第120話:侵攻開始

天文十八年(1550)1月22日:越中富山城本丸御殿:俺視点


「丹後、丹波、播磨の国人地侍を蜂起させろ」


 俺がそう命じたのは、石山本願寺の生き残りが降伏した次の日だった。

 軍勢を動かしても背後を突かれる心配がなくなったからだ。

 まあ、予定通りに行けば、軍勢を動かす必要もない。


 案の定、石山本願寺を包囲していた軍勢を動かすことなく成功した。

 史実では激しく抵抗した連中も、素直に一族一門家臣の独立を認めた。

 抵抗してもどうにもならない事は、石山本願寺の末路を見て思い知っている。


 ただ、別所、赤松、山名、赤井、酒井、一色、内藤は五百貫の領主として残せても、太郎達を狙った波多野と皇室御領を押領した宇津木は絶対に許せない!


 特に波多野は絶対に許せない、根切りにする。

 宇津木は、これまで流して来た皇室も朝廷も滅ぼすという噂を否定するためにも、絶対に滅ぼさないといけない。


 俺が直接やる必要はないし、俺の家臣にやらせる必要もなかった。

 まだ正式に家臣にしていない、丹後、丹波、播磨の国人地侍が、俺の歓心を買おうとして、波多野と宇津木を皆殺しにしてくれた。


「主上、長く御待たせしてしまいましたが、ようやく宇津の御領を宇津木から取り返す事ができました。

 主上にお返しさせていただきますので、御自由に代官を御送り下さい。

 周囲は全て長尾家の直轄領とし、兵を駐屯させますので、御安心ください」


 晴景兄上に、帝への奏上をやってもらった。

 こういう苦手な事をやってもらうために、晴景兄上と神余昌綱を参議にして、俺の意を帝や朝廷に伝えるようにしていた。


 堅苦しい事は大嫌いだし、一時は皆殺しにする事も考えていた、帝や公家の顔を見る気にもなれなかった。


 俺の家臣を皇室御領の代官にして、年貢の半分だけ帝に納める方法もあった。

 だがそれでは、帝に入る利が半分以下になってしまう。

 遠隔地なら別だが、京から宇津はそれほど離れていない。


 それに、長尾に力がある間は良いが、力を失ったら守り切れない。

 何より、弱くなった長尾が皇室や朝廷と対立するような時代になると大変だ。

 長尾が御領を押領して年貢の半分しか渡さないと言い掛かりをつけられる。


 そんな事が起きないように、権利は全部皇室に渡す。

 そうすれば、皇室は御領の代官や守備兵といった役を地下家に与えられる。


 長尾が弱った時には、皇室が自分で守れば良い。

 実際にどうなるかは分からないが、長尾家を潰す難癖には使わせない。


 皇室への手当てが終わったら、働いてくれた国人地侍への手当だ。

 これが一番大切で、手を抜くと手痛いしっぺ返しを食らう。


「国人地侍の気持ちはよく分かった、働いてくれた者の臣従を認める。

 喰わせられない子弟には扶持を与えるから、石山本願寺の有った場所に集めよ」


「「「「「はっ」」」」」


 新たに臣従した国人地侍の領地は、五百貫以下としている。

 百姓と侍を兼業しているような地侍がとても多く、そんな者達は五貫から十貫の武家地しか持っていないから、実際に領地を減らされるのは守護や有力国人だけだ。


 その中には、領地だけでなく、湊の船道前や城下町の棟銭が多く、扶持で多くの侍や足軽を召し抱えていた有力国人もいた。


 そんな扶持で召し抱えられていた侍や足軽は、主家が弱小国人に成り下がったので、召し放ちになってしまう。


 そんな侍や足軽を俺が召し抱えて戦力とした。

 他にも国人地侍の子弟が成り上がろうと仕官してくる。

 長尾家が実力主義なのは全国に知れ渡っている。


 奴隷だった者が、北条家や今川家を超える三万もの兵を率いられるのだ。

 五百隻船大将になって、莫大な富を得られるようになるのだ。

 一生兄の家臣として仕えるよりも、成り上がる事を目指す者が多い。


天文十八年(1550)1月22日:淡路国志知城:船越五郎右衛門景直視点


「父上、やっぱりやめましょう、長尾が攻め込んで来るまで待ちましょう」


「駄目だ、それでは城も船も全て奪われ、根切りにされるかもしれぬ」


「これまでの長尾のやり方を考えれば、そのような事はないはずです。

 我が家も五百貫の領地は残してもらえるはずです」


「確かにこれまでの長尾家のやりかたなら可能性は高い、高いが、絶対ではない。

 子供を狙った者には情け容赦のない根切りを行った」


「我が家には関係がありません!

 我が家は幼い子供を狙うような真似はしていません」


「ああ、我が家はやっていない。

 だが、堺公方がやられている。

 その堺公方を匿っているのは三好家で、我らは三好に加担している。

 長尾殿が我が家も含めた三好勢を皆殺しにする可能性はある」


「それは……無いとは言えませんが……」


「三好に味方していた者は、許されても百貫であろう。

 だが、領地を減らされるのはまだ我慢できる、家が残るなら我慢できる。

 我慢できないの、船を奪われる事だ、このままでは船を奪われてしまう!」


「ですが、進んで降伏しても、船を持つ事を許されるとは限りません」


「武家としては許されなくとも、商人になると言えば許されるかもしれぬ。

 長尾水軍が、蝦夷と南方の交易で巨万の富を得ているのは有名だ。

 武士として関船の所有が許されればよし、許されなければ商人に成れ!」


「父上、私に武士を捨てろと申されるのですか!」


「そうだ、俺が殺され一族一門が根切りにされるようなら、そのまま武士を捨てて商人と成り、船越の名と血を残してくれ。

 俺が許されるようなら、子供の誰かに商人を継がせて、お前は戻って来い」


「父上!」


「五郎右衛門、名も血も残せずに滅ぶわけにはいかないのだ。

 商人として巨万の富を手に入れられれば、武家に戻る事も容易い。

 それに、長尾家が天下を治めるのは間違いない。

 戦のない世に成れば、武家は領地を奪えなくなる。

 だが商人なら、太平の世になっても富を手に入れられる。

 船を失う訳にはいかんのだ、船を率いて長尾家に行ってくれ」


「ですが父上、私が裏切ったら安宅が攻めてきますぞ!

 父上も一緒に長尾家に降伏しましょう」


「五郎右衛門、俺は欲深いのだ。

 名も血も城も船も残したいのだ。

 その為には、命を賭けてぎりぎりまで踏みとどまらなければならない。

 長尾家が降伏臣従を言ってくる可能性がある以上、城を捨てる訳にはいかぬ。

 もし安宅が攻め込んで来るなら、その時こそ長尾家に援軍を頼む。

 そうすれば城も領地も奪われる事なく長尾家に仕えられる」


「……分かりました、父上がそこまでの覚悟をされているなら、私も腹を括ります。

 水軍を率いて長尾水軍に降伏します」


「任せたぞ」

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