第121話:連鎖反応1
天文十八年(1550)2月20日:越中富山城本丸御殿:俺視点
俺が迂闊だったのだが、思ってもいなかった事が起きた。
まだ淡路や四国には手を出さない心算だったのだが、諜報衆が接触していた淡路の船越五郎右衛門が、親兄弟を残して長尾水軍に逃げて来た。
安房や伊豆を攻めた時に、水兵や漁師を積極的に誘って領地から逃げて来させた。
船を奪って逃げて来た者には、それなりの褒美を与えて水軍に迎えていた。
今更逃げて来た水兵や漁師を受け入れない訳にはいかない。
水軍衆として仕官するなら、関船以上の大型船は長尾家で買い取る。
大前提として、水軍衆が個人的に戦船を持つ事は禁じている。
だが、武士を捨てて商人になるという者の船まで奪う事はできない。
船越五郎右衛門は、俺よりも才覚があって期待できる。
手元に残った関船と小早船は商船にして、船頭を雇って交易させた。
自分は経験を積むために水軍に志願して、蝦夷から南方の交易に従事する。
順番が逆だったら、船は強制的に長尾水軍が買い取る事になっていた。
難癖をつけて強制的に買い取る事もできたが、そんな悪質な事はしない。
戦乱が収束すると、国人地侍は武力で土地を切り取る事ができなくなる。
日本が豊かになれば、江戸幕府の武士のように貧困に苦しむ事になる。
物価が年々上がるのに、領地、収入が増えないのだから当然だ。
水軍衆に成れば歩合が手に入るが、全ての人間が水兵に成れるわけではない。
だが、国人や地侍でも船を手に入れて優秀な船頭を雇う事はできる。
独力では無理でも、足軽組等で船を仕立てて交易をする事はできる。
何なら長尾家が海運会社を創って出資できるようにしてやればいい。
逃げて来た船越五郎右衛門と戦船はそれで良いのだが、問題は残った一族だ。
船越五郎右衛門の逃亡を裏切りと考えた安宅冬康は、淡路の国人地侍を率いて庄田城を囲み、船越家を根切りにしようとした。
「安宅冬康が庄田城を攻めるのならしかたがない、全力で助けよ。
諜報衆が接触していた者を見捨てたら、俺の評判が落ちる。
水軍衆を総動員して全力で助けよ!」
船越五郎右衛門が海賊衆を率いて降伏してきたと言う報告を受けた時から、安宅冬康が報復攻撃する可能性がある事は分かっていた。
安宅冬康からすれば、ここで船越五郎右衛門の裏切りを見逃したら、淡路十人衆の大半が、海賊衆を率いて長尾水軍に降伏する危険があった。
他の九家が裏切らないように、厳しい処置をするしかない。
だが俺にも、長尾家の棟梁として維持しなければいけない面目がある。
諜報衆が誘っていた者を見捨てたら、もう誰も俺を信じて降伏しなくなる。
だから、安宅冬康が動いたら即座に全力で助けろと命じてあった。
毎日のように、俺の支配下にある全ての湊のどこかで、新造の大型関船が完成し、水兵志願者の訓練が行われている。
その新造艦の全てが、初期訓練が終わると戦に加わっている。
初期訓練、最初は領内の隣湊に行く程度から始まり、蝦夷と奥羽、房総沖の通過など、近距離間の交易に従事するようになる。
まだ敵地である西国、中国地方や九州に行く前に、敵との境界線にある海域で実戦訓練が行うようになっていた。
蝦夷から奥羽北陸、畿内から唐、唐から南方にまで交易に行けるのは、熟練の船頭と水兵が乗る指揮船に率いられた船団に限っていた。
大型関船がもの凄く増えたので、全て交易に使わなくても必要な物が全て手に入り、十分な利が得られるようになっていた。
だから、石山本願寺の海上封鎖の後半には、二千隻を越える大型関船が、実戦訓練を兼ねて淡路島の周りに集結していた。
その全船が、船越家の援軍に投入された。
海を覆い尽くす圧倒的な水軍による援助に、淡路勢は総崩れとなった。
安宅冬康がどれほど声嗄らして命じても、誰もその場に踏みとどまらなかった。
全ての国人地侍が自分の城に戻って籠城した。
籠城したのは俺に備えてではない、安宅冬康に対してだ。
一族に船を率いさせて降伏すれば、援軍を出してもらえると分かったからだ。
安宅八家衆の一人、湊里城の安宅秀益が海賊衆を率いて長尾水軍に降伏した。
父親の安宅治興が三好長慶に負け、安宅冬康を養子に押し付けられている。
安宅治興の実子である安宅秀益が、洲本城を獲られて湊里城に分家させられているのだから、好機が訪れたら安宅冬康に背くのは当然の事だった。
安宅秀益の謀叛と同時に、猪鼻城の安宅冬俊と白巣城の安宅冬秀も謀叛の兵を挙げ、籠城して俺の援軍を待った。
淡路国十人衆は、先に船を海賊衆に率いさせて長尾水軍に降伏臣従した。
船越五郎右衛門が何らかの方法で一番利がある降伏方法を教えたのかもしれない。
或いは、庄田城に残った父親が全てを差配していたのかもしれない。
鍛冶屋城の賀集安親と賀集盛政の親子が降伏臣従した。
阿那賀城の武田久忠も降伏臣従した。
郡家城の田村経春と田村村春の親子は、安宅冬康に忠誠を尽くそうとしたが、配下の海賊衆に裏切られて捕虜にされた。
蟇浦城の蟇浦常利が降伏臣従した。
沼島城の梶原景節と梶原秀景の親子も俺に降伏臣従した。
山添城の加藤主殿助も降伏臣従した。
志知城の菅遠江守と栗原城の島田兵庫介が降伏臣従した。
柳沢城の柳沢直孝と柳沢直勝の親子も降伏臣従した。
淡路十人衆ではないが、岩屋城の野崎内蔵介と畔田城の畔田胤光、広石城の片山頼忠と阿万城の郷従朝、広田城の広田藤吾と中島城の三木善兵衛も降伏臣従した。
福良一族では、鶴島城の福良連経と岡之城の福良寛治が降伏臣従した。
これだけの城主に背かれたら、知勇兼備の猛将、安宅冬康でもどうしようもない。
安宅冬康は自害する事もできずに生け捕りにされた。
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