第13話 シンゴウハアオ

 視線の先の信号が赤になる、車が行き交うのを待って雨芽は後ろを振り返った。マンションのほうからゆっくりと足の生えた白い何かが追ってきている。さっきよりも形を変えたそれは人にでもなろうとしているのだろうか?気味が悪い。それほど足が速くないのか距離は縮まらない。信号が青に変わるとまた走り出した。


 距離があることに少しホッとしているが煉喜治の本には夜になると力が増すと書いてあったのを思い出して拳を握りしめる。息が上がりドクドクと心臓が走っている。足もふらついているし実際にもう走るのは嫌だった。それでも両手で足を叩いてまた走る。でもどこへ?どこへ行けばいい?涙でぐしゃぐしゃになりながら顔を上げる。


 すれ違う人たちは雨芽のことなど気にする様子はなかった。そして追ってくるあの白い何かに気がつく者もいなかった。時々聞こえるはずのないあの白い何かの声が耳に聞こえた。無機質で抑揚のない声あああアアが耳にこびりついている。


『お姉ちゃん!助けてよ!』手の平で涙を拭って唇を噛む。お化けになにか出来るほど力なんてない。それでも捕まったらと思うと怖くて笑う膝を鼓舞して足を動かす。


『なんだよ!ふざけんなよ!』そう悪態をついたとき、足が絡まってそこに倒れこんだ。

『痛った・・・ちゃんと歩けよ、おまえ!』膝から血が滲んでぴりりと痛む。そのわずかの間に距離を詰められたのか雨芽の後ろに白い何かの声がした。


『いたい?イタいの?』震えながら顔を上げると真っ黒な目がこちらを覗きこんでいる。なんでこんなに早く?白い何か越しに見た空は夜を迎えていた。真っ黒い闇が遠くの空から藍を包み込んでいる。その向こうには星が控えているだろう。


 雨芽の膝を白い人のような手がさする。爪を立てられて雨芽の顔がゆがんだ。

『うあっ!』

『痛い、い、イタ、イイ、いたいの?アアア、ああ。いたい?』無機質な声は次第に言葉がスムーズに出てくるのか普通に聞き取れるようになってきた。


『ああ、だめだよ?どう、ど、どうしてニゲるの?アメ、あ、雨ちゃん?』雨の視線が凍りつく。白い何かの口が大きく開いて雨芽の頭の上から降ってきた。べろりと首に舌があたり、べっとりとした涎が襟元を流れていく。首元で大きな堅い歯が当たったんだろう。ぎりっと音がして雨芽は気を失った。

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