大嫌いだ、桜なんて

 しかし同じ人工物であるロボットからそう言われたのならどうだろうか。それは果てしなく真実に近い真理な気がした。そう考えたら……気がついたら涙を流していた。

 ロボットの言う通り本当は桜が好きだった。ほぼ完璧に人間に近い存在なので眠れば夢を見る。眠っている間に見る夢は大体桜の夢だ、青空とわずかな白い雲と、それに負けないくらい一面に咲いている桜。この世に美しいものがあるとしたら、それは一番に桜が来ていいくらいだ。

 眠っている間に見るのもまた「夢」だ。この夢がいつ砂クジラに食べられてしまうだろうかと怯えながら過ごす日々だった。

 それでも、やはり。最後の情報を送り込んだ。それ以外の選択肢を選ぶつもりなど、ない。桜が好きだと認めたら自己矛盾の袋小路だ。奪われるくらいなら自分で終わらせる。結局研究者オリジナルと同じ道を選ぶことになった。


 やがて砂クジラは完全に動かなくなり、まるで風化するようにさらさらと消えていった。それを二人で最後まで見届ける。彼は涙を流し続けていた。


「すみません、ハンカチは持っていないんです」

「……いいよ。それより砂クジラが消えてしまったら、君ってここを任されている意味がなくなるんだろう」

「そうですね、無職です。もともとここは宇宙の塵を集めた場所だと言われていますから問題ありません。でも僕は宇宙に関わる仕事をするのが好きなので、他の仕事を探してみます」


 ゴミの管理を任されているとわかっていても、それでもこのロボットは決められた仕事をし続けた。管理者等なくとっくに忘れられた存在だ。捨て置かれたロボットやAIが人の管理を離れて好きに活動しているのが今は珍しいことではない。


「君に渡したい情報があるんだ」

「情報ですか」

「君は夢を持っているみたいだから。君に渡すのがいいかなって思って」


 彼がロボットに触れる。するとロボットのデータバンクに一つの映像が送られてきた。それは満開の桜。こんなに美しい映像をロボットは知らない。


「これが桜ですか」

「君にあげるよ。だってほら、僕は桜が嫌いだからさ。持ち続けていると気持ち悪いんだよね」


 その顔はとても穏やかだ。自分が生きてきた意味を達成したことと、胸にずっと引っかかっていたものを他人に渡すことができて……幸せそうな顔をしている。


「とても美しい映像です。ここの壁一面パネルとして映し出すことができるので一緒に見ませんか」

「そんなことできるんだ。そうだね、しょうがないから大嫌いだけど見るとしようかな」


 ロボットが壁に触れるとシアターモードとなり先程の映像が壁一面に投影される。まるで自分が桜並木の下に立っているかのように。


「とてもきれいです」

「そう」


 きれいですよね、と言う同意は求めてこない。その問いに対して彼が否定しかできないのがロボットにはわかっているからだ。あくまで自分の感想しか言わない、その優しさに彼も微笑んだ。


 ――大嫌いだ桜なんて。でも。


「今の肉体、劣化が始まっているからメンテナンスに戻らないといけない。職場も兼ねた研究所なんだけど」

「何か研究をしているのですか」

「太陽フレアを利用した新たなエネルギーの生成ってやつだ、もう九割できてる。頭だけはいいからね僕は。あと一分これを見たら行こうか」

「はい?」

「君も一緒に行くんだけど」


 桜のデータを持っているから、だけではない。


「同じ時間を共有したら友達だって、どこかのデータに書いてあったよ」

「そうなのですか、初めて知りました」


 ロボットは感情を表さないが、否定も拒否もしてこない。きっと嬉しいんだろうなと思う。


「自己紹介をしていませんでした。肩書はもうないので僕はただの『メビウス』です」

「可愛い見た目して結構かっこいい名前なんだな。僕は……クソ腹立つけどサクラって名づけられてる」

「素敵な名前です」

「ありがとう」


 桜は出会いと別れの象徴だと言われていた。その象徴の通りに大きな別れがあったし、新しい出会いがあった。永遠を象徴するメビウスの輪、自滅が決まっている桜。対局な名にサクラは笑う。永遠を象徴する君は、僕をどんな未来に導いてくれるだろうか?

 微笑みながらそんなことを考え残りの一分をじっくりと堪能した。大切な友達と共に大嫌いな桜を。

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夢を食べる砂くじら aqri @rala37564

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