第26話
あの子の父親は役者だった、とはいっても頭に売れないが着いてくるがね。
友人の誘いで見に行った舞台で彼と出会って、それから色々あって私は彼に交際を持ちかけた。
以外かい? 無邪気に夢を追いかける彼の姿は当時の私にはとても魅力的に映っったんだよ。
まぁ私も若かったと言うことかな。と、すまない話しが脱線してしまったな。
とにかくそうして私と彼は交際を始め、結婚し守瑠が生まれた。
だがそれ以降、夫婦仲は徐々に悪くなっていった。
それまでは何も思わなかったが、守瑠が生まれて尚、いつまでもまともな仕事に就かず役者業に邁進する彼に、私は苛立ちを募らせるようになった。
そうしてあの子が小学六年に上がる頃だったか、私は彼に離婚を迫った。立ち上げた会社も軌道に乗ってあんな男いなくてもどうとでもなると思ったからね。
彼は酷く落ち込んだ様子ではあったが、彼なりに家族への負い目があったんだろう、離婚そのものにはそれほど抵抗なく了承してくれたよ。
ただ親権を私に譲る条件として、守瑠に会いに来ることそして守瑠の養育費を払わせて欲しいと彼は言い出してね。
まともな仕事に就いてもいない彼に養育費の支払い能力があるのか疑わしかったが、せめてもの親心だったのだろうし払うと言っている以上私から断る理由もない。
守瑠に会いに来ることにしても、不服なことにあの子は彼に良く懐いていたからね、せめても情けにと私はその条件を呑むことにした。
離婚して家を出た後も彼は週に一度、守瑠に合う為わたし達の元を訪ねて来ていたよ。
そんな日々が続いて二年くらい経った時だっただろうか? ある時を境に、彼はぱたりと姿を見せなくなった。
とうとう娘すらどうでも良くなったかと、当時は呆れていたよ。
ただその二週間後、彼が亡くなったことを彼の親族からの電話で知った。
癌だったらしい。違和感自体は以前からあったそうだが、守瑠の養育費を出すために金銭的に相当無理をしていたようでね。
医者にかかる金すら出し惜しんで、ようやく病院で検査をした頃にはすでに手の施しようもない状態だったそうだ。
それならばと彼は延命措置すらも断って、守瑠に合いに来ていたらしい。
私はその話を聞くまで彼がそこまで重い病気だとかけらも思っていなかった。
まったく最後の最後に見事な役者っぷりだったよ。
遺産は彼の望みだからと、守瑠の養育費として私達が相続することになった。
遺産と言っても雀の涙ほどしかなかったがね。それでもそれが彼の父親としての最後の意地だったんだろう。
結局、彼は捨てることが出来なかったんだろうな。
役者としての夢も娘もどちらも捨てることが出来ずに、最後には貧乏を拗らせて死んでいった。
あの子の父親はそんな、哀れな男だったんだよ。
一の話しを聞き終えて、浩樹はその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
守瑠の父親が役者だったということは聞いていた、そしてもう此の世にいないであろうこともなんとなく察してはいた。
ただその晩年は、浩樹がなんとなく想像していた物とはかけ離れた物だった。
「あの子が声優になりたいなんて言い出したとき、私は死んでいった父親の背を追っている様にしか思えなかった。だから私は」
そこで一は言葉を切った。
だが、言われなくてもその続きは浩樹にだって分かる。
役者という夢を追って夢に殺された父親と、職種は違えど同じように夢を追う娘。
親として家族として、どうしても二人が同じ末路を辿るのではと危惧する気持ちは浩樹にも理解できた。
もし自分が一と同じ立場だったら、娘の夢に対して素直に応援することなんてとても出来ないだろう。
でも。
それでも。
「彼女……守瑠さんはこの前、アニメキャストのオーディションに合格したと言っていました」
守瑠がどんな想いで今までやって来たのかを知っている、彼女がどれだけ努力してここまで来たのかを知っている。
そうして彼女が積み上げて来た物を、無下にすることなんて浩樹は出来なかった。
「主役でこそないですが作品にとって重要な立ち位置のキャラクターです、声優としての実績としては十分な」
「それが――」
たった一言で浩樹の言葉が止まる。
冷気を直接、胸の中に流し込まれたようなそんな感覚。
「――どうしたと言うんだね?」
一の言葉は冷たく平坦で、そして何気なかった。
「大きな役が一つ取れたからと言って、今後も安定して仕事がもらえると誰が保証してくれる。寧ろその一度以降、役がもらえず腐っていく人間の方が圧倒的に多いのではないか?」
なんの気負いも激情もなく、ただ当たり前のこと当たり前に言っているような、そんな声。
だからこそ、そこに私情が入る余地はなく揺るぎようがない。
「なまじ役をもらい続けられたとして、それはいつまで続く? 変わりなんて掃いて捨てるほどいる中で、あの子が不自由なく生きていけるだけの稼ぎを維持出来るのはいつまでだ? そんな明日があるのかも分からないような世界に、自分の子供を送り出したいと私は思わないがね」
全て正論だった。
何一つとして間違ったことはなく、誰でも思いつくようなごく当然な意見に浩樹は何も言えなくなった。
一の言葉を撥ね除けて、彼女考えが間違いだと証明できるような、そんな理屈を浩樹は思いつけなかった。
「……さっきも言ったが、これは家族の問題だ。これ以上、首を突っ込むな、他人である君にその義務も資格もないのだから」
一は最後にそう言い残して、神社を後にしていった。
徹頭徹尾、彼女の言うことは最後まで正しかった。
――あとがき――
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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