叔母の裏切り
ケラケラと楽しそうに男が笑う。それより、あの箪笥がそういう意味が……。だからいろんな箪笥があそこに並んでたの。直系の女は箪笥を作らなければいけない。生贄を捧げないと自分が呪い殺される。でも自分の娘を生贄にできなかったからみんな人形を身代わりにごまかしてきた。生きた人間を生贄にしないと呪いは終わらない。だから私を身代わりに……
叔母はいつも優しかった。私が行けばニコニコと笑ってお菓子をくれた。お小遣いもいつもくれる。あれは全て私を信用させるための演技だった。
私を騙していたんだ。自分が助かるために、私を殺すために。……涙が止まらない。
「まあいいか、もうこれで終わったんだから。さっさと書類持ってきてよ。あと喉乾いた」
「……わかった」
そう言うと叔母はどこかに行ってしまったようだ。
「翠、そこにいるだろ」
いきなり私に話しかけられてびっくりした。まさか気づかれていたなんて。男が急いで私のほうに駆け寄ってきて扉を開ける。姿を見せたのは案の定私と同じくらいの歳の男の子だった。その表情は真剣だ。
「時間がないから俺の話を聞いて。俺は葵、翠とは双子だよ」
「え? 聞いたことない」
「いつあいつが戻ってくるか分かんないから今は何も質問しないで。俺たちは別々に育ってこの家の事や翠の存在を知った。翠を助けるにはあいつを信用させるしかないと思ったんだ。箪笥にしまわれていたけど自力で出ることができただろう? あれは俺が少し開けておいたから、あの部屋からまっすぐ歩いてこれるこの部屋を話し合いの場にしたのも手っ取り早く翠に聞いて欲しかったからだよ」
確かに閉じられた箪笥の引き出しを自力で開けるのは難しい。揺らしたくらいで何で開いたのかと思ったけどそういうことだったんだ。そういえば二人の会話もなんとなく説明的だった、葵がそう誘導していたように思える。私に説明するためだったんだ。
「箪笥から出れば呪いはあの女にいく。俺がうまくやるから二人で逃げよう」
「え、でも」
いきなりたくさんの情報を教えられて混乱している私に葵は私の肩を掴んだ。
「あいつは翠を騙して自分の身代わりにしようとしてる女なんだよ、今更同情したらダメだ。生贄の儀式を終わらせないと翠に呪いがいくかもしれないんだよ……戻ってきたな。そこにいてくれ」
そう言うと葵は扉をしめて部屋の中に戻る。私は大混乱だったけど、すぐに叔母が戻ってきて再び二人で会話を始める。完全に扉を閉められると今度は会話が聞こえない。私が逃げれば呪いは叔母にいくんだ。
頭の中に叔母と過ごした思い出がよみがえる。本当にかわいがってもらった、いろいろな物を買ってくれたし笑った顔以外見たことがないくらいだった。片思いをしていることを話したら恋はぶつからないとダメだってアドバイスまでくれて、告白したらうまくいって。それを話したら嬉しそうだった。
あの顔の裏で何を考えていたんだろう。自分は恋が成就しなかったのに私は自由にできるから憎んでいただろう。いや、違う。どうせ死ぬのに、って笑っていたのかもしれない。今までの優しい叔母は全部演技だったんだから!
「変な呪いだよね。何で女だけ呪われるんだろう。それに箪笥に生贄入れるとか意味がわからないんだけど」
自分は呪われないからという上から目線のような態度。葵が一口コーヒーを飲むのを確認してから叔母は話し始める。
「遠いご先祖様が男女関係で揉めて呪われたらしいわ。呪いをかけたのは女でしょうね、女が憎む相手は男じゃなくて女だから。何か不思議な力でも持っていたんでしょ、箪笥を作る時も色々と細かい手順があったから」
「へぇー、まぁどうでもいいけど」
まるで興味がなさそうな態度。そんな葵を叔母は冷たい目で見つめる。
「お金以外本当に興味がないのね」
「当たり前だろ。翠はあのクソ野郎に引き取られて平和で幸せに暮らしてきたんだろうよ。でも俺は施設に置き去りにされて滅茶苦茶だった。施設では虐待、学校ではいじめ、他にも屈辱的な目にあってきた。大人は誰も助けてくれなかったからな」
初めて見る葵のぞっとするような冷たい表情に、叔母はわずかに身震いする。
「だから今回協力したのは翠に対する復讐でもあったっていうわけ」
「それも多少はあるよ」
多少は、の言い方に引っかかった叔母は怪訝そうな顔をする。
「お金と復讐以外何か理由でもあるの」
そこまで会話をした時だった。叔母は急に意識が遠のくような感覚になりテーブルに倒れ込む。がちゃん、と飲みかけのコーヒーがテーブルにぶちまけられた。
「コーヒーにおかしなものを入れたのはわかってる、あんたがよそ見した時に交換させてもらったよ」
「な……」
「後は最後の仕上げだ。翠!」
「み、どり!?」
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