第11話
「先輩は今年の忘年会はどうします?」
「ああそういや参加するかどうかのメールが来てたな」
仕事をしながら竜之介が尋ねてきたのは、毎年居酒屋を貸し切って行われる会社の忘年会についてだ。
会社の行事だが、太っ腹なことに代金は全部会社が持ってくれると言うこともあり、タダ酒目当てで毎年多くの社員が参加する。
呑み会の雰囲気は嫌いじゃないし、何か予定があるわけでも無いので、浩樹も毎年参加していたのだが。
「今年はどうすっかな」
「あれ? 珍しいっすね、何か予定でもあるんすっか?」
「いや、そういうわけでも無いんだが、ちょっとな」
「ん? なーんか歯切れが悪いっすね……はっ! まさかっ」
「コレっすか」と竜之介が小指を立てる。
「そんなわけないだろう。馬鹿馬鹿しぃ」
「ちょ、冗談じゃないっすか、そんな怒らないで下さいよ」
「別に怒ったわけでは……すまん」
「いいすっよ。こっちも別に本気じゃないですし。っと、すんませんちょっと確認いってきます」
雑談をしながらも仕事の手を止めない有能な後輩を見送って、浩樹も自信の仕事に集中する。
しかし、ついムキになってしまった。
あそこまで強く否定してしまったのは、忘年会に参加したら守瑠の晩飯作ってやれなくなるなとそんなことを考えていたからだ。
別に何かやましいことをしてる訳でも無いのだから、あそこまで焦る必用はなかったろうにと少し反省。
「にしてももう忘年会の時期か、なんだか最近は一年があっという間に過ぎて……」
何気なく呟いた独り言、それを口にした瞬間オジサンという言葉がなぜか聞き覚えのある声で頭の中に再生される。
いや、俺はまだおじさんではないはずだ。だってまだ二十七だし、まだ二十代だし。
そんな誰に言い聞かせているのか分からないような言い訳を浩樹は一人、頭の中でくりかえすのだった。
「オジサン、今晩わー。て、どうしたの苦虫噛みつぶしたみたいな顔してさ」
「いや。どうせ俺はおじさんだよと思ってな」
開口一番に若干のダメージを受けながら浩樹は守瑠を自身の部屋に招き入れた。
看病をしたあの日から一週間、あれから守瑠は夜になるとこうして浩樹の部屋へ夕食を食べに訪れている。
幸い熱はあれから直ぐに引いたようで、翌日にはバイトに出かけられるほど元気になっていた。
昨日の今日だしもう一日くらい休めばどうかと言ったのだが、そうは行かないとその日は結局出勤していった。
「オジサン、今日のご飯はなに?」
「生姜焼きと豚汁」
「おお豚づくしだ、楽しみー」
言いながら荷物を部屋の隅にほっぽると、守瑠は勝手知ったる様子で、洗面台へと向かっていった。
浩樹の部屋を訪れた時は守瑠が手洗いうがいを欠かした事はない。随分念入りにやっているのか、一度洗面台に向かったら毎度十分くらいは帰ってこない。
仕事柄喉のケアには人一倍気を遣っているというのはどうやら本当らしい。それだけにああして風邪を引いてしまったのはよっぽどの不覚だったに違いない。
朝のうちに下準備を済ませておいた豚肉をフライパンで焼いている内に、沸騰した鍋に具材を入れて火が通ったら味噌を溶く。
自炊は気が向いたときに偶にやる程度だったが、この一週間で我ながら大分手際が良くなってきたような気がする。
「良い匂い。オジサンご飯盛っといて良い?」
「ああ、ついでに俺の分も頼む」
「りょうかーい!」
手洗いうがいを終えて部屋に戻った守瑠と出来上がった料理を卓に並べた所で二人向かい合う形で席に着き「いただきます」と手を合わせた。
「うーん、おいしー」
「褒めてもなんも出ないぞ」
「別にそういうわけじゃないよ、ただ素直に感想言ってるだけ」
「……そうか」
「あ、オジサン照れてる?」
「照れてない」
「またまたー、素直じゃないなー」
ニヤニヤしている守瑠を無視して食事に徹する、生姜焼きは初めて作ったが思ったより上手くいったと自画自賛。
「あーそうそう、月末に会社の忘年会があるからその日は悪いけど、自分でなんとかしろよ」
ふと今日会社でしていた話を思い出してそう言うと、守瑠は生姜焼きを呑み込みながらうんと首を振った。
「でもいいなぁ、忘年会。悲しいかなわたしはなーんの予定もないんだよう、バイトも休みだし、なんかしたーい」
「なんかしたら良いだろ? 友達と遊ぶとか年末なんだから実家に帰るとか」
特になにも考えずそう言ったのだが、その途端守瑠の顔が面白くなさそうにふくれっ面になった。
急にどうしたのかと訝しむ浩樹だったが、そういえば初めて会ったとき親という単語を出しただけで、不機嫌になっていた事を思い出す。
おそらく親と上手くいっていないのだろと言うことは想像に難くはないが、一体何があったというのか。
……そういや俺、この子のことなんも知らないんだな。
別に知る必用があることでもないし、そんなことを根掘り葉掘り聞くほどの間柄というわけでもない。
ただふとした拍子に気になることはある。
隣に越して来るまではどこに住んでいたのか、姉弟はいるのか、そもそも家族は今の守瑠の仕事をどう思っているのか、そう言ったことを浩樹はなにも知らないのだ。
とは言え、この様子では聞いたところで守瑠がまともに答えるとも思えないが。
「ま、寝正月っていうのも悪くないだろうよ」
適当に話を畳んでやると、守瑠はちょっとだけホッとしたような顔をした、やはり家族に関わる話はあまりしたくないらしい。
「というかオジサンなんかもう年末の話し、してるけどそれよりも前にもっと大事なイベントがあるんじゃない?」
「大事なイベント? ……なんかあったか?」
「え、本気で言ってるの?」
信じられない物でも見るような顔をしながら、守瑠が壁に掛けてあるカレンダーを指差すので一日からざっと流し見る。
二十一日、二十二日と十二月も後半に差し掛かかり、二十四日になったところでようやく気付く。
「ああ、そうかクリスマスか」
「ああ、そうかって。忘れないよ、フツー」
「そうは言ってもな。もうサンタからプレゼントもらえるような歳でもないし、クリスマスだからって別に何かする予定もなぁ」
「……オジサン」
「ぬうッ!」
ぼそりと呟かれた一言が、なんだかいつも以上に刺さる。
言われてみれば確かに我ながら今の発言は枯れているというか、酷くオジサン臭い物のような気がしないでもない。
「……そう言う君は、クリスマスになにかするような予定でもあるのか?」
「それはー、別に何も無いけどさ」
「なんでぇ、ようは俺と大して変わらないんじゃないか」
「チガウモーン、今は仕事が恋人なだけだもん、枯れたオジサンと一緒にしないでよ」
「誰が枯れたおじさんだ、誰が。てかそろそろ飯食っちまえよ、今日はこれからまたバイトなんだろ」
「と、そうでした急がないと」
守瑠は残った料理を急いで掻き込み手を合わせてご馳走様をすると、上着を羽織りマフラーを首に巻く。
浩樹はその様子をなんとなく眺めて、ふと思う。
「……前から思ってたが、そのマフラー結構年季入ってるよな」
「ああ、これ? うん、学生の頃から使ってるから。いい加減買い換えても良いんだけど、なまじ使えるから踏ん切りつかなくって」
自嘲気味に付け足された「今お金ないし」の一言は聞こえなかったことにする。
「それじゃあオジサン。ご飯ごちそうさまでした、行ってきまーす」
そう言い残して守瑠は慌ただしく浩樹の部屋を後にしていった。
部屋の中に沈黙が降りる。
つい最近までこれが当たり前だったはずなのに、今は浩樹一人しかいないこの状態がなんだかいやに静かに感じてしまう。
「さて、片付けて風呂でも入るか」
静けさを誤魔化すようにそう独り言を言って、浩樹は自分と守瑠の使った食器を台所で洗いながら。
「……クリスマス、ねぇ」
物思いにそう一言呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます