第117話:関白
天文十七年(1549)11月11日:越中富山城:俺視点
俺は、多くの家臣が考えてくれた策を組み合わせる事にした。
自分が神になって、神帝国を築く案を完全に捨てたわけではない。
力さえあれば何時でもできる事だ。
織田信長が献策した、傀儡の帝や朝廷の中に、実権を持った王家が王国を興す方法も、力さえあれば何時でもできる事だ。
今の所は、日本の朝廷でも前例があって、誰も晶と子供達を非難しない方法、関白となって娘を帝に皇后にする事にした。
したとはいっても、残念ながら俺に娘はいない。
後継者争いを避けるために、正室の晶しか抱いていない。
「すまない、どうしても娘が必要になった。
側室を置くが、これまで通り正室は晶だ」
「殿様、姫が必要なのは、帝の妃にするためですよね?
でしたら、生みの母親はできるだけ身分の高い方でなければいけません。
五摂家か清家家、低くても大臣家の姫君を、新しい正室に迎えるべきなのではありませんか?」
「そんな必要はない、太郎達の将来に影を差すような事はせん。
生みの母親の身分が低くても、五摂家の養子に出してから入内させればいい。
いや、もう俺も摂関家の当主だ、何も気にしなくていい」
「殿、私は幸せ者です」
「俺こそ晶を妻に迎えられて幸せだよ」
晶も政略を考えて妻に迎えた女性だが、幸せな家庭を築けたと思う。
御見合い結婚で、互いに歩み寄って幸せになる努力をするのと変わらない。
側室に迎える女性とも、幸せになれるように歩み寄る心算だ。
いや、新たにどこかから何も知らない女性を側室に迎える必要はない。
帝や朝廷に対する脅迫も兼ねて作った後宮のような奥。
ここには五千人を越える女性が住んでいる。
戦乱に巻き込まれて、頼れる父や夫、息子を失った者が多い。
女性だけでは生きて行けない老女が多いが、全員ではない。
晶に仕えるために来た貧しい公家や地下家の姫もいる。
寡婦となった母親と共にやってきた娘や女の子もいる。
そんな中から、俺の側室を望む者を選べばいい。
本心からそう思っていたのだが、政略がそれを許してくれなかった。
俺の献金で困窮からは逃れた皇室と朝廷だが、皇子全員に宮家を創設するほどの余裕はなく、僧にするしかなかった皇子がいた。
それは皇女も同じだ、皇女に相応しい待遇で嫁に迎えられる公家がいなかった。
一度臣籍にしてからなら、ある程度の家格の公家に嫁がせられるが、そんな家はもっと経済的に困っていた。
俺がそれなりに献金をするようになってから、十数年しか経っていない。
皇室には献金しているが、敵対するような公家は放置してきた。
特に身分の高い公家は、九条と鷹司以外は敵視してきた。
とてもではないが、皇女が降嫁できるような公家などなかった。
何時滅ぶか分からない武家に降嫁させる訳にもいかなかった。
皇室に体面を保つには、尼にするしかなかったのだ。
俺の評判は、困窮していた下級公家や地下家の間ではすこぶる良い。
俺の家臣となった次男以下が、戦国大名を超える戦力と財力を得ている。
奥に入った公家や地下家の姫達からも良い評判が広まっている。
困窮する下級公家や地下家の食生活に比べれば、奥の女たちの食生活は、天国と思われるくらい豊かだ。
製法を秘匿したい、とても高価な酒は、奥の造酒司で造っている。
茸類は人工栽培しているし、淡水真珠養殖のための副産物、貝の身もある。
鶏や軍鶏が放し飼いになっていて、卵もふんだんにある。
籠城しなければいけなくなった時の為に、城内に食糧生産力を確保している。
その話を聞いた、家を継がなければならない公家や地下家の嫡男や長女が、悔し涙を流し涎を垂れ流したという、嘘か本当か分からない話があるくらいだ。
後奈良天皇の権典侍となった広橋国子の母親は、勧修寺政顕の四女だ。
そうなのだ、広橋国子は晶の姪なのだ。
妹の広橋国子から、俺の詳しい情報が後奈良上皇や正親町天皇に入っていた。
これまでは無視したり聞き流したりしていたかもしれないが、俺が皇室や朝廷の廃止も考慮に入れていると公言したので、詳しく聞き出したのだろう。
後奈良上皇も、俺に脅かされたからとはいえ、実際に富山大内裏に動座して、俺がどれくらい真心と銭を使って大内裏を再建したか分かったようだ。
仙洞御所に住んでみて、日々の食生活の豊かさに驚愕したようだ。
少々面倒だったが、頻繁に使者を寄こして俺との交流を始めた。
女官まで送ってきて、奥の状況を確認させてきた。
その時から嫌な予感はしていたのだが、当面は皇室も朝廷も廃さない事にしたので、波風を立てないように笑って女官達を受け入れた。
晶がとても感激して喜んでいたし……
九条稙通と鷹司兼輔が京から下向して言うのだ。
「関白殿下、どうか普光女王殿下と永高女王殿下の降嫁を考えてくれないか?」
鷹司兼輔は体調が悪いのだろうか、苦しそうだ。
それとも女王の降嫁に反対なのだろうか?
反対なら声を大にして九条稙通を罵ってくれて良いぞ!
「女王殿下に降嫁していただくなど、恐れ多すぎます。
何より叔母と姪の両方に降嫁していただくなんて、倫理に反します」
「両人ともに降嫁させてくれとは言わない。
御二方の内、御独りで良いから降嫁させてくれ。
娘を尼にしたくない母親の気持ちを汲んでやってくれ」
「別に俺でなくてもいいではありませんか。
少々年は離れていますが、九条家と鷹司家に御迎えすればいい。
今の九条家なら、それくらいの余裕はありますよね?
鷹司家には、三千貫ほど扶持を渡しますよ?」
「いや、上皇陛下と帝にも思惑があられるのだ」
「思惑ですか?」
「叡山が滅ぼされ、形だけの天台座主となられた覚恕様の事だ。
一時ではあるが、帝を弑いて至高の位を盗もうとしているという噂がたった。
関白殿下を殺せと命じたという噂もたった。
それ以来、覚恕様は曼殊院の奥深くに籠っておられるのだ」
「何とも思っていないと、私から手紙でも送りましょうか?」
「……言い難いのだが、女王殿下の降嫁を条件に、覚恕様に領地を与えて還俗させてもらえないだろうか?
上皇陛下の御子様に新たな宮家を創設していただきたいのだ」
「それくらいの事でしたら、女王殿下に降嫁していただかなくてもやらせていただきますよ。
覚恕様には富山大内裏の中に屋敷を用意させていただきます。
他の宮家との兼ね合いもありますから、扶持は千五百貫で良いですか?」
「いや、逆なのだ、表向きは覚恕様の還俗費用を用意してもらう代わりに、女王殿下を降嫁させる事になっているが、降嫁の方が目的なのだ」
「……私との縁を強固にしたいという事ですか?」
「そうだ、私には、全て脅しだと分かっている。
本当にやる気ではなかったと分かっている。
だが、上皇陛下や帝は本気で恐怖されたのだ。
このままでは皇室が根切りにされると恐怖されたのだ。
そんな事にならないように、関白殿下と深い血縁を結ぼうとされているのだ」
人間は自分を基準にしか物事を考えられない。
上皇陛下も帝も、自分ならどうするかを考えたのだろう。
あるいは、自分の父親や祖父が何をしてきたのかを考えたのだろう。
公家は穢れを嫌うと言うが、嘘だ、建前で演じているだけだ。
実際にはとんでもなく生臭い悪事を行っている。
南北両朝の合一なんて上手い事を言っておいて、実際には南朝を滅ぼした。
刺客を放って、南朝の血が絶えるようにした。
反吐が出るような悪行を平気でやっている。
自分達が同じ目にあうかもしれないと恐れているのだ。
それを避けるために、皇室の血を長尾家、いや、松殿家に入れる。
皇室にも松殿家の血を入れる、姑息だが当然の策だろう。
「分かりました、前向きに考えますから、じっくりと話し合いましょう」
「皇室」
後奈良上皇:明応5年12月23日(1497)~
正親町天皇:永正14年5月29日(1517)~
永高女王:天文9年5月17日(1540)
普光女王:天文6年11月24日(1537)~
:天文10年12月18日安禅寺入室
覚恕 :大永元年12月18日(1521年 ) 天台座主:曼殊院
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