第122話:閑話・連鎖反応2
天文十八年(1550)3月1日:阿波平島荘:由利鎌之助視点
俺の手信号に配下の者達が素早く動く。
絶対に証拠を残す訳にはいかない、重大な役目だ。
殿がやらせた事は明白だが、証拠がなければ非難のしようがない。
本当はこんなに早く動く予定ではなかった。
もっと、もっと苦しめてから、先に子供を皆殺しにしてから殺すはずだった。
なのに、船越五郎右衛門の降伏臣従で全てが変わってしまった。
殿が淡路の国人地侍の降伏臣従を受け入れられた事で、雪崩が起きた。
殿の援軍が来られる場所にいる、全ての国人地侍が一斉に降伏臣従した。
先ごろ殿に降伏臣従した播磨と、甲府衆が切り取りを許された但馬に領地を接する、因幡と美作と備前の国人地侍が一斉に降伏臣従した。
それだけならまだ時間をかけられたのだが、水軍による援助が受けられると知った阿波と讃岐の国人地侍も、一斉に降伏臣従した。
国人地侍だけが降伏臣従するのなら、水軍衆が忙しくなるだけの事だ。
だが、恥知らずにも、平島公方をまでが降伏臣従しようとしたのだ!
若君暗殺の命令を出しておいて、降伏が許されるとでも思っているのか!
降伏しようとしても、受け入れずに時間をかけて苦しめる事はできる。
だがそれでは、殿の名声に陰りが出てしまう。
我ら家臣一同は正当な復讐だと思っているが、身勝手な連中が好き勝手言うのは分かっている。
だから、腐れ外道の平島公方が降伏の使者を出す前に殺す!
平島公方、足利義維とその子供達を皆殺しにする!
俺が手を動かして攻撃を指示すると、配下の者達が一斉に館の塀を越える。
平島公方などとたいそうな名乗りをしているが、三千貫の領地しかない。
とても城とは言えない造りだし、家臣の数も少なく弱い。
この程度の見張りなら、いないも同然だ。
悲鳴をあげさせず、音を立てる事もなく殺せる。
門や扉を破壊する事なく館の中に侵入する。
侍女にとなって潜入していた者が手引きしてくれる。
侍や足軽は死ぬ事も役目だから殺しても心は痛まない。
だが、奥勤めの侍女や下働きの者達は別だ。
知られれば殺さなければいけなくなるから、静かに寝所まで忍び込む。
暗殺であろうと、枕を蹴り飛ばして起こしてから殺すのが作法というが、笑止!
まだ元服前の幼子を毒殺しようとした奴を相手に、作法を守る必要はない!
死んだことも気付かずに寝たまま死ね!
配下の者達が足利義栄、足利義助など五人の子供の遺骸を運んできた。
まだ幼い姫の亡骸には胸が痛む、親の因果だと諦めてもらうしかない。
死体が身代わりでないか、全員の顔を確かめる。
侍女として入り込んでいた者も間違いないと頷いている。
やるべき事は終わった、これで流れ公方も恐怖で眠れなくなるだろう。
天文十八年(1550)3月2日:阿波吉野城:星合陰陽允景恒視点
「海部左近将監殿、本当に宜しいのですか?」
「構いません、息子を商人にすれば、手持ちの戦船は全部持っていられるのですな?
領地の方も五百貫残して頂けるのですな?」
「それは約束します、問題ありません。
先に降伏臣従した、淡路の海賊衆から話は聞いているのでしょう?」
「はい、聞いています、聞いていますが、相手によって条件が変わるのはよくある事なので、念のために確かめさせて頂いたのです」
「そうですな、念のために確かめるのは大切な事です」
「それと、これも念のために確かめさせて頂くのですが、領内で造らせている刀ですが、これまで通り造っても売っても構わないのですね?」
「朝鮮や唐に売っている海部刀ですね、構いません、これまで通り造ってください。
御子息に朝鮮や唐にまで売りに行かせるのですか?」
「はい、日乃本で売るよりも高く売れますから」
「それが良いでしょう、長尾水軍や商人を使って売る事もできますが、自ら売った方が遥かに多くの利を得られます。
特に唐の倭寇に売るのが一番利が多い。
或いは倭寇に狙われている沿岸部の湊に売るかです」
「よくご存じですね」
「私も長尾水軍の二百隻船大将です、北は蝦夷から南はシャムやアユタヤまで、何度も商いで往復していますから、どこで何を売ればいいかくらい分かります」
「蝦夷からジャムやアユタヤですか、羨ましい!
私も一度は行ってみたいと思っていたのです」
「だったら水軍に志願されますか?」
「そうですね、三好孫次郎殿と安芸備後守殿を説得できたら、水軍に志願させていただきます」
「阿波の三好孫次郎殿と土佐の安芸備後守殿ですよね?
確か縁を結んでおられるのでしたね?」
「はい、三好殿とは養女を側室に迎えてもらう程度ですが、縁を結んでいます。
安芸殿とは義兄弟の契りを結んでいます」
「気を付けてください、三好一族は殿に追い込まれています。
降伏臣従を勧めたら殺されてしまうかもしれません。
安芸殿も同じです、降伏を勧めたら殺されるかもしれませんよ?」
「それは分かっていますが、滅ぶと分かっている戦をしようとする友を、座して見ている事はできません」
「左近将監殿には犬死して欲しくない!
一緒に船団を組んで、蝦夷、唐、アユタヤと海を渡りたい!
友を見捨てられないと言う気持ちは分かりますが、無理は禁物ですぞ!」
「分かっております、私も大船団で縦横無尽に海を渡りたい。
大丈夫です、無理はしないと約束します。
まだ若く経験の少ない息子を残して死ぬ訳にはいきません!」
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