

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