少女は魔女を愛さない
いももち
少女は魔女を愛さない
魔女の殺し方を知っているかい?
火炙りは無理だよ。だって魔法で簡単に火を消すから。
水責めも無理だよ。だって魚になってしまえば息ができるだろう?
じゃあ拷問すればいいって? 無理無理。やる前にこちらが魔法で殺られてしまうさ。
そもそも魔女を殺せるのは、基本同じ魔女だけなのさ。
ただの人間じゃあ殺せない。心臓を刺し貫いたとしても、自動的に再生してしまうから。
じゃあどうやって殺すのかって?
自分で考えな、って言いたいところだけれど教えてやろう。
いつか役立つ日が必ず来るだろうから。
魔女を殺す方法は簡単だとも。本当にとても簡単さ。
その方法は何かって? それはね――
*
魔女というものは、生まれた時から魔女で赤子の頃から自由自在に魔法を操ることができると言う。
魔法を使うことは魔女からしてみれば、呼吸をするのと同じくらい自然なことであり、だからこそ弱い赤ん坊の頃は魔法を使って周囲の人間を魅了し、決して自身を害さないようにするのだと言う。
その話を聞いて、クリスは「魔女ってやっぱり怪物なんだなぁ」と思った。
お母さんから寝物語として聞かされた、御伽噺に出てくる子どもを誑かして最後は一口で食べてしまうような怖い怪物と一緒だと。
そんな怖い怪物と、クリスは今一緒に森の奥にある山小屋で暮らしている。
理由は簡単。
お母さんが病気で亡くなった後、浮気相手を家へと連れ込んだ父に偶然村へとやって来ていた魔女に売られたからだ。
その時はまだ魔女だと知らなかったけれど。
魔女は魔法を使うことと寿命以外、普通の人間と変わらない。絵本の中の魔女と違って頭に角なんて生えてないし、耳もとんがってなんかいない。
だから村へと立ち寄った旅人だと父は思っていたのだ。それも、そこそこ裕福そうな。
クリスは父が大嫌いだった。
家ではずっとお酒を飲んでいて、ちょっとしたことでお母さんを怒鳴ったり殴ったりするから。
なにより父はお母さんを裏切っていた。一生懸命お仕事をしてお金を稼いでいるお母さんを馬鹿にしながら、お母さんが稼いだお金で浮気相手と楽しく遊んでいたのだ。
だからクリスは自分を買ってくれた魔女に感謝している。
ちょっぴり怖くて、生活能力が死んでいて、ちょくちょく変な物を作っては家の中を悲惨なことにしてくれるけれど、真っ当な生活を提供してくれた。
なにより見ず知らずのお母さんのために怒ってくれて、父に対してクリスの代わりにやり返してくれたことには、本当にいくら感謝してもし足りない。
そうして共に過ごしていくうちに、クリスは魔女のことが大好きになった。
「ねえ、クリス、ねえねえねえ! 超超超愛してる!! だからあなたもあたしを愛して!! そしてあたしを殺して!!」
「やだー」
「そんなつれないこと言わないで愛してよぉぉぉ!!」
「むりでぇす」
料理を作っているクリスの背に縋りつき、今日も今日とてと
包丁を使っているので本当にやめてほしい。うっかり刺さったらまな板が血みどろになってしまう。
拾われてから六年。
十歳の頃から全く変わらないやり取りに、鍋へと切った具材を入れながらクリスは大きな溜息を吐いた。
*
愛されることさ。魔女じゃない、普通の人間に愛してもらう。
そして愛してくれた人間の手で、心臓をどすっと刃物でしてもらえたらあっさり死ぬ。
なんでそんなことで死ぬのかって?
さあねえ。知らないよそんなこと。
確かなのは、魔女は自分を愛してくれた人間に殺されることで死ぬってことだけ。
難しい?
なに言ってるのさ、めちゃくちゃ簡単だろう?
だって魔女は愛に飢えている。
誰かに愛されたくて、誰かを愛したくて堪らない。
それが魔女というイキモノなんだ。
愛をもって殺されることで死ぬ、馬鹿げた怪物なんだ。
ま、そんな怪物からの愛にほとんどの人間は殺されちまうんだけれど。
でも、それを受け入れられる人間はどこかに必ずいる。
長い長い生の中、諦めずに探していたら必ずね。諦めてしまえば、活動限界が来るまでは死ねないが。
だからお前も諦めるな。折れるな。
いつか遠い未来、必ずお前を
予知が得意なお前のお師匠様からのありがたぁいお告げなんだから、少しくらい信用してみてもいいんじゃないかい?
*
メリフィリアがクリスを父から買った理由を買われたその日に教えられた。
彼女は死にたがっている。
だからクリスをたくさん愛して、そうして自分も愛してもらって、殺してもらいたいのだ。
魔女は自力では死ねない。
活動限界が来ない限りは、気が遠くなりそうな程長い長い時間を生きていく。ひとりぼっちで。
多くの魔女はその孤独に耐えきれずに狂い、恐ろしい魔物になるという。
そうして人々に災いを振り撒きながら、命潰えるその瞬間まで孤独に苛まれながら死ぬのだそうだ。
メリフィリアはそうはなりたくはないと言った。
他の同胞たちのように狂気の果てに魔物へと堕ち、文字通りの厄災となることを恐れ、忌み、それを回避するためにクリスを買ったと。
孤独から少しでも救われたいために。
できることならば、狂い果てる前に殺してもらえるように。
「クリスは泳ぐの上手だよね」
「川遊び好きだったからね。でも、メリィは泳ぐの下手くそ過ぎない?」
「金槌なんですもの! 泳ぐ以前の問題なの、体が水に浮かないの!!」
山小屋からほど近い湖に生えている水草を採取するため、水中でも息ができるように魔法をかけてもらってから泳いでいたら、船の上でクリスを待っているメリフィリアが羨ましそうな顔をしながら言う。
「魔女なんだから魚にでも変身したらいいじゃん」
「魚になっても金槌なんだよなぁ……」
「なんでさ!?」
魚の姿になってまで金槌なのは何故なのか。
あんまりにもあんまりなメリフィリアの言に、ついつい同情の眼差しを向ける。
同時に、魔法もそこまで便利な物ではないのだと改めて理解させられた。
「そもそも変身自体が苦手なのよ。あたしが得意なのは薬作りよ」
「いっつも毒薬とか媚薬使ってるよね。あと爆発させるのも大得意」
「爆発させるのは別に得意じゃないわ。人を傷つける魔法は苦手なはずなのに、なんでか知らないけれどできちゃうのよ……あと毒薬とか媚薬は作ろうとして使ってるんじゃないの。これもなんでか知らないけどできちゃうのよ」
「いっそすごい才能だね。まともな物作れないけど」
「やかましいわっ!!」
本当にどうしてと、天を仰ぎながら嘆くメリフィリアの姿にクリスは思わず笑ってしまった。
こんな、他愛ないやり取りが好きだ。
メリフィリアと過ごす、穏やかで時々爆発が起こる日々がどうしようもなく愛おしい。
ずっとずっと一緒にいたい。
彼女の瞳に映る景色の中に最期の時まで在りたい。
だからこそ、クリスは自分から溢れそうになる想いを無理矢理奥底へと押し込んで、蓋をして、見ないように見てしまわないように、隅っこの方へと追いやる。
これ以上、胸から溢れ出ようとしてくる感情を育ててはいけない。
だってクリスはメリフィリアのことが好きなのだ。クリスをたくさん愛してくれていたお母さんよりも、大好きで大好きで仕方がない。
『ねえ、クリス。あたしがあなたを愛してあげる。たくさんたくさん、愛してあげるわ。だから、お願いよ……』
あたしを
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
心の中で、何度も何度もメリフィリアへと謝罪の言葉を重ねる。
期待に応えられなくてごめんなさい。
こんな、浅ましい想いを抱いてしまってごめんなさい。
何度も、何度も。声に出さずに。出せずに。
「ねえ、クリス」
「なぁに?」
「大好きよ」
わたしも、とは返さない。返せない。
(わたしはメリィを愛さない)
小屋へと帰る途中、繋いだ手に少しだけ力を込める。
そして強く強く戒める。芽生えてしまった感情を。
(わたしはメリィを愛さない。絶対に、愛しちゃいけない)
泣きそうなくらい胸が痛くて、苦しくて、けれどそれすら愛おしいと思ってしまう自分はきっとおかしくなってしまったんだろうと、内心自嘲する。
隣を歩く愛おしい人にそう言えるだけの覚悟が、勇気が、クリスには無かった。
*
ただまあ、愛してくれた相手が殺すのを躊躇うなんてことは必ず起こるだろうね。
お前だって愛した相手に殺してくれ、なんて頼まれたら躊躇っちまうだろう?
でも、そうまで愛してくれる相手を諦めることもワシ等はできやしない。
だからさ、もし相手が躊躇うようならこうお願いしな。
*
轟々と、山小屋が燃えている。
燃える山小屋の周りには、山小屋のある森の近くにある村の人間たちが何十人といて、皆が魔女を殺せと叫んでいる。
魔女狩りだ。
彼等は最近田畑の実りが悪いことや、疫病が流行っているのを森に住む魔女の、メリフィリアの仕業だと決めつけて彼女を殺しに来たのだ。
もちろんメリフィリアは何もしてはいない。むしろ、時々病気の人や怪我をした人に薬を分けてあげていたくらいだ。
けれどそんな恩を村人たちはすっかり頭の隅に追いやって、魔女であるというだけでメリフィリアを悪に仕立て上げた。
だって魔女は不気味で、恐ろしいものだから。
時には厄災となって人々を苦しめる存在だから。
……一度だってそんなことをしたことがなくても、魔女というだけでそういうものだと決めつけて、殺すべきものだと声高に叫ぶ姿のなんと悍ましいことか。
隣で呆然たした様子で立ちすくむメリフィリアの腕を掴み、持っていた山菜の入ったカゴを放り投げて森の奥へと走り出す。
幸い木々に隠れていたために村人たちにはまだ見つかっていない。このまま森の奥へと逃げて隠れ続けていれば、いずれは諦めて帰るだろう。
しかし、そんな考えは甘過ぎた。
村人たちはどこまでもどこまでもこちらを追い続けてきた。
夜になっても、朝になっても、血走った目をしながら鍬や棍棒を手にして魔女を殺せと口々に叫びながら。
狂気に取り憑かれた人間というのは、ああいう者たちのことを言うのだろう。
息を切らしながら走り続け、けれど体力は底をついてしまい木の根に足を引っ掛け転んだ後、立ち上がることができなかった。
「クリス、クリス! このまま逃げても無駄だわ。あたしが彼等たちの注意を引くから、その間に隠れて体を休めた後森を出て町へと行きなさい」
「はぁ……はぁ……っぅ、だめ、メリィも一緒に逃げないと。アイツ等本気でメリィを殺そうとしてる!」
「殺そうとしたって無駄よ。あたしは魔女。たかが人間ごときには殺せない。だから大丈夫」
地面に膝をついて背中を撫でながら、メリフィリアはクリスに微笑む。
クリスを見つめる綺麗な空色の瞳は凪いだ湖面のように穏やかで、疲れ切ったクリスの姿を映している。
……メリフィリアの言う通り、彼女は村人たち程度では決して殺せない。
どれだけ拷問しようと、滅多刺しにしようと、殴り続けようと、メリフィリアは死なない。
けれど、死なないだけで痛みはあるのだ。
魔法である程度は緩和できると言っていたけれど、それでも確かに痛みを感じる。殺される恐怖を確かに感じる。
なのに、それなのに、何が大丈夫だと言うのか。
「っ、メリィ……」
「こんなこと、何度だってあったから慣れてる。だから、本当に大丈夫なの。安心して、ほとぼりが覚めた頃にでも逃げ出すから」
優しくクリスの頭を撫でる手は、ほんの少しだけ震えている。
「……だい、じょうぶじゃない! 慣れてるからって、大丈夫なんかじゃない!!」
「クリス……」
「だってメリィは、魔女なだけの普通の女の人だもの!! 家事能力が死んでて、変な薬ばっかり作って、時々爆発起こしたりするし、歳なんてわたしの何倍も上だろうけど、傷つくのも痛いのも怖いって思う普通の人!! 当たり前に誰かを気遣えるどこにでもいるような優しい人!!」
そうだ、そうだとも。
魔女であろうと、何百年と生きている存在であろうと、普通の人と同じように傷つくのも痛いのも怖くて嫌いで、誰かに優しくできる素敵な女性。
クリスが、恋した人。
疲れ切った体に鞭打って、倒れていた体をなんとか起こして唖然とした顔でクリスを見つめるメリフィリアに抱きつく。
ぎゅうっと抱きしめた体は温かくて、ほのかに甘い匂いがする。
遠くから風に乗って人の声が聞こえる。
殺意と憎悪に塗れた気持ち悪い声が。
大好きな人を、あんな奴等に奪われたくなんてない。
あんな奴等に彼女を奪われるなんて、到底許せない。
「ねえ、メリィ。好きだよ」
「……え?」
抱きしめていた腕を解き、しっかりと愛おしい人の顔を見つめながら告げる。
ずっと押し込めてきた想いを。
「誰よりも、メリィのことが好き」
「クリス……?」
「今さらなに言ってるんだって思うだろうけど、わたしねメリィのことが本当に大好き。だから、本当に身勝手だとは思うけど……わたしと一緒に死んでくれませんか?」
そっと、彼女の膝の上に置かれていた両手を自分の両手で包み込む。
今までずっと応えずにいたのに、奪われそうになってから伝えるなんて本当に身勝手で、卑怯だと思うけれど。
それでも今この時伝えなければ、きっと後悔すると思った。
このまま一人逃げて、のうのうと生きていくのは嫌だった。
「最初は、誰でも良かった。あたしを愛して、そして殺してくれるなら、クリスであってもなくても良かった」
包み込んでいた両手がそっと抜かれて、ダメなのかと絶望する。
当たり前だ。だってずっと見て見ぬフリをして、向けられる愛を受けるだけ受けて返そうとしなかったのだ。
なのに、なんて都合の良いことを言っているのか。
「でも、今は違う。あたしはあなたが、クリスが良い。クリスじゃなきゃ、嫌なの」
メリフィリアが今まで見たことのないような、艶やかな笑みをクリスへと向ける。
そして気がつけば彼女の両手に、氷でできたナイフが握られていた。
「だからどうか――あたしに[[rb:愛されて > 殺されて]]ちょうだいな」
片方の氷のナイフが差し出される。
それを受け取って、クリスは笑った。メリフィリアも同じように笑う。
心から幸せだと言うように。
晴れやかに、朗らかに、笑いあって、ナイフを握っていない手の指を絡ませ繋ぐ。
決して二人が離れてしまわないように。
そして言葉も無く二人同時に互いの胸を氷のナイフで、深く深く突き刺した。
*
一緒に死んでくれって言いな。
そう言えば喜んで一緒に死んでくれるよ。
ワシやワシの師匠を愛してくれた
少女は魔女を愛さない いももち @pokemonn1
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