最高の復讐を

 自分が好きだと言った砂クジラ。それは人間が自分たちを正当化する理由を砂クジラに押し付けたから。差別が激化したのも、悲劇を常に他人のせいにして自分は何もしないのは人自身の責任だ。砂クジラのせいでは無いからと愛着を持っていたが今はそんなものはなくなった。本当に夢を食べていたのだ。それが許せなかった。

 しばらくうねうねと動いていた砂クジラだったが、突然ビクビクと震え始める。そして。


 きいいいいい!!


 まるで悲鳴のような音を立てる。そして明らかに苦しんでいるかのようなめちゃくちゃな動きを始めてそこら中に飛び散った。本当に液体のように部屋中に散乱して、くっついては離れてを繰り返す。砂クジラから解放された彼はずっとそこに立っていた。その顔には微笑みが浮かんでいる。


「無事でしたか」

「まあね。もう大体終わったから君には種明かしをしておこうか、ここまで茶番に付き合ってくれたから」

「茶番?」

「そう、とってもくだらない茶番だ。今まで話した事は本当、付け加えるならその研究者は砂クジラをひどく憎んだよ。だから仕返しを考えた。桜を守るためにヒューマノイドに託すっていう形を演じて、実際に企んでいたのはこいつの破壊だ。桜はね、一定年数で自滅する遺伝子になっていたことがわかった」


 桜が長生きできない理由はそこだった。地球温暖化の影響などではない、テロメアのようなものが存在したのだ。細胞分裂を繰り返すとやがて終わりを迎える。生命活動が維持されればされるほど寿命が縮んでしまう、それはプログラムで言えば絶対的な終わりが確立されていたと言うことになる。


「桜の情報を受け取ったあれは、自滅プログラムを手に入れてしまったようなものなのですね」

「その通り。最高にして最大の皮肉だ、こいつは情報収集する事はあってもそこから学習する事は無い。例えばこいつがどこかの生命たちの端末だったとして、最後は必ず死を迎えるという情報を送信し続けている。自分の夢を奪った奴らに復讐することを喜びながらその研究者は死んだ」


 そう言いながら動かなくなってきた砂クジラの欠片の一つに近寄る。まるで彼から逃げたいかのように離れようとしていくが彼は鷲掴みにした。


「まだ最後の情報を持っていってないだろ。人間にはテロメアがあって、桜にもそれと同じようなものがあった。生物の死の情報がデータとして破滅プログラムに書き換えることができるだろうから、最後のコードを渡すよ」


 それは彼が任意で与えることができる最後の数字。いつか砂クジラを見つけたときに復讐する最大の喜びをヒューマノイドに託した。

 だが、孤独な研究者はそれが最大の誤算だと気付くことができなかった。


「僕は僕であって、あいつじゃない。矛盾を押し付けて僕を生み出した奴の為に僕が働くとでも? 馬鹿言え」


 最終的に研究者が望んだのは桜の復活だ。たとえ情報が砂クジラに持っていかれてもいくらでもデータとして外に保存しておくことができる。砂クジラが消滅したら桜を復活させるように託されていた、それが最後の目的であり研究者の夢だった。


「桜を復活させるのが夢とか、本当に笑える。復讐の道具にしたくせに。それに僕が桜は嫌いだっていう設定したのにね、どうして嫌いなものを復活させると思うのかな。人間ってやっぱり馬鹿なんだね」


 桜を復活させる気なんてない。研究者は寿命の遺伝子操作を終わらせており、病気にも虫にも強い半永久的に生き続ける桜の遺伝子の開発に成功している。砂クジラが消えた後に桜満開にするという夢……いや、野望を捨てなかった。


「僕は桜が嫌いなんだから、桜を復活させるなんてしない。本当に全ての情報をくれてやる。アイツの大嫌いな砂クジラと一緒に消えてなくなればいい」


 それを渡してしまったら永久に桜は復活しない。外にデータなど残していない、本当に自分が持っているデータが全てだ。こうするために今まで生きてきたのだから。


「でもあなたは、本当は桜が好きなんですよね」


 ロボットにそう言われて彼は驚いた表情でロボットを見た。


「桜が嫌いだというのはあくまでそうプログラムされているだけ。それがあなたの感情全てだと言われればそれまでですが。嫌いだとしても、一つのことにそれだけ詳しくて熱く語ることができるのなら同じくらい好きだと言うことです。僕が砂クジラのことを話すのが好きだったように」


 そんな考え方をした事はなかった。ロボットの意見にまるで風が吹き抜けたかのような感覚だった。好きだ嫌いだと言う感情は論じるだけ無駄だ、まして目的や生きる意味そのものをプログラムされた人工物である自分にとって。

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