第118話:閑話・内親王宣下と副都

天文十七年(1549)11月30日:山城京内裏:九条稙通視点


 忙しい、とんでもなく忙しい、目が回りそうになるくらい忙しい。

 だが、多くの公家から無視され敵意を向けられていた以前よりはましだ。

 祖父と父の愚行の所為で、九条家は多くの公家を敵に回していた……


 だが今は全く立場が違っている。

 関白殿下の御陰で生活が一変した公家や地下家は、殿下の姉を正室に迎え、その間に嫡男を設けた麿の命に従う。


 関白殿下の武力を借りたとはいえ、往年の荘園を数多く取り返した。

 そこから入って来る年貢は、朝廷の御領を超えている。

 多くの公家や地下家が、関白殿下の扶持で暮らしているのとは比較にもならない。


 かつて麿を朝廷から排斥しようとしていた、一条と二条は断絶した。

 近衛は関白殿下を恐れて屋敷の奥深くで震えているという。

 鷹司とは和解したが、体調が悪く臥せっている。


 こうなると、富山にいる関白殿下に成り代わって、麿だけで朝廷を殿下の望まれるように動かさなければならない。

 帝や朝廷が、関白殿下に悪意を持っていると思われてはならない!


「禅定太閤殿下、普光女王殿下と永高女王殿下の内親王宣下の件なのですが……」


 また何か問題が起こったようだ。

 親王宣下自体は、宮家の当主に行っているから、公家も地下家も経験がある。

 僧になられた直宮や宮家の王子にも親王宣下は行っている。


 だが、内親王宣下は長らく行われてこなかった。

 困窮していた皇室も宮家に、王女殿下に内親王宣下をする余裕はなかった。


 親王宣下と全く同じならば問題ないが、違っていたら、間違ってしまったら、費用を負担して主催してくださる関白殿下の顔を潰す事になる!


「この度の事は絶対に失敗が許されない!

 時期を遅らせるのは許されるが、失敗だけは許されない!

 全ての公家に日記を見直させるのだ」


「はっ、直ちに」


 主だった者は、富山大内裏で古の儀式を復活させていた者達だから、殆どの儀式は再現できるのだが、内親王宣下だけは後回しにしてしまっていた。


 娘を尼にしたくないと思う親心が分かっていなかった。

 これでは、九条家の者は人の心が分からないと非難されても仕方がない。

 もう二度とこのような失敗はしない!


 尼寺に入れば、飢える事はないが、最低限の生活になってしまう。

 酒食は限られ、魚も鳥も食べられなくなる。


 愛する者と暮らす事もできなければ、子供を授かる事もない。

 いや、こんな戦国乱世だ、僧や尼になっても子供を授かる事はある。

 だが、絶対に表に出せないので、内々で処理しなければいけなくなる……


 僅五歳で安禅寺に入室された普光女王殿下は、親の愛情も十分に与えられず、侘しい生活をされていた事だろう。


 十歳まで内裏で暮らせている永高女王殿下は、御身体が弱いのもあるだろうが、実家の万里小路家が無理をして支援していたのだろう。


 それも、関白殿下が次男三男や娘を引き受けてくださったから出来た事だ。

 彼らの支援がなければ、とっくに大聖寺に入れられていた。


「禅定太閤殿下、富山大内裏への遷都の件なのですが……」


「それも急ぐ必要はない、安全確実が一番大切だ」


「はっ、それは分かっているのですが、つい」


 言ってきた地下家の気持ちはよく分かる。

 富山大内裏にいた者なら、朝議を大内裏で行いたいと思うのは当然の事だ。

 麿も古く雨漏りも直せない内裏で朝議などしたくはない。


 後奈良上皇陛下と帝は頻繁に文をやり取りをなされている。

 富山城と大内裏の真実を共有されたので、遷都に同意された。

 いや、遷都と言っても京を完全に放棄する訳ではない。


 京の内裏を富山の大内裏と同じ規模に再建するまでの間だけだ。

 北野天満宮などが、力を失った皇室や朝廷の領地を押領している。

 関白殿下はそれを取り返され、大内裏の用地にされる。


 北野天満宮の別当職は、曼殊院門跡が兼任してきた。

 曼殊院は天台宗、六角親子に焼き討ちされた叡山との関係が深い。

 叡山の焼き討ちだが、関白殿下がやらせたと言う噂が信じられている。


 覚恕法親王殿下が曼殊院門跡のままだったら、後奈良上皇陛下と帝も北野天満宮の処遇に頭を悩まされていただろう。


 だが、覚恕法親王殿下の還俗が決まった。

 世襲宮家を立てて初代当主に成られる事が決まった!

 覚恕法親王殿下も、子を作る事ができて宮家を世襲させられるのだ。


 何の文句もないどころか、隠れて狂喜乱舞されたと聞く。

 覚恕法親王殿下の側にも関白殿下の手の者が潜んでいる。

 麿にも付いているのだろうが、どれほど長い手を幾つ持っておられるのか。


 京に大内裏が再建されたら、首都は京に戻す事になっている。

 富山の大内裏は副都とされ、何かあった時に皇室と朝廷が動座する事になる。


 応仁の乱以降、荒廃する京に残るのはとても危険だった。

 官を辞して地方の荘園に下向する公家が多かったのは、経済的に困窮したのもあるが、いつ戦に巻き込まれるか、強盗に殺されるか分からなかったからだ。


 そんな危険な状態でも、皇室と朝廷は京に残るしかなかった。

 古のように、副都があれば、そこに動座して安全に暮らす事ができた。

 実際には足利が許さなかっただろうが、副都があれば交渉くらいはできた。


 本当は、古のように大和か摂津に副都があればいいのだが、関白殿下が造られた富山大内裏があるのに、別の副都を造ってくれとは言えない。


 だが、あれだけ慎重で幾つもの策を同時に用意される関白殿下だ。

 富山大内裏を使って殿下の面目を立てた後なら、二つ目の副都を大和か摂津に造ってくれるかもしれない。


 候補地は既に考えてある。

 大和では平城京か飛鳥宮があった場所だ。

 摂津は難波宮があった場所を考えている。


「禅定太閤殿下、石山本願寺が降伏したそうでございます!」


★★★★★★


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