夢を食べる砂くじら

aqri

忘れられた博物館

 歩くとカツカツと足音が響く。ここには誰もいない、自分しか今日入っている客はいない。まったくの無音の中なので自分の足音だけがよく響く。

 宇宙開発が進み地球外の衛星や惑星の探索が急速に進んだおよそ百年前。今や宇宙旅行は民間人にも手の届く範囲となった。月と火星の移住は既に最終段階に入っていて現地で次の世代も産まれている。

 そういった文明の次のステップの中で様々な珍しいものが見つかっては展示してきた。その中でも一番巨大で最もよくわからないものがここに、「宇宙遺物博物館」に展示されている。他のものにはあまり興味がなくて客である男はこれだけを見に来たのだ。


 目的の展示物の前に到着すると自分が思っていた倍以上は大きかった。超巨大な石と言われればそれまでなのだが、なめらかな曲線は鉱物ではないと確信できる。

 成分分析にかけても鉄などが含まれておらず、地球上には存在しないものだということが判明して見つかった当時はおおいに盛り上がった。今はその人気どころか知名度も下火になっている。

 砂くじら。そう名付けられている。なぜそんな名前かと言うと調査していた小惑星の砂の大地から見つかり、おそらくこれ「歯」が一番近い存在だという結論だった。もちろんカルシウムは含まれていない。そのため形が似ているからと言う通称である。本気で歯だと信じている人は少なかった。

 これだけの大きな歯を持っているのは地球上では一番大きい生物であるクジラということで砂クジラと名付けられた。


 地球にはいない生物が確かに存在すると言う希望の象徴となった。当時は相当騒がれたらしい、今は嘲笑の象徴だ。文明が高度になればなるほど、論理的でないものは愚か者の象徴と言う風習が強くなったのである。

 現実的ではないものは全て愚か者。人から夢や希望がなくなり、合理的でないもの以外は受け付けなくなった。まるでロボットのようだと最初は揶揄されたが、若い世代はそれの一体何が悪いんだと言う考えを隠そうともしない。エリート志向が強くなり、差別は激化していた。


 愚か者の象徴、砂クジラ。


「まるで人々の夢を食べてしまったかのようだ、とはよく言ったもんだ」


 ぽつりとつぶやけば声は響き渡る。やがてモーター音が近づいてきた。そちらの方向を見れば、この博物館の案内をしているAIロボットが近寄ってきている。人々に忘れ去られても半永久的に動くロボットたちは働き続ける。


「館内をご案内しましょうか」

「いや、これしか見ないから大丈夫」

「承知いたしました。では砂クジラの解説をさせていただきます」


 誰も手入れをしていないのがわかる、ロボットはサビが多く埃をかぶっている。人間のように二足歩行するのではなく、車輪で動く旧型のタイプだ。

 ロボットはテキストデータを読み上げる。いつどこで発見されたのか、地球外生命体の可能性を示唆した希望の象徴であることなど知っていることばかりだが。それでもその話を静かに聞いていた。


「何かご質問はありますか」


 すべてのロボットはおそらくスーパーコンピューターかマザーAIにつながっている。定型文以外のちゃんとした会話もできるはずだ。


「夢を食べる砂クジラって呼ばれてるでしょ」

「はい」

「人々から夢や希望を食べてしまった。だから人は夢も希望も抱かない」

「それは違います」


 明確な否定をしてきたことに少し驚いた。基本的にAIは人の考えをあまり否定しない。人間に寄り添った、相手を肯定する考え方を中心にプログラムされているからだ。もちろん法に反することなどは否定したり止めたりしてくるが、一個人の考えを否定するのは本当に珍しい。


「人が夢を抱かなくなったのは人が自分で選んだことであり、砂クジラが食べたわけではありません」

「はっきり言うんだね」


 きっぱりと言われて苦笑するしかない。


「私はこの博物館の案内を任されています。プログラムの通りに喋っているだけですが、人々に夢や希望を与えた砂クジラは『好き』です。それを否定されたら『悲しい』です」

「好き嫌いってやっぱり大事なんだな。……それは、そうだ」


 ワントーン沈んだその声を最後に会話は一度途切れて、二人は砂クジラを見る。何でもない大きな塊だ、見ていて面白いものでもない。それでも、もし本当にこれが歯だったとしたら砂クジラは全長八キロメートルにもなると言われている。重力のある場所だったら自重に耐え切れず潰れてしまうはずだ。無重力だからこそ存在することができるのだ。


「昔ね、地球のとある国に桜って言う花があったんだって」


 突然喋り始めた客の言葉にロボットは相手の顔を見て傾聴モードとなる。

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