第14話 ネコパンチ

『おまえ!ふざけんなよ!』



 足元でシャアシャア鳴く猫が背中の毛を逆立てて威嚇いかくしている。喜治の足に何度も猫パンチを続けると大きな声でナアア!と鳴いた。



 それを見ていた爺が仕方なしに玄関の扉を開くと、猫は一目散に飛び出していった。



『どういうことだよ、猫の世界には一宿一飯の恩義ってのはねえのか?』



 喜治は草履をひっかけて外を見る。少し離れた場所で猫の瞳が光ると聞いたことのないような声で鳴いた。



『なんだよ・・・まだなんかあんのかよ。』

『ナアアアアアン!』



 猫は当たり前のように体をこちらに向けて座っている。

『ついて来いってか?』



 喜治が猫のほうへ歩き出すと、まるで着いて来いというように首を振り歩き出した。



 猫に連れられていつもは歩かない場所へと入る。人通りの少ない道で変なものがウロウロしている場所だ。猫は気にせずスタスタと歩いていくと時々喜治を見上げた。



『わかったよ、ちゃんと着いていくから連れてけよ。』

 喜治の言葉に猫はスンと顔を上げるとまた歩いていく。



 外灯のない暗がりが前方に見えてきて猫は立ち止まった。威嚇し唸っている。



 喜治は懐に入れていた携帯電話のライトをつける。前方を照らすと大きな白い何かがうずくまってヌチャヌチャ音を立てている。



 よく見ると大きな白い何かは人のような足が生えている。もそもそ動いているのは手だろうか?何かを食べている仕草に見えて気味が悪い。



 辺りを見渡して電信柱の傍に落ちていたボロボロのビニール傘を拾うと柄とは反対に向けて掴む。ぐっとそれを掴んで喜治はブツブツと唱え始めた。



 猫のナアアアアという鳴き声に反応したのか白い何かは動きを止めるとこちらを見た。見たという表現が正しいのかはわからない。



 黒い目のようなものが平べったい白に渦を巻いている。その下には切れ込みのように開いた口があり、そこからは人の体がぶら下がっている。



 人形のように思えたがヌチャヌチャと音を立てる口の動きに合わせて足がぴくぴくと動いていた。



『おまえ、何食ってんだよ?』

 喜治は片手で印を結び人差し指で傘に文字を書く。



 白い何かは人のような手で掴んだそれを少しずらすと歯を覗かせた。にちゃっと涎が口から出た人の頭に糸を引いている。そこに雨芽の青い顔が見えて喜治は走り出した。



 ビニール傘を大きく振りかぶって白い何かの頂点に叩き込む。ミシっと音を立てて傘が壊れる。白い何かは雨芽を掴んでいた両手を離すと叩かれたそこに手を当てた。



『いた・・・イタイ。ヒドイ、ひどい。』



 泣き出しそうな声を出しながら口はだらしなく開き、舌が涎をたらしている。



 下に転がった雨芽を抱きかかえて喜治は外灯のあるほうへ走ると距離を取った。



 腕の中にいる雨芽は頭からべっとりとして汚れ、口の中までそれが入っているのか苦しそうに咳き込んだ。



 喜治は着物の袖で雨芽の顔を拭いてやり、咳き込んでいる口に自分の口を被せるとっべっとりした液体を吸い込み、ペッと吐き出した。



『くせえし、気持ち悪いな。』



 青い顔の雨芽が目を開けると喜治は笑う。

『なにしてんだよ?あんなのに関わっちゃだめだろうが?』



『先生…。』

『ああ、遅くなってごめんな。』



『すいません、お姉ちゃん・・・じゃなかった。』

 雨芽を電信柱の傍に座らせて頭を撫でる。



『わかってるよ。寂しかったんだろ?知ってたよ。』

 喜治は立ち上がり白い何かのほうへ歩いていく。懐に入れておいた数珠を左手に巻きつけて印を結び右手で口元に触れるとふうと息を吹いた。



 息は小さな透明の塊になり細く長く形を整えると喜治の右手に握られた。



 ゆっくり白い何かに近づき小さな子供のように両手で頭を押さえる仕草をしたそれに、右手に持っていた透明の針をゆっくりと突き刺した。



 針の先が触れてプツッと中に入り込んでいく。喜治がブツブツ何かを唱えながらそれを入れ込むと、もう一度息を吹き、同じものを作って再度射し込んだ。



 白い何かは二本目でやっと気付いたのかバタバタと手足を動かし始める。が喜治の体を吹き飛ばせるほどの力はなく白い肉の塊のようにそこにいた。



 次第にボコボコと膨れ上がりパンパンに膨張すると、パンと音を立てて破裂した。



 喜治の体に白い体液のようなものがつき、彼は嫌そうに笑うと息を吐いた。

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