第31話

 守瑠の視線が文字をなぞっていく。


 ページを捲る音がやたら大きく聞こえる気がする。


 自分の書いた物語を目の前で読んでもらうのには何度経験してもなれない。それが久方振りの新作となればなおさらだ。


 今何を思って自分の物語を読んでいるのだろう? そんなことを考えて彼女の一挙手一投足が気になって仕方なく落ちつかない。


 物語を綴るのなんて何年振りだろうか?


 すぐさま思い出せないほど長い間、離れていた。


 それだけのブランクがあって、しかも僅か一週間の突貫工事、自分はまともな物語が書けていたのだろうか。


 不安材料は上げれば切りがない程ある。


 ただそれでも、彼女に自分の言葉を届けるのならばこれしかないと思った。


 浩樹は一人声には出さず祈る。


 自分が物語に籠めたありったけの想いが、彼女の心を揺らしてくれること願って。


 そうして守瑠が最後のページを閉じる。


 彼女が浩樹の物語を読み始めてから、一時間と少しの時間が経っていた。


 浩樹は黙って守瑠の言葉を待つ。


 守瑠が言葉を発するまでの時間。それが浩樹には実際の何十倍にも何百倍にも感じる。


 そんな短くて長い時間の中で、守瑠はゆっくりとその口を開き。


「誤字脱字が多い」


 ばっさりと浩樹をなで切りにするような、一言を口にした。


「流石に家を船に改造するのは無理がある気がするし、そもそも特別な材木って何? ちょっと大雑把すぎない? ラストもちょっとご都合過ぎる気がするし、あと私はこのヒロイン好きじゃないなー、口悪いし」


 自身の書き上げた作品をボコボコに言われて、ノックアウト寸前のボクサーみたいな気分になる浩樹だったが。


「――でも」


 その時、彼女の頬に一筋の涙が流れる。


「わたし、このお話大好き」


 涙声でグズグズになりながらそう言って、守瑠は浩樹の書いた物語を胸の中に仕舞おうとすると様に、ぎゅーっと自身の胸に強く抱きしめた。


 自分の想いは、彼女の心に届いたのだろうか?


 彼女が物語を読みどう思ったのか、それは守瑠自身にしか分からない。


 ただ、なんだとしても。


 守瑠は涙を流しながらも、その顔に悲しみはなく笑ってくれている。


 今はもう、それだけでよかった。

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