空を泳ぐ砂クジラが食べた夢
「樹木だよ。ピンク色の花がついて青空がピンクの空に変わるんじゃないかって言う位大量に生息してたんだ。残念ながら温暖化の影響で一斉に枯れちゃったらしいんだけど」
枯れることはわかっていたが、植物の研究と植え替えが間に合わなかった。国を揺るがす危機的な出来事でもなかったので真剣に取り組む人間はほんの一部だったのだ。
「でも一人の研究者は諦めなかった。母国に桜を、砂漠に桜を、月や火星に桜を。強い情熱だけで研究を進めて桜復活プロジェクトは途中まではうまくいっていた。でも砂クジラが見つかって夢を持つ者は馬鹿だって言う風習が強くなったら、みんなその研究も研究者も話のネタのオモチャになった。研究も頓挫した」
「まさに、夢を食べられてしまったということですか」
「その研究者は絶望して自殺した。桜の復活は目の前だったのにデータも全部消去して。あと、最後にこんな言葉を残した」
――空を泳ぐ砂クジラを見た
「空を泳いだ、砂クジラを?」
「普通だったら頭がおかしくなったって思われるよね。情熱を注いだものが見下されて絶望したんだ。砂クジラのせいだって言いたかったんだろう。って、思うよね」
きゅううう、とどこからか音が鳴った。それは機械の音のようで、何かがきしむような音で。聞いたこともない音だった。ロボットは音を感知して異常がないか確認しに行こうとしたようだが、客が引き止める。
「夢を食べる砂クジラ。本当に夢や希望を抱くなくなったのは人間のせいなのかな? 希望を抱かない、自分で思考をしない。考えるっていうことを盗まれていたらどうだろう」
「そんなことができるのでしょうか」
「人々が見つけてしまった砂クジラ。それがただの石の塊なんかじゃなくて、超高密度の情報集合体だったらどうだろうかってその研究者は考えた。ナノマシンレベルの小さな一つ一つの機械が固まっている。億や京なんてもんじゃなく、那由多不可思議の数が集まった物。それが宇宙に存在するあらゆるものの情報収集が仕事だったとしら。人間という生物が試行錯誤を繰り返す面白い存在だったら、それを理解するために分散して体に入り込んで脳の伝達物質を奪っていたら、そう考えたんだ」
それはなんとも馬鹿馬鹿しい話だ。誰かに相談したところでくだらない研究をしている人間の戯言だと誰も真面目に取り合わなかっただろう。
「桜を復活させるという大切な思考と研究データ、これだけは絶対に渡すわけにはいかない。だからデータを削除して自分が死ぬことでそれを守ったんだよ」
「しかしそれでは、桜が復活しません」
「だから、自分のコピーを残したんだ。記憶とデータを引き継いで生き続ける存在。体が劣化しても簡単に製造できる人工ヒューマノイド」
そこまで聞いてロボットはようやく意味を理解した。足音だけでなく生体反応があったから近づいてきたのだが、確かに生身の人間と人工物の人間の区別をすることはできない。
「あなたは研究を引き継いだのですね」
「そんな大層なものじゃないよ。人々から桜を復活させるという夢を奪った砂クジラ、こいつを絶対に許せなかった。僕は確かに研究を引き継いでいるけれど」
再びあの音が鳴った。今ならロボットにもわかる。砂クジラ、いや情報集合体たちが情報を収集する準備を始めたのだ。博物館という誰もいないところに置かれたのは不幸中の幸いとなった。自ら思考をしないロボットしかいないのだ、砂クジラの活動は停止し続けた。
かつて研究者の前に現れたという砂クジラは、その研究者の思考こそが必要な情報だと判断して一気に集まってきたのだろう。しかしそれを実行する前に目の前で自殺されてしまった。
「僕がかつての研究者と同じ思考回路を持ったらこいつに近づくだけで夢を食べられちゃうから。だからまずやったのは桜が嫌いだという感情を植え付けた事だ。僕は情報を持っているけれど桜復活させようなんて微塵も思っちゃいないんだよ、大嫌いだから」
ぐにゃりと砂クジラが蠢く。石の塊にしか見えなかったのにまるで粘土のように、液体のようにぐにゃぐにゃと震えている。たとえ思考がなくても桜を復活させる貴重なデータを持っていることには違いない。
「あなたはなぜここに来たのですか」
「僕の大嫌いな桜の情報をくれてやろうと思って。桜の復活の情報を持っているのにそれが嫌いとか、僕は生まれながらにして生きる意味そのものを矛盾させられてるんだ。腹が立つだろ、だから終わらせに来た」
その言葉を合図にしたかのように砂クジラは津波のようにぶわっと大きく広がると彼を飲み込むようにして覆い被さった。ロボットは助けようとしたが、砂クジラはロボットを不要と判断したらしく吹き飛ばされてしまう。壊れなかったが起き上がってもどうすることもできない。
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