第22話

「一体何でこんなことに」


 思わず零れたその一言に守瑠がムッと眉をつり上げる。


「もう、往生際が悪いよオジサン。休めって言ったのはそっちなんだから、少しくらい付き合ってくれても良いじゃん」

「いや、まぁ、それはそうなんだが」


 そうやって浩樹が煮え切らない態度をしていると、不意に守瑠の顔が暗くなる。


「それとも……本当は迷惑だった?」

「いや、別に迷惑なんてことはないが」


 今にも泣き出してしまいそうなその声色に思わず取り成す浩樹だったが、守瑠はそれを聞いた途端ケロッとした様子で。


「あっそう、なら問題ないね」


 といつもの小生意気な顔をする。


 なんだか最近、良いように弄ばれているような気がする。

 果たしてこのままで良いものだろうか? たまにはこう、何かガツンと言ってやるべきなのではないか?


 なんてことを考えてみるが、そんなものは結局、小さなため息となって霧散した。


 しかし本当に、一体どうしてこんなことに?

 今度は口には出さず心の中でそう呟く。


 別に守瑠と出かけることが迷惑というわけじゃ無いし、異性と外出することにドギマギする様な年でも無い。


 ただ、今自分がおかれている状況を一体なんと言えばいいのか分からず、戸惑ってしまうのだ。


 守瑠は別に浩樹の身内という訳では無い、かといって友人とも違う気がするし、当然恋人でも無い。


 ひょんなことから知り合って、偶々隣の部屋に引っ越してきて、夜にはご飯を食べに来るお隣さん。


 そんな彼女との関係を適切に表す言葉がなんなのか、それが分からない。


 だから感情を置くべき棚が分からず、なんとなく困惑してしまう。


 守瑠の方へと視線を向ける。


 こうして改めて隣に立ってみると、彼女は自分よりも頭一つ分ほど小さく、自然と見下ろすような形になる。


 そもそもコイツは一体、どうして突然一緒に出掛けようなんて言い出したのか。


 別に休むだけなら一人でも良いはずだし、誰かと一緒に過ごすにしても浩樹でなくても良いはずだ。


 今、一体何を思って彼女は浩樹の隣に立っているのだろう?


 浩樹には分からない、二人の関係を表す適当な言葉を彼女は知っているのだろうか。


 なぜだかふと、そんなことが気になった。




 最寄りの駅から電車を乗り継いで浩樹が守瑠に連れられ降りた駅は横浜、桜木町駅。


 改札を出ると、僅かに潮の香りを乗せた風が二人の間を吹き抜けていった。


「いやー着いた、着いた」


 ここまで来るのに約三十分強。守瑠は電車から解放感からその場で盛大にノビをした。


 どうしてこんな場所にと一瞬思ったが、辺りの景色を見た途端ピンッときた。


「ふっふっふー、オジサンも気がついたみたいだね」


 浩樹の様子を察した守瑠は自前のトートバックに手を突っ込む。


「でわでわ、これから『緋の弾少女(スカーレットバレットガール)』聖地巡礼ロケハンツアーを始めたいと思いまーす」


 そう言って守瑠がバックから取り出したのは、付箋が幾つも張られた緋の弾少女(スカーレット·バレット·ガール)の単行本だ。


 緋の弾少女スカーレット·バレット·ガール作中の舞台は架空の街となっているが、そのモデルは神奈川県の横浜周辺なのでは無いかとファンの間では言われている。


 実際、今二人が目にしている景色も浩樹には見覚えがあった。


 原作単行本三巻。友人と遊びに出掛けたことが無いという香里奈を、美海が遊びに連れ出すエピソード。


 その時、二人が訪れた場所の一つにこの場所は確かに酷似している。


「前から一度くらい来てみたいって思ってたんだ。あくまでモデルだけど、香里奈ちゃん達がいた場所の空気を感じるのは、演技の役に立つかもしれないし」


 こんな時まで演技のことが頭の片隅にあるのは、職業病なのかそれとも守瑠らしさなのか。


 せっかくのオフ日だろうにと思わないでも無かったが、こうして遊びに来たのだそこを突っ込んで水を差すのも悪い。


 守瑠の案内で二人はまず直ぐ目の前にある赤煉瓦倉庫行きロープウエーに乗り込むことにした。 


 緋の弾少女(スカーレット·バレット·ガール)では、美婭と香里奈の二人がゴンドラを乗り移りながら天使と激しい銃撃戦を繰り広げた場所だ。


 ロープウエー、一人千二百円、二人分なので二千四百円を払ったところで、あー! と守瑠から不満の声が上がった。


「ロープウエーのお金はわたしが出すつもりだったのに!」

「別にどっちが払おうが同じだろうよ。それにそっちは人に何かを奢ってやれるほど、懐に余裕も無いだろう」

「べ、別にそこまで貧乏じゃないし」


 と言いつつ守瑠の目は泳いでいる。


 役が決まったからと言って、ギャラが入るのは本格的に収録が始まってからだ。


 バイトで生活費をまかなう守瑠の財政事情が、現状それほど潤っていないだろうことは知っている。


 そもそも浩樹の部屋に夕食を食べに来るのだって、食費を少しでも浮かせることが目的で始めたことだ。


 ロープウエーの料金くらい年上で社会人である自分が払ってやるとした物だろう。


 守瑠がこれ以上何か言い出す前に二人でゴンドラに乗り込むが、なぜだが守瑠はふて腐れたような顔をしている。


「なにふててんのか知らないけど、何でもかんでも立て替えてやるつもりはないからな。飯代とかそういうのは自分で払えよ」

「分かってるよそんなこと。言われなくてもそのつもりだったしぃ」


 そう言って守瑠はプイッと窓の外へと視線を投げた。


「これじゃ……になんないじゃん」


 ぼそりと守瑠が何かを言った気がしたが、何を言ったのか聞き逃してしまった。


 何を言ったのかちょっと気になったが、別に浩樹に聞かせる為にいった様子でも無い。


 別に良いかと聞き返すことはせず、浩樹はロープウエーの外へと視線を向ける。


 ロープウエーに乗るのはこれが初めてだったが、揺れたりすることも無く思いのほか快適でのんびりと景色を堪能することができた。

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