第58話 戦の前の皮算用

「一応、海戦ではそう劣った戦力ではないと聞いているよ。ただ、問題なのはさっきの話にあったように、陸軍だ。元々シレールは陸の方が強い国だしね」


 大翔ひろとたちに解説するように、黙っていたラシャが口を開く。


「だからヒノエは、デイトにある程度抵抗してもらわないと困るんだよ。前にも話は出たけど、軍事力が西側に偏っていれば、東にいきなり大軍勢を送り込むのは難しくなるからね」

「でもこんなに極端な差があっちゃ、分散させたって同じことじゃないですか!? よくも前回は互角みたいな顔でしれっと座ってましたね!」

「小国だって言うたやろ。それくらいそっちでアタリつけな」

「この話、今からでも断った方がよくないか?」


 あかりが呆れていると、サワラギがすっと目を細めた。


「その心配ならヒノエの上層部もしとる。どんなに頑張ったって、国力が違いすぎて全面勝利なんて夢のまた夢や。だからこそ、目指すのは短期決戦と局地戦での派手な戦果」


 サワラギの言わんとすることが、大翔にも少し分かりかけてきた。


「つまり、相手に『この戦は厄介だ』と判断させて手を引かせるってことですか。そんなにうまくいきますか?」

「戦が長引けばシレールの皇帝は必ず困る。実際、シレールの国内では貧富の差がかなり激しい。徴兵や追加税が重なれば反乱の可能性は大いにあると、ヒノエは見た。相手も、そんな崖っぷちには立ちたくないやろ」

「事情通顔をしているが、それではまだ憶測の段階を出ないではないか。こちらが兵だけでなく、神憑きを賭けるに値する何かを提供せよ」


 大翔たちの後ろの士官が苛々という。サワラギはそちらに視線を向けながら言った。


「西の大国、アステリア。現在、西で急激に発展して大国の仲間入りを果たした新興国。その首長に連絡して、停戦の仲立ちをするよう頼んであるわ。シレールもさすがに三方面作戦はしたくないやろうから、十分抑止力になる」

「その首長は信用できるのか?」

「青白い、出来損ないの餅みたいな顔しとるけど、合理的で利に聡い。邪魔なシレールの鼻柱を折れるなら裏切りはせんやろうな」


 顔の造形は関係ないだろうと大翔は思いながら、ふとつぶやく。


「でも、それってある程度戦った後の話だよな……とにかく勝たなきゃ、話にならない」


 その言葉を聞いた軍人たちが、同時に灯を見た。灯は不愉快そうに答える。


「なんだよ。あくまで今回戦うのはヒノエだろ。私はテルースを迎えに行くだけだ。頼りにされても迷惑だぞ」

「いや、それで済むかなお前。タダっつっても、国家の金のやり取りがないってだけで、こいつら絶対何か企んでるぞ」


 大翔がささやくと、それを見透かしたようにサワラギがけけけ、と嫌な声で笑った。


「二人とも分かってはるようで何より」

「……隠しもしないのか」

「作戦に参加するんや、王子様お姫様扱いとはいかんで。大いに働いてもらった後には、ちゃんと報酬も出すけどな」


 灯は憎々しげにサワラギをにらんだが、中にいるフロムは喜んでいた。それも重なって、苛立った灯はサワラギに指をつきつける。


「この貸しは大きいぞ。嫌と言っても強制的に取りたててやるからな」

「へいへい、せいぜい覚悟しときまっさ」


 途中で色々あったものの、両陣営はついに歩み寄った。シレールに移動を気付かれないよう、大翔たちと少数のデイト軍人たちは商船に乗った上でヒノエを目指す。そして現地部隊と合流、それからテルースのもとへ向かうと決まった。


「デイト内を流れる川を下り、外界に面しとるクランまで下って、そこからは海路や。明日は早いから、今夜は夜更かしせんとき」


 恐ろしいことに、サワラギは早くも移動の手配をつけていた。その日は会議場に止まり、朝一番で川を下る船に乗るらしい。大翔たちの荷物は、今夜のうちに宿舎から運び込んでもらうことになった。


 その夜は緊張で眠れないかと思ったが、考えている間にいつの間にか瞼がすこんと落ちていた。灯も同じだったらしく、翌朝再会したときにはすっきりした表情になっている。


「お、来たな」


 二人で一階ホールに行くと、すでに同行する面子は全員揃っていた。サワラギが立ち上がり、大翔や灯に化粧を施してくれる。こんなことで変装になるのか、と思ったが、カツラまでつけてみるとがらりと印象が違うので驚いた。


 服は民族衣装のまま、なるべく目立たないように、黒地に白のラインが入ったシンプルなデザインのものを着る。それが済んだとき、サワラギが満足そうに息を吐いた。


「うん、ええ感じや。二人とも、立派な大人に見えるで」

「……ありがとうございます」

「これなら遊郭にだって賭博場にだってスイスイ入れるで。どうや、この機会に」

「いかがわしい場所に二人を連れ込まないように」


 ラシャがすかさずぴしりと釘を刺した。


「なんや、カタいお目付役やな」

「一般常識を述べているだけです」


 ラシャとサワラギの間に、目に見えない火花のようなものが散るのを大翔は感じ取った。この二人、水と油で混じり合うことはきっとないだろう。


「ま、まあまあ。冗談はそれくらいにして、行きましょう。時間がもったいないですよ」


 先が思いやられるな、と考えながら、大翔は二人の背中を押した。




 大翔たちが川を下り始めた頃、ユトは港町キロロに来ていた。外海と面し、水深も十分で岬によって潮流が遮られるこの町は、昔から良港として知られている。テラウと並び、デイトの物流拠点の双璧と言われていた。


 その言葉に偽りはなく、小さな漁村しか知らなかったユトは町の規模に驚いた。村では硝子の窓なんて網元の家くらいにしかなかったが、ここでは全ての家についている。道も広くて、荷物を満載した馬車がそこらを走り回っていた。


「くそー、ゆっくり観光したいのに……今日は仕事なんだよな」


 ユトは自動車の上から、流れ去っていくキロロ市街を恨めしげに眺めていた。


『しょうがないよ。しばらくここに滞在させてもらえるみたいだから、きっと観光の機会もあるって』


 ツァリがなぐさめてくれるので、ユトはそれもそうかと気を取り直した。実家にいる時は海辺でもまともな魚なんて食べられなかったから、仕事が終わったら存分にその借りを返そうと誓う。


 車が止まった先は港で、軍艦が待機していた。その大きさにユトが唖然としていると、向こうから老将校が近付いてくる。


「お前が例のガキか」


 一言で、ユトはそれが誰なのかを理解した。


「……その節はどーも」


 かがむようにしてガリクはユトを見た。チビ扱いされているようで少々トサカにきたユトは、ややぶっきらぼうに返事をする。


 ガリクはそれを気にした様子も無く、顎に手を当てながら言った。


「やはり食事と生活習慣の影響か、まだ細っこいな。家庭の事情だったから仕方無いが、今日からは儂が指示したメニューをきちんと摂るように」


 そして有無を言わさず、港沿いの食堂に引っ張っていかれた。そこで出された貝や魚のグリルはとても美味しかったが、ユトには量が多すぎる。


「おっさん、残していい?」

「バカたれ。ツァリ神の依代としての責任を果たさんか」


 そう言われて、ユトはちょっと言葉に詰まった。確かにちゃんと食べて動けるようにしておかないと、罪滅ぼしになるような活躍はできないかもしれない。


 結局あまり好きではない魚の内臓まできちんと食べて、ユトは箸を置いた。ほとんど食べ残しがない様子を見て、ガリクは大きくうなずく。


「よろしい。今回の作戦は重要だからな。今のうちに腹を満たして、本番では大いに活躍してくれ」

「じゃ、とっとと今日やることを説明してよ」


 食堂を出てそぞろ歩き、案内された船に乗り込む。甲板に陣取ってから、ガリクはようやく口を開いた。


「今日やることは単純。外海に入りこんだシレール艦隊を、派手に追っ払うことだ」


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