儀式は完成した、私ののぞみ通り

 葵の呼びかけに扉が開いて翠が入ってくる。その光景に叔母は目を見開いた。そんなバカな、薬で眠らせて箪笥に入れておいたはずなのにどうして。最後の力振り絞って葵を見るとにっこりと笑う。


「お、まえ、が……」

「そう、俺」

「私を騙してたんだ、私を殺すために! 最低!」

「ち、が」

「何も聞きたくない、あんたの話なんて! 一度は自分が呪われて終わるって決めたんでしょ、お望み通りにしてあげる! さっさと呪いで死ね!」


 泣きながらも敵意を向ける翠を葵は落ち着いて、と優しく諭す。そして動けなくなった叔母を担ぎ上げた。二人で再び箪笥のある部屋に戻ると翠が引き出しを開けて叔母を詰め込んだ。叔母が何かを言おうと口を動かそうとするがそのまま目を閉じて動かなくなる。


「睡眠薬?」

「いや、毒だろ。俺に財産渡したくないみたいだったから」

「ひどい……本当にそんな人だったなんて」

「儀式って言っても本当に箪笥に入れるだけだ、これで呪いはこいつが受ける。翠は先に外へ、俺は書類とかを探したら行くから」

「うん」


 翠が歩いて行くのを確認してから改めて叔母を見つめる。そしてしゃがむと叔母に話しかけた。


「毒は違法な濃度の筋弛緩剤にすり替えておいたよ。最後にお前とおしゃべりしたかったから」


 ぴくりと叔母のまぶたが動いた。どうやら目を開くことができないらしい。


「この箪笥が生贄を捧げるものじゃなく、本当は呪いから守ってくれるための大切なものだっていうのは知ってた。あんたが惚れ抜いた末別れた男に金払ったら教えてくれたからね。どうせ別れるからって、大事な秘密をペラペラ話すもんじゃないよ。こんな事になるんだから」


 再び瞼がピクリと動く。まさか愛した男が金で情報を漏らすとは思っていなかったようだ。いや、葵がそこまで周到に立ち回っていたことに驚いた。


「結婚も出産もできないあんたは翠を自分の娘のように可愛がってた。あんたが自分で呪いを受けてそのまま死ぬ計画は変わらなかったんだろう、お優しいことで。でも俺の存在を知って欲が出たんだね。翠に莫大な財産を残してやろうって」


――まさか。


「まさか、翠が箪笥から出るなんて思ってなかっただろ。引き出しを少し開けておいたのも部屋の会話が聞こえるように仕組んだのもわざと。ついでに代々身代わりにしてきた人形を箪笥の一番下に入れておいた。箪笥に入れられるのは生贄にされるからだって勘違いして欲しくて。どんな気分だったかな、可愛い姪っ子に罵られて信じてもらえなかったのは」


 違うの翠、早くあの箪笥に戻って。そうじゃないとあなたは呪われてしまう。箪笥は大切な物をしまうための物でしょ、呪いが実行される日に女の子を一晩入れて代々守って来たの!

 そう言いたかったのにもう声を出すことができなかった。何故葵はこんなことを。


「本当は死にたくないのに悲劇のヒロイン気取ってる気持ち悪い女と、何の苦労もなくぬくぬく育ったクソにすっごく惨めな死に方して欲しくて。確実に呪い殺されてくれないと、私が呪われちゃうし」


 わたし? それに声がワントーン高くなった?まさか


まさか、葵、アンタ!!


「二卵性の双子だから私の方が背高いし、体型隠すような服選んでたのもあるけど。普通気がつくでしょ、私が女だって。どんだけ頭の中花畑になって浮かれてたんだか」


 ニヤニヤと笑う葵、本当に楽しそうだ。叔母の耳元でそっと囁く。


「呪いは私にもうつせたのに、変な欲を出したせいで最悪の結末になるわけだけど。今どんな気分かなあ叔母さん。私の事さんざん金に汚いって罵ってきたけど、あんたが一番金に薄汚なかったね。そのせいで大好きな翠が死ぬし? ざまあみろ、ばーか」


 叔母の目じりから涙がこぼれる。それを鼻で笑うと引き出しを閉じた。そして釘を打ち付けて絶対に開かないようにした。万が一叔母が外に出て呪いが叔母にいったら元も子もない。呪いは翠に受け継がれてそのまま死んでもらわないと……絶対に気が済まない。

 必要な書類等全てカバンに入れると家を出る。外で待っていた翠が半泣き状態だった。



「これでよかったのかな」


 危機的な状況では冷静な判断ができない。自分にとって不利な情報を詰め込まれたら誰だって悲劇のヒロインになりたがる。それに酔いしれた奴は操りやすい。叔母も、こいつも。悲劇のヒロインになりたがるのは、何の苦労もなく生きてきた奴だ。反吐が出る。

 ヤクザが関わる施設に入れられた私が今までどんな目にあって、どんなことをやらされてきたか。殴りつけてぶちまけたい衝動を抑える。……感情をコントロールするのは、生き残るのに必要だったから自然と培った。


「泣きたくなる気持ちはわかるけど。この日のためにあいつはじっくり時間をかけて準備してきた。話し合いは無理だったよ、絶対に」

「そうだね……優しい叔母さんは全部私を騙すための演技だったんだから」


 演技じゃなかったんだけどね。


「あと六時間で日にちが変わる。生贄が呪い殺されるのは閏年の二月二十九日に変わる時。叔母さんの命もあと六時間だ」

「うん」


 悲しそうにうなずく翠。お前の命があと六時間で、あのババアが脱水症状か飢え死にするのが半月後くらいかな。それまで。


「それまで、叔母さんを思っていてもいいんじゃないかな」

「うん」


 無駄な時間を、どうぞ。馬鹿な女たち。



 翠のうなじが黒く染まり始めているのを確認し、葵は薄暗く笑った。

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生贄は箪笥にしまいましょう aqri @rala37564

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