第53話 秘密の進軍
それからは悲しい夜が続いた。神の力を使って港や船を荒らして金品を奪うか、父のうさ晴らしをする。ユトは被害を最小限にしたいが、両親は時が経つにつれて派手な破壊を望むようになっていった。
なんとか両親に被害を出したと言いつくろい、信じてもらうまで長い時間がかかって、終わるとぐったりしながら眠りにつく。そんな毎日は、ユトだけではなくツァリにとっても負担だった。
『さあ行こう……ユト』
「うん、ツァリ」
漁船を襲ううちに、だんだんツァリは怖い声になっていく。忘れられない破壊の記憶が、ツァリを悪神に変えていくようで、ユトはそれが恐ろしかった。最後のささやかな幸せも、いつか壊れてしまうという予告のようで。
誰か、声が聞こえる誰か。どうか、俺を止めてくれ。拝むような気持ちで、ユトは毎日地平線を眺めていた。
あの軍艦に出会うまでは。
リーク村の場所、周辺の地理を大急ぎでつきとめ、一行はそこへ車を飛ばした。村には村人以外の出入りはほぼないというので、近くで自動車を止めてそこからは静かに猟師たちが使う獣道で移動する。
現在、
あまりのスピードだったので、大翔は男が倒れるまで呆然としていた。灯は息も切らさず、淡々とこちらを見返す。
「ガリクの心配が当たったな。森の中に例の宗教連中が縄張りを作ってる。うかつに進むと奇襲にあうぞ。今出てきたのは、隠れる場所がなくなったからだな」
「のんびりした村に見えるのになあ……」
ため息をつく大翔の横で灯が男を縛り、襟首をつかんで物陰に放り投げる。そんなことを数回繰り返すと、森を通り抜けたらしく村の家々が見えてきた。夜が近いため、煮炊きをしているらしき煙が家の上にたなびいている。
家々には目もくれず、一行はまっしぐらに目的の家を目指す。村の中でも外れ、もうほとんど海が見えなくなりそうなごつごつした崖の近くに、小さな家がぽつんとあるのが見えた。
「よし、あれだな」
岩場を抜けて慎重に家に近付く。包囲網が完成したところで、一行は立ち止まった。
「あの家に住んでるのは両親と子供だけと聞いてる。そう重武装しちゃいないと思うが、中の様子が知りたいな」
「わかった、やってみるよ」
大翔はミルカの力を借りて、家の様子を見定めることにした。意識をミルカに預けると、体の主導権が入れ替わる。
人間より遥かに広い視界を持つミルカが見たものが、大翔に伝わってくる。ちょうど、ズームをかけたように窓際近くの様子が見えた。
神の気配を感じたわけではないだろうが、ちょうど奇妙なローブ姿の男性が振り向いた。元は温厚そうな顔立ちだったのだろうが、頬がこけて口元が奇妙に歪み、目ばかりがぎらぎら光っている。胸元で大事そうに小さな金の像を抱え、決して離すまいとしている様子だった。
部屋の隅に座っていた男の妻とおぼしき痩せた女が、時折声をかけているのか口を動かす。それに応じるときだけ、男は窓に背を向けていた。ユトは母親と反対側の隅に座って、何にも興味が無い様子でじっと膝を抱えている。
『大人は男と妻だけ、他の者は見あたらないね』
大翔はミルカから体の主導権を取り戻し、振り向いた。
「武装はなし、こっちに気付いた様子もありません。いけそうです」
「よし、作戦を継続する」
隊長の決定が下ると、隊員たちはきびきびとした動きで家の周囲をひととおり囲み、それから縄を絞るように近付いていく。石で滑って音をたてないよう、大翔もゆっくりと足下を確かめながら歩いた。
近くに来ると、家の詳細が分かるようになった。コンクリートのような色をした家だが、材質は土だ。扉も質が良いとはいえない木を使った装飾のないもので、あまり豊かな暮らしぶりではない様子である。
さっき男が抱え、まぶしく輝いていた金の像とはそぐわない。もしかしたらあれも、ツァリの力を悪用して得た盗品なのかもしれない。
「行くぞ」
ちらりと隊長が皆を振り返った後、大きな音とともに家の扉が蹴り破られた。静かな屋内に、足音が一気に響き渡る。
一行が勢いよく突入した家の中は、綺麗すぎるくらい片付いていた。ひっきりなしに箒をかけたように塵一つない屋内は、なんの匂いもしない。
「デイト陸軍部だ。両手を頭の横まで上げろ。不審な動きをすれば即座に攻撃対象とする、留意するように」
「なぜこんなところに軍人が……」
両親は青ざめた顔になったが、それでも値踏みするように大翔たちをにらむ。ユトは銀色の髪の間から、両親に遠慮するように大翔たちを盗み見ている。それでも、突入の瞬間には彼は喜びの表情を見せていた。
大翔はそんなユトを見つめる。頑張れ、もうちょっとだから。必ず助け出すから。視線に思いをこめて放ち、そして外した。
その横では、ユトの両親が一応指示に従い、両手を挙げていた。父親が持っていた金の像は、近くの卓の上に置かれている。
「君、ここの子供だね。報告では子供は三人と聞いているが、他の弟妹は?」
結果はわかっているのだが、まずは軽いジャブとして隊長が言葉を放つ。ユトは返事に窮した様子だった。首を縮めて、こちらを見上げている。
「なんですか、いきなり」
「やめんか。まずは向こうの話を聞こう」
男の方が妻を諫め、近寄ってきた。近くで見ると、とても贅沢品を持っているとは思えない薄い生地のローブと、底がすり減った靴を履いている。
口をつぐんだ妻の様子を見て、大翔はこれは手強いかもな、と思った。まずは一番わかりやすい子供の件をつっこんで、相手がボロを出すのを待つ。そこからだんだん余罪につなげていけばいい。
「子供の不思議な力を使って馬鹿なことをしている親がいると聞いてな。首根っこつかみに来た。他の子たちは人質ってところか?」
「まあ、うん。お前はそういう奴だ」
灯は最初からやり合うつもりらしく、知っていることをほぼぶちまけてしまった。普段は理屈が通じない奴ではないのだが、怒り心頭に達するとそれどころではなくなる。大翔が因縁をつけられた時と一緒だ。
大翔と隊長たちはかろうじて真面目な表情を守りつつ、両親に再度向き合った。まだ父親は余裕の残った様子で灯に相対している。
「馬鹿なこととは、いったいなんでしょう」
「周辺の海を荒らし回るおかげで、漁師たちは海に出られない。それだけじゃないぞ。さっき、軍艦に乗ってたら水に追い回された。他にも色々余罪があると見てるんだが、ホントのところはどうなんだ?」
父親は灯の問いを鼻で笑った。
「しつこくおっしゃっても、他の子供は教団の施設に預けただけです。他のことは記憶にありませんな。私や妻、それにこの子が軍艦を追いかけ回す? そんなことができるように見えますか?」
否定とかいうレベルではなく、けろりと忘れた体をとられた。傍らの妻もしきりにうなずき、夫婦で一緒になって隠し通そうとしている。
離れたところにいるユトはちらりと両親を見上げた。遠目にも、彼が震えているのが分かる。ここが攻め時と判断した大翔とミルカは、神憑きにしか聞こえない言葉で話しかけた。
『ユト。ツァリ。君たちそのものが証拠だ。一回でいい、勇気を出して見せてくれ』
確かに言葉を聞き取ったユトは、迷いながらも立ち上がった。ふわりと揺れた神先が黒く染まり、おどおどとしていた緑色の瞳も、黒曜石のような輝く黒色に変わっていく。
「お、お前! その姿は!?」
「僕は水神ツァリ。デイト五大神の一柱だ。……まあ、この変化を見れば神憑きなのは一目瞭然だけど」
ツァリはにっこり笑った。
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