第23話

 終点の赤レンガ倉庫に着く頃には、守瑠の機嫌も直ったようで、来るのは初めてだという赤レンガ倉庫に目を輝かせながら彼女が向かったのは、施設内にあるフードコートだった。


 美婭が香里奈を連れ回すシーンで、二人がここの店舗で売っているハンバーガーを食べる一コマがあった場所だ。


 せっかくなので二人もそのハンバーガーとおぼしき物を注文し出来上がるまでの間に座れる場所を探していると、ちょうど運良くテーブル席で食事をしていた一組の親子が席を立つところだった。


 これは幸いと、二人は空いた席に滑り込み腰を下ろした。


「ふぅ。いやぁ、今日はなんだか暑いね、汗掻いちゃった」


 首に巻いていたマフラーを外しながら、手で顔を仰ぐ守瑠がそう零した。


「そりゃお前、この時期にマフラーなんて巻いているからだろうが」


 このところは冬の寒さもなりを潜め、春の陽気が顔を覗かせつつある。


 うかっり厚着でもしよう物なら汗が浮いてくるこの時期に、マフラーはかなり暑いはずだ。


「もういっそ今日一日、外してたらどうだ? 荷物になるのが嫌だって言うのなら俺が持ってやってもいいし」


 浩樹としては親切心からそう言ったつもりだったが、守瑠は小さく首を振る。


「いい、付けてる」

「いや別に、暑いの我慢して付けてなくたって良いだろうがよ」


「いいの! ほら、首を冷やすわけにはいかないし」

「いや、そりゃそうかもしれないが」


「いいったら、いいの! 今日は付けるって決めてたんだから」

「何をそんなに頑なに……」


 ふと守瑠の発言に違和感を憶える。

 今日は、という言い方がなんだか引っかかった?


 まるで何か、今日が特別だから付けてるようなそんな言い回しだ。


 と、そこで気が付く。


 今守瑠が身につけているマフラー。赤地に緑のチェックが入ったそれはクリスマスに浩樹が彼女にプレゼントした物だった。


 て、いやいや! それは自意識過剰だ。


 守瑠のことだ、きっと大した考えも無く付けて来て、そのことを指摘されたことにムキになっているだけに決まっている。


 仮に何か理由があるにしても、それはもっと全然関係の無いことだ。


 だから、自分と一緒に出掛けるから付けてきてくれた、なんて、そんなことを考えるんじゃない!


 そうこうしているうちに、ハンバーガーの準備が出来たことを知らせるアラームが鳴った。


 守瑠に席を確保させて、浩樹はハンバーガーを取りに行くために席を立った。


 マフラーを付けているわけでも無いのに、首元から頬に掛けてが熱いのは、今日の陽気のせいだ。


 そういうことに、しておくことにした。




 昼食を終えた後も緋の弾少女スカーレット·バレット·ガールの舞台となった場所を二人は尋ねていった。


 日本丸の前で記念撮影をしたし、コスモワールドの観覧車には二人で乗り、山下公園で散歩をしながら海を眺める。


 横浜の街を時々寄り道もしながら転々として段々と日が沈み始めたそんな頃、守瑠が最後の締めにと連れてきたのはランドマークタワー、その展望台だった。


 緋の弾少女スカーレットバレットガール中で美婭達二人も夜、この場所から今日一日歩き回った街を眺めていた。


 展望台からの景色を初めて見た香里奈は、夜景を見てまるで星空みたいだと感動していたが、夜闇の中でキラキラと輝く街明かりは確かに夜空に浮かぶ星のようだった。


「いやー、今日は遊んだ、遊んだ」


 浩樹の前を歩きながら、守瑠がうーんとノビをする。


「演技の参考にはなりそうか?」


 そう尋ねると、今の今まで忘れていたのか守瑠があっ、という声を上げた。


「おいおい、それが目的だったんじゃ無いのかよ」

「あー大丈夫、大丈夫。参考にはなったよ、もうばっちり」

「ほんとかよ」


 まったく、と呆れる浩樹だったが目的を忘れてしまうほど楽しめたというのなら、オフの過ごし方としてはそっちの方が正解なのかもしれない。


「まぁなんにせよ、君が楽しめたのなら良かったよ」


 浩樹がそう言った瞬間、不意に守の脚がぴたりと止まった。

 急にどうしたのかと訝しんでいると。


「あの、さっ……楽しかった?」

「ん? なに?」


 いまいち要領を得ない言葉に浩樹が聞き返すと「だから!」と守瑠は語気を強くして。


「オジサンは、今日……楽しかったのかなって」

 守瑠は突然そんなことを聞いてきた。

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