第12話

 その日の仕事帰り、浩樹は守瑠が練習場にしている神社に向かった。

 今日の夕飯はどうするのかと聞いたら、時間までここで練習していると返信が返ってきたのだ。


 連絡先は守瑠が夕食を食べに来るようになってから直ぐの頃に、スケジュール確認の為にお互い交換している。


 神社へと続く石段を登りながら、浩樹は手に持った紙袋をチラリと見て、ちょっと微妙な顔になった。


 来る途中、つい勢いで買ってしまったがさてどうしたものか。

 うーんと考えている内に気が付けば石段を登り切ってしまった。


 境内では守瑠が何か台詞の練習をしていたが、浩樹が声を掛けた途端に飼い主見つけた犬みたいに勢いよく駆け寄って来た。


「オジサン、オジサン! ねぇねぇ! 聞いてよ! 聞いてよ!」


 あまりの勢いに浩樹は気圧されて思わず一歩その場で後ずさる。


「分かった。分かった聞くから、ちょっと落ち着け、息を吸え息を」


 何やら鼻息の荒い守瑠を一度深呼吸させ、落ち着いた頃合いを見計らって続きを促す。


「で? 何がどうしたんだ」

「今朝マネージャーからテープオーディション受かったって連絡があったんだよ!」


 守瑠に「ブイ!」と鼻先にVサインを突き付けられ、そのあまり勢いに思わず少しのけぞる。


「受かったって、役が決まったのか?」

「ううん、それはまだ。まだ録音した演技を聞いてもらってOKでただけだから、最終オーディションはこれからだよ。でも今回の役はちゃんと名前があるキャラで、しかも主人公! 正直ダメ元でテープ送ってもらってたから、もう嬉しくってさ」


 興奮冷めやらぬ様子で、守瑠は自身の鞄から何か取り出し。


「ホラ、この子!」


 とまた浩樹の鼻先に突きつける。

 近すぎてなんなのかよく分からなかったそれを手にとってみると、それは台本とキャラの設定資料だった。


 台本の表紙には『緋の弾少女スカーレットバレットガール』オーディション台本と書かれている。


 資料の方には着物と西部のガンマンを混ぜたような服を着た少女のイラストと、簡単な設定が書かれている。


 その題名とキャラクターには見覚えがあった、確か以前本屋に行ったとき漫画コーナーに置いてあったのを見た。


 目立つ場所に平済みされていたので、それなりに人気のある作品であることが窺える。


「って、部外者に見せていいもんなのか? こういうの」


 一通り目を通した後にふとそう思い尋ねると守瑠は盛大に「あ!」と声を上げ顔を青ざめさせている。やっぱり見せてはいけない物だったらしい。


「えーと、い、今見聞きした話しはなにとぞご内密に」

「もともと、言いふらすつもりもねぇよ」


 今更動揺しだした守瑠に、渡された台本と資料を返す。


「ま、なんにせよ一歩前進ってところか。良かったな」

「うん!」


 余程嬉しいのだろう、守瑠はその場でぴょんぴょんとジャンプを繰り返した。

 まるで子供のように全身で喜びを表現する姿は浩樹には眩しい、思わず目をそらしたくなるほどに。


 これほどの喜びを今まで自分は感じたことがあるだろうか? それだけの物を自分は持っていただろうか?


『オジサンは今、何のために生きてるの?』


 あの日、守瑠から投げかけられた問いを思い出す。


 何も無い。

 夢も目標もなく、ただなんとなく生きているだけの自分がなんだか少し惨めに思えて、浩樹は小さく苦笑を浮かべた。


「……ところでオジサン、それナニ?」


 不意に手に持った紙袋について尋ねられ、浩樹の表情が一気に堅くなる。


「あー、これはだな」


 さり気なく、紙袋を背後に隠す。


 おのれ、気が付かなければ良いものを!


 などと心の中で不満をいってみるが、聞かれてしまったからには答えないわけにもいかない。


 それに元はと言えば、今日はそもそもこれの為にわざわざここへ寄ったのだ。


「……いらなきゃ捨てろ」


 仏頂面でそう言って持っていた紙袋を押しつけると、守瑠は困惑した様子で怖ず怖ずとそれを受け取った。


「ありがとう。でもなんで?」

「なんだよ、人のこと散々馬鹿にしておいて、そっちも忘れてんじゃないか」


 言ってもまだ分かっていない守瑠に「今日は何月何日だ?」と尋ねる。


「えっと、今日は十二月二十四……あっ」


 ハッと守瑠に視線を向けられて、逆に浩樹の視線は顔ごと横へと逃げる。


「……クリスマスプレゼント?」

「ま、そういうこった」

「そっか……そっか……」


 落ちつかないような、気まずいような、よく分からない沈黙が辺りを包み込む。


 ……なんて言えばいいか分からない。


 浩樹が金縛りにでもあったように動けないでいると。


「ねっ、開けてもいい?」


 守瑠が尋ねてくるので横を向いたまま「ご勝手に」と答えると、ガサガサと紙袋を漁る音が聞こえて。


「わっ、カワイイ!」


 はしゃいだ守瑠の声に、浩樹は内心で胸をなで下ろした。


 最近は一緒に夕飯を食べたりなんだりして多少親睦は深まったとは思うが、ただのお隣さんしかも異性がいきなりプレゼントというのは少しアレなのではないのか?


 ということをよりにもよってプレゼント買った後に気が付いてしまい内心戦々恐々としていた。


 ただ守瑠の様子を見るに、取りあえず気持ち悪がられたりはしていないらしい。


「オジサン、みてみて!」


 言われて浩樹が視線を向けるとそこには浩樹のプレゼント――赤地に緑のチェックが入ったマフラーを首に巻いてはにかむ守瑠の姿があった。


「ジャジャーン、どうどう?」


 巻いたマフラーを見せるように、守瑠がその場でくるりと回る。


「よろこんでくれてるようで良かったよ」

「ムゥ、似合ってるかどうか聞いてるのにぃ」


 ジトッとした目で睨まれるが、分かった上で無視をしたので気づかぬ振りでスルーを決め込む。


「よーし、今度のオーディションはこれ付けて頑張るぞー、おー!」


 景気よく拳を突き上げ守瑠が声を上げたその時だった。


 けほっ。


 不意に守瑠が小さく咳き込んだ。


「どうした、また風邪か?」

「んー実はあれから、喉の違和感がまだ取れてなくって」


 マフラーの上から喉をさすりながら、守瑠が言う。


「違和感が取れないって、風邪引いてもう一週間以上経ってるだろ、大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫、違和感があるって言ってもそんな気がするって程度だし、咳だってホントにたまにしか出ないしさ。確かにちょっと長引いてるけどすぐ良くなるって」

「そうか? ならいいが」


 確かに風邪を引いた後、咳とか鼻づまりだけやたらと尾を引いてしまうのは良くあることだし、空気が乾燥しているこの時期、何でもなくとも咳が出ることもあるだろう。


 それに守瑠が人一倍喉のケアに気を遣っているのは浩樹もよく知っている、なにかあったとしてもそうそう悪化することもないはずだ。


「とは言え、万一悪化するような事があるようだったら、直ぐに病院で見てもらえよ」

「はーい、わかってます」

「ならいい。じゃあ俺は帰って飯作っとくから、あんまり遅くなる前に帰って来いよ」

「うん、分かった。あっそうだオジサン」

「なんだよ?」


 守瑠は首に巻いたマフラーに手を触れて。


「プレゼントありがとう。大事にするね!」


 ちょっと照れくさそうに笑って、そう言った。


「……おう」


 守瑠を置いて浩樹は一人神社を後にした。


 クリスマスに誰かへプレゼントを渡すなんて久し振りすぎて正直むず痒くて仕方がなかった……でも。


 たまには悪くない。


 本人は気が付いていなかったが石段を降りる浩樹の足取りは、いつもより少しだけ軽やかだった。





――あとがき――


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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