第11話 タベラレナイ
学校での昼休み、雨芽は保健室で目を覚ました。どうやら教室で気を失っていたらしい。
担任から今日はもう帰るようにと促され学校を後にする。フラフラとした足取りで学校から家路に着くが、歩くたびに息が切れた。
変だな?こんなに体力なかったっけ?履いている靴がやけに重く感じられた。
足を一歩ずつ踏み出してふと顔を上げる。見知ったその道は煉喜治の家の前だった。
『え?なんで?』
ずしりと体が重くその場に座り込む。本格的に体調が悪いのか雨芽は両手をついた。
その時、すぐ傍で猫の声がした。
『ニャアン。』黒と白のブチで緑の目をした可愛らしい猫だ。雨芽の傍に近づくと座り込んだ膝の上にちょこんと乗った。
『あ、駄目だよ。今、調子悪くて…抱っこできないよ?』
ブチ猫はただ、ニャアンというだけで足を縮めて座り込む。
とりあえず猫の頭を撫でてやると、目の前の煉喜治の家の扉が開いた。軽快な音と共に喜治の声がする。
『雨芽ちゃん?どうした?』
草履をひっかけて雨芽の傍に駆け寄ると、雨芽の膝の上にいた猫に苦笑する。
『お前、外に出たのか。』
『先生んとこの猫ですか?』
『うん?そうとも言えるかな。で、雨芽ちゃんが具合…悪そうだな。』
喜治はしゃがむと雨芽の顔を覗きこんだ。
『そんなこと、ないですよ。』
けれどなんだか息が切れて大きく咳込んだ。喜治は雨芽を猫ごと抱き上げると家のほうへと歩いていく。
『せ、先生?だ、大丈夫です。』
『はあ?前よりガリガリだろ?…それに変なの連れて。』
玄関に雨芽を座らせると片手で印を結んで雨芽の肩を払った。靴を脱がせて雨芽を担ぎ上げると居間へと連れて行く。そこに座らせて頭をぽんぽんと叩くと奥へ消えていった。
さっきより体が軽くなったのは喜治が肩を払ってくれたからだろうか?でもその肩はいつもお姉ちゃんの手が
もしそれが原因でお姉ちゃんに会えなくなったら…そう思うと少し不安になった。でもどこか体は休息を欲しているようで雨芽はその場に寝転ぶと目を閉じて眠りに落ちた。再び目を覚ますと雨芽の傍で猫が眠り、傍には喜治が座っていた。
『あ、先生。』
『うん…よく寝てたな?お腹空いてるだろ?』
『いや…そんなことは。』
その言葉と同時にお腹がぐうっと鳴った。
『え?なんで。』
『ほら、いいからおいで。』
喜治に手を捕まれて台所のテーブルの前に座る。暖かいご飯が盛られて目の前に並べられると促されて箸を取った。いただきます、と暖かいご飯を口に入れる。暖かく甘い味が口の中に広がった。
『美味しい。』
『うん、そうだろうな。』
目の前の喜治も食事を始める。そういえば食事をずっとしていなかった。飲み物ばかりでお腹を満たしてごまかして、食べたつもりでいたのだ。椀に乗った肉じゃがに手を伸ばして口に放り込む。
『ゆっくり噛んで食べろよ。』
『はい。』
雨芽の足元には猫がさっきと同じように喉を鳴らして座っていた。
湯飲みからゆっくり湯気が上がっている。さっきから静かな時間の中に喜治がつけたTVが楽しげな笑い声を響かせた。
雨芽はお腹一杯で少しうとうとしていた。居間のTVの前に座り、TVを見るわけでもなく
何故だろう?この空間は落ち着く。何も考えなくていい気になる。
肩から半纏をかけられてより一層暖かさに瞼が落ちる。すうっとそのまま瞼を閉じると眠りに落ちた。
少し離れた場所で喜治は見ていた。雨芽の様子は異常だった。やせ細り、以前よりも体重は軽くなっていた。
顔色も悪く目の下には隈がくっきり浮かんでいる。家の前で雨芽を見つけた時、背中に何か覆いかぶさっていたがそれも払えば簡単に離れていった。あれは多分ただの思念で本体は雨芽の家だろう。
炬燵の傍で雨芽を心配していた爺が喜治の下へ飛んでくると台所の椅子に座った。
『なんかやっかいな者に好かれているようだが。』
『そうだな…。』
『さっき少し食べられていたから良かったが、食べられなくなっていたらアウトだったな。』と爺は頬杖をつくと長い息を吐いた。
『ああ…危ないとこだ。』
『でも…このままだと危ないぞ?どうするんだ?喜治。』
『どうもこうもない。祓ったとしても雨芽ちゃんが望まなければ何もならない。いくらでも引き寄せてしまう。欲しいと願えば願うほどに。』
『そうだなあ…喜治は何が
うーん、と喜治は唸ると頭を掻く。
『忘れることだ。全て…前に進むために。でも雨芽ちゃんだけが問題じゃない。』
『ふむ、ご両親と話すか?』
『いやー、それはどうだろうな。突然見知らぬ男が家に来て、あなたのお嬢さんには霊がついています、なんとかしましょう?なんて、どこぞの
『…ならアレを受けたらどうだ?もっと動きやすくなるだろう?』
喜治が苦虫を噛み潰すとうな垂れた。
『まあな。アレは…そういう意味では色々クリアにしてくれるんだろうけど、俺的にはヤなんだよなあ。絶対利用されるし…。』
『でも
『うーん、安月給だろ。』
爺はふわりと浮かぶと台所の棚の上の茶封筒を喜治の前に置いた。
『人助けならいいだろうが。』
『わかったよ。』
喜治は茶封筒を開くと中の書類を持ち奥へと消えていった。
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