第63話 忘れてきた病
「ええやんか、野次馬根性は生まれつきでなあ。これを教訓に、聞かれてまずい話は大通りでせんことやな」
「サワラギ!」
「それより本題や。……好きにさせたったらどうや。案外、この兄ちゃんの方が俺らより賢いかもしれんぞ」
「どういうことだ」
苦虫を噛みつぶすツカサに、サワラギは振り返った。
「よー思い出してみ。一緒の部屋におって、一番感染の可能性が高い兵がぴんぴんしとった例もあったやろ。謎の症状に対して俺らが勘違いして、伝染病と決めつけとるって可能性はゼロじゃない」
ツカサがぐっと言葉に詰まった。
「このままじゃ埒があかんし、やるだけやってみたらどうや。ずーっとこの坊主を見てきたが、嘘がつけるような奴でもないし、感染するかもしれん奴に近付くほどバカでもないで」
早口でまくしたてるサワラギを見て、ツカサは何か言いたげな顔になったが、その全てを飲みこんだ。
「できるだけ早々に終わらせてください。そして、医師による経過観察を受けていただきます。異論は認めません、いいですね」
「ありがとうございます!」
ツカサに一礼して、
「すみません。治療のために、ちょっと調べたいことがあるんですが」
「誰だよ……」
弱々しい声で、顔色の悪い兵が言う。しかし、反抗するのも面倒くさいのか、暴れるとか逃げるとかいう素振りは見せなかった。
「辛いと思いますが、まず椅子に座ってみてください」
周りの人に手を貸してもらって、へたりこんでいた兵を椅子に座らせる。
「もう少し高めの椅子にしてください。足が地面につかないくらいで」
「そんなの、ぐらぐらして落ち着かないんじゃないか?」
「落ちないように誰か、肩のところを後ろから支えて。そう、そんな感じ」
兵の姿勢が安定してから、大翔は箒の柄で兵の足──膝の下あたりをぽんと叩いてみた。しかし、兵の足にはなんの変化も見られない。
「……これで何が分かると?」
ツカサは少し離れた場所から、あっけにとられた表情でこちらを見ている。
「もう大丈夫。ご協力ありがとうございました。寝かせてあげてください」
兵が担架に戻されると、大翔は
「さっきと同じ事を、今度は灯にやってみます。どうなるか、皆さんよく見ていてください」
大翔が同じようにして灯の膝を叩くと、間もなく灯の足先がくいっと上に持ち上がった。起こったことは、ただそれだけである。劇的な反応ではないから、目の当たりにした面々もどう反応していいか迷っていた。
「だからどうしたと言うんですか?」
「倒れた人々がかかっているのは、感染症じゃない可能性が高いです。おそらく、栄養失調による『脚気』でしょう」
「カッケ?」
ツカサがいぶかしげに眉をひそめるので、大翔は言い添えた。
「あ、ああ。俺の生まれた地域ではそういう名前で呼んでたんです。主食に精製した植物を大量に取り、おかずをあまり食べない食生活をしてるとなってしまう病気で。ここの献立も見せてもらいましたが、その時からちょっと危ないかなと思ってたんですよね」
「そんなことで、何人も倒れたり死んだりするんか?」
サワラギの問いに、大翔はうなずく。
「うちの国では国民病とまで言われたくらいです。ある戦での戦病死での大半を占めたなんて話もあるほど、あなどれない病気ですよ」
頑丈な兵士であっても、体内のバランスが崩れてしまえばなすすべもない。栄養状態の悪い戦場では、なすすべなかっただろう。だがここはまだ前線ではなく、やり直せる可能性はある。
気色ばむ大翔を見て、ツカサは眉間に皺を寄せた。
「治療法はあるんですか?」
「食事の変革が一番の薬です。赤身の肉をちょっとだけ焼いて、未精製の穀類を使った飯やパンをつけるだけで違いますよ。その上でゆっくり食事の全体的なバランスを見直せば、治る人がたくさんいるはずです」
「……それは大事ですね。すぐにできるとは思えません」
「お願いします、俺も手伝いますから……」
ツカサが難色を示すので、大翔は食い下がった。
「兄ちゃん、それは大分勝手言うてるで。軍の食事決めるには、ちゃんと専門家の会議が開かれとる。いきなり大ナタ振るえ言われて、納得する人間はそうおらん。しかもあんたはデイトの人間やろ」
大翔はちょっと恥ずかしくなってうつむいた。確かにここに来たばかりなのに、図々しく色々言い過ぎたと反省する。
ツカサにも謝らねば、と大翔が彼の方を見ると、当の本人は顎に手を当ててなにやら考え込んでいた。
「こういうのはいかがですか。療養所に連れていって、まだ食べられる病人を二群に分けてみましょう。一つは今までの食事を、もう一つはあなたがおっしゃる食事をとらせます。無駄と分かればその話は現場止まり。結果に劇的な違いがあれば、上層部も考えを改めるかもしれません」
大翔はぽかんとしてツカサを見つめた。ツカサは肩をすくめて言う。
「……仕方ないでしょう。ここまで来たら、付き合います。それにあなたには食の神が憑いているのですから、ひょっとしたら我々には分からない何かを感じ取ったかもしれませんし」
「あ、ありがとうございます!」
ツカサは自分で理屈をつけて納得していた。サワラギはそんな様子をしげしげ見て、つぶやく。
「俺の言うこともそれくらい信用してくれたらなあ」
「お前のは身から出た錆と言うんだ、呆け」
絶対零度のオーラを己の周りにまといながら、ツカサは足早に立ち去っていった。
驚いたことに、翌日さっそく大翔は厨房での料理を許可された。軍隊では増え続ける病人をもてあましていたらしく、さっそくやってみろと逆にツカサは急かされたらしい。
「ええと、じゃあ始めます。とりあえず二十人前は俺の担当で」
初めての台所でどこにどんな器具があるか分からないまま、調理実習のようなものが始まってしまった。幸い、大翔が指定した材料はツカサとサワラギがどこかから集めてきてくれた。
大翔はふうふう言いながらフライパンで全粒粉のパンを焼き上げ、豚肉を使ったブラウンシチューを煮込む。普通に食べられるならこれでよし、弱った兵向けにはパンがゆにしたり、肉をすりつぶして食べやすく加工するつもりだった。
「なんだ、今日の飯は豪勢だなあ」
「でも、飯が変な色じゃないか。ただでさえ体がつらいのに、こんな物出されて……」
いざ出してみると、まだ比較的元気な兵の中には、喜ぶ者も愚痴を言う者も両方いた。しかしツカサの厳命もあり、食事は残さず平らげられた。
そんな日が二週間ほど続き、一回目の効果判定日がきた。
結果はツカサが目を瞠るほどのものになった。今までと同じ食事をとっていた群は症状改善なし、または悪化だったのに対し、食事を変更した群はわずか一週間ほどで劇的な改善をみせた。
さらに、かなり症状が悪化した者にも、食べやすく加工した大翔のパンやシチューを与えてみたところ、こちらでも体調がよくなってきていた。さすがに軽症の者と違って完治に時間はかかるようだが、不治の病になったのではないと分かった兵たちは冷静になり、治療にも意欲をみせているという。
「この様子では、カッケとやらは本当に過去のものになるかもしれません。上にも報告して、検討してもらっているところです」
「その検討が何年続くかが問題やけどな」
サワラギが鼻を鳴らした。
「ツカサ、強めにがっといっときや。今の首脳陣、医学的知識に関しては完全に阿呆やからな」
「……私が言わなくても、これほどの根拠があれば上は必ず決断するだろう。お前に言われる筋合いではない」
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