第119話:石山本願寺一向一揆

天文十七年(1549)12月4日:越中富山城本丸御殿:俺視点


「殿、生き残った者達はどうなさるのですか?」


 家族での夕食を終え、居間で家族団欒を楽しみ、臥所で晶とゆっくりしていると、明らかに悩んだのが分かる間と表情で晶が聞いて来た。


 そんなに悩むような質問だからこそ、何でもないように答えてあげないと、これから聞きたい事が起きても聞かなくなってしまう。


「何時も通りだよ、基本は奴隷にする。

 調べて罪の重い者がいたら、終身奴隷にして船底で一生艪を漕がせる。

 何か気になる事があるのかい?」


「仏を信じ、宗主の教えを信じ、その教え通りにした者が、罰せられるのですね」


「仏が人を殺して奪っても良いなんて言う訳がないのは分かるだろう?」


「はい、分かります」


「中には愚かで何も分からない者もいるだろう。

 だが、大抵の者は、分かっていて、仏と宗主を言い訳にして殺し奪っていた。

 それも分かるだろう?」


「はい、分かっています、分かっているのですが、十万もの民の恨みが殿や太郎達に向けられると思うと、心配になってしまいます」


「俺も連中の恨み、怨念が晶や太郎達に向けられるのは心配だ。

 だから善光寺と顕光寺で怨念を打ち払う祈祷をさせている。

 俺自身も祈祷を行って、確実に打ち払ったから安心して良い」


「本当ですか、殿御自身で打ち払ってくださったのですか?」


「ああ、俺が毎日護摩堂で祈っているのは知っているだろう?」


「はい、日によって時間は違いますが、祈られているのは知っています」


「毎日晶と子供達に向けられる怨念や邪法を払っているから安心しなさい」


「はい、ありがとうございます、殿」


 この世界は前世に比べて迷信がはびこっているから困る。

 俺程度の知識では、完全に迷信を無くすことができないので、逆に利用している。

 やってきた事がこの世界の常識を超えているので、法力や加護と言ってきた。


 その御陰で、こういう時に晶達を言い包める事ができる。

 子供を心配する母心は、普通に話しただけでは打ち消してやれない事が多い。

 嫌いなやり方だが、こういう方法を使うようになってしまった。


 全部腐れ外道の一向一揆が悪い!

 仏や親鸞を隠れ蓑にして、己の私利私欲を満たそうとした連中が悪い!

 だから徹底的に叩き潰してやった!


 海上も陸上も、蟻の這い出る隙間もないくらい厳重に包囲した。

 石山本願寺では、最初に新鮮な飲み水と燃料がなくなった。

 食糧はまだあったが、煮炊きができない状態になった。


 衛生学が未発達な世界なので、直ぐに集団下痢と食中毒が広まった。

 生れてからずっと不衛生な生活をしているから耐性はあるが、限度がある。

 瞬く間に石山本願寺に籠城していた内の三万人が死んだ。


 火葬する燃料がない、土葬する場所がない、だから周囲の河口に捨てる。

 本願寺の周囲は、水面よりも死体の方が多い状態になった。


 全て海に流れてくれればいいのだが、干潮と満潮の関係で戻って来る。

 できるだけ死体の浮いていない時、海水ではなく淡水が周囲にある時に、河口の水を汲み上げて飲むのだが、煮沸できないから死体の浮いていた水を飲む。


 これで下痢や食中毒にならない訳がない。

 常に誰かが臥せっていて、毎日死んでいく、地獄のような状況になっていた。

 ここに、夜陰に紛れて諜報衆が入って噂を流す。


 証如と蓮淳は仏と親鸞の教えに背いて私利私欲に走っていると。

 私利私欲で堅田本福寺に三度も冤罪を被せ、明宗が餓死させられたのを思い出せ。


 お前達が飢えているのも死んでいくのも、私利私欲のために仏と親鸞を利用した者の手先になっているから、仏罰が下されているのだ!


 仏罰から逃れたいのなら、仏と親鸞の怒りを買った証如と蓮淳を殺せばいい。

 新たな宗主は、長男でも誰でも構わない、仏と親鸞の教えを守る者を選べばいい。

 仏と親鸞の教えを守る気があるなら証如と蓮淳を殺せ!


 どのような噂が流れようと、証如と蓮淳を狂信している者は動じない。

 だが、私利私欲で本願寺に加わっている者は、欲があるだけで、仏の教えにために死ぬ気など最初からない。


 目の間にぶら下げられたのは、幼い宗主を擁して私利私欲を貪れる地位だ。

 証如と蓮淳を殺せば、今度は自分が蓮淳と同じ立場に立てる。

 俺以外のどの戦国大名よりも財力も武力もある、宗主の後見人に成れるのだ。


 石山本願寺内のいたるところで証如と蓮淳を謀殺する密談が行われた。

 それは末端の信者だけでなく、石山本願寺の譜代家老とも言える下間一族の間でも行われた。


 だが、一族や恩人を殺して権力を握り続けて来た蓮淳だ。

 危険を感じたら、利の為なら、一族であろうと恩人であろうと殺す。

 蓮淳は、利を与えていた側近と狂信者を率いて先制攻撃した。


 石山本願寺内で、血で血を洗う内部抗争が勃発した。

 いや、内部抗争が起こるように俺が仕向けた。

 最初は蓮淳側が一方的に叛乱を企てた者達を虐殺した。


 だがここで、蓮淳の残虐非道で身勝手な性格がでた。

 何の関係もない信者も、疑わしいと言うだけで数多く虐殺したのだ。

 

 ここで俺の流した噂、私利私欲の為なら一族も恩人も冤罪で殺すが効いた。

 蓮淳がまた私利私欲の為に、何の罪もない信徒を殺していると誰もが思った。

 このままでは自分達も殺されるとほぼ全ての信徒が思った。


 内部抗争が一部の粛清ではなく全面戦争となった。

 位の高い者を妬んでいた者は、この機会を利用して殺した。

 目につけていた女を得るために、女の夫を殺す者も現れる。


 眠った所を襲われ殺されるので、誰も眠る事ができずに殺し合う。

 同郷などの、何かの縁で信じられる者が徒党を組んで他者を襲い殺す。

 中には城門を開いて逃げようとした者もいたが、矢を受けて死ぬだけだ。


 石山本願寺のある島と外を繋ぐ橋は、守りを強固にするために、本願寺の者が自分達の手で焼き落としていた。

 

 逃げようと思うと、腐った死体の浮かぶ河口を泳いで渡るしかない。

 だが、そこを雨霰と放たれる矢を受けるのだ、生きて渡れるわけがない。


 内部抗争が始まって三十日後、勝利した下級信徒の一団が降伏を申し入れて来た。

 その数は千にも満たない少数になっていた。

 親鸞の一族はもちろん、上級信徒の血族は誰も生き残っていなかった。

 晶が怨念や怨霊を恐れるのも当然だな。

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