第51話 大嘘つきがふたりいる

 翌朝ユトが目覚めると、弟妹たちがきゃあきゃあとまとわりついてきた。昨日の品がどうなったか聞きたいのに、振り切れなくてユトは困ってしまった。


「ミト、セト。そうまとわりついちゃ、お兄ちゃんの着替えができないじゃないの。外で焚き付けの枝でも探してらっしゃい」

「はあい」


 母が弟妹を追い払う。それと同時に父がこちらをのぞいてきたので、ユトはこの機会に飛びついた。


「昨日の、あれ、だけどさ」

「ああ、指輪はちゃんと荷物の中にあったよ。よくやってくれた」


 父はそう言って、白い歯を見せて笑う。ユトは見ていられなくて、目を伏せた。


「……ごめんなさい。でも、他の物もいろいろ持ってきちゃった」

「なに、心配ない。指輪以外の物は、ちゃんと見つけてもらえるようなところに戻しておくさ。後は父さんに任せなさい」

「うん」


 うなずいたものの、ユトの気は晴れなかった。弟妹ももう家の近くにはいなかったため、ユトはぶらぶらと村へ行き、小さな通りをそぞろ歩く。


 あえて耳をそばだてているわけではなかったが、小声でささやかれる噂話はしょっちゅう聞こえてきた。


「網元様のところの話、聞いたか?」

「気味が悪いよねえ。どこも壊されてないのに、貴重な宝石や小物だけがごっそりなくなってたんだって」

「中には大奥様の形見もあったらしくて、犯人を見つけた奴には報奨金をくださるそうだが……そんな手練れが、俺たちに捕まるとは思えんがね」


 村では奇妙な泥棒のことが話題になっていたが、犯人までは分かっていないらしく、ユトをじろじろ見る者など誰もいなかった。それでも誰かに見咎められたらどうしようと気が気ではなかったし、村の景色が今までと全く違うものに感じられた。


 夕方までそうやってぼんやり話を聞いていたが、ユトは結局誰とも話さないまま、俯いて家に戻った。


「おお、ユト。母さんが取り戻した指輪をはめているんだ。見てみなさい」

「久しぶりだけどとてもしっくりくるの。やっぱり、おばあちゃんの物だからかしらね」

「……そう、良かったね」


 父と母はとても上機嫌だったし、近くで見ると指輪の美しさは際だっていたけれど、卑怯な真似で手に入れたものが近くにある、というだけで嫌な感じがした。だからユトは卓の上から目をそらしながら言う。


「夕飯の支度はどうしたんだよ。まだなら手伝うけど」

「それより先にしなければいけない話があってな。ユト、水の力を使って、神殿の泉をいっぱいにしてほしいんだ」


 出し抜けにそんなことを言われて、ユトは驚いた。


「……待てよ、父さん」


 まだ父が本気で言っているとは信じられなかったし、信じたくなかった。軽く言えば聞いてくれると、たかをくくっていたのだ。


 しかし、いくらユトが笑っても、両親は笑い返してくれない。これは正面からぶつからないとどうしようもないと、ユトも覚悟を決めざるを得なかった。


「父さん。神殿って、あの山の上のところだろ」

「そうだ。そこで週末、神の威光を示す儀式を行う。泉の奇跡は、集まった人々の胸に深く刻まれることになるだろう」


 確かに、衝撃的な展開になることは間違いない。しかしそれはツァリの力であって、父が信仰する神とは全く関係ないのだ。


「だけど……そんな、みんなを騙すようなことしたくない。こんな風にしたって、全然楽しくないんだ」


 胸が痛くて、弱々しい声しか出なかった。それでも頑張って、言いたいことは伝えたつもりだった。しかし父は、真面目に聞くどころか苦笑してみせた。


「そんなことを気にしていたのか。これは神に仕える者の役割なんだ。お前に宿った特殊な力は、これからは真なる神の威光を示すために使うんだぞ。それを面倒がるんじゃない」

「でも」

「それ以外に、お前に力が下される理由が思いつくか? 分かったらさっさと今日は寝なさい」


 両親はユトの反論をあっさり跳ね返した。そして楽しげにああしようこうしようと話し合っている。もう勝手にどうするか決めてしまっている様子だ。


 困惑していたユトは、この時あることに気づき、目の前が真っ暗になった。


「……父さん。ミトとセトは、どこへ行ったんだ? こんな時間に家にいないなんて、今まで一回も無かっただろ」


 弟妹には、あまり両親に迷惑をかけるなとユトが言い聞かせてきた。だから小さい子にしては珍しく、断りもなく夕食に遅れることはなかったのに。今日は、家の中にもその周辺にも、二人の姿がない。


「ミトもセトも、神の言葉を聞ける年になったんだ」

「なんのことだよ!?」


 話はかみ合わないまま、そして唐突に、両親はこんなことを言い出す。


「ミトとセトは、教団の施設で預かってもらうことになった。急なことだが、さっきこの家を出ていったよ」

「そんな……」

「お前が悪いことをしなければ、二人は罰を受けることもなく健やかに暮らせる。なんの心配もいらないよ」


 脅されている、とユトは感じた。冷静に話し合わなきゃ、と思うものの、この場に座っているだけで精一杯で、言い返すことなどできそうにない。


「そうよ。ユトもきちんと神様の恩に報いるため、奇跡のお手伝いをしなければね。川もない山の頂上の神殿に水がわき出るなんて、神意の象徴のようでとっても素敵だわ」


 母もユトの味方をするどころか、指輪を見つめながらうっとりしているだけだ。ミトもセトもいない状況で、驚くことに何も動じていない。


 怖い。二人だけで相談して、弟妹たちをすでに隠してしまったのか。わずかな知り合いしかいない、見知らぬ土地に。目の前の父母が崩れ落ちて、素早く別の何かに変わってしまったようで、ユトは呆然とするしかなかった。


「神の威光を広めることに間違いはない。今までの説明で、それがよく分かったかな?」

「……はい」


 うなだれて、ユトはわずかにそれだけを口にした。




 結局、次の週末に儀式は行われた。ツァリが取りだしてきた地下水が神殿の人口泉を満たすと、集まった人々が驚愕して声をあげる。


 両親はそれを満足そうに見つめ、信者獲得に動き回っていた。ユトは結局、仕事を終えたら誰にも構ってもらえないので、父に声をかけて一人で家に帰ってきた。


 下りとはいえ、山道は疲れる。それに力も使ったからなおさらだ。ユトは家に着くなり、寝床に倒れこんで眠ってしまった。


『ユト。ユト』


 ツァリの声に気付いて目覚めた時には、もう月が空高くあがっていた。ユトは瞼をこすりながら、ゆっくりと体を起こす。すると、窓際の寝床にいたはずなのに、なぜか家のほぼど真ん中で眠ってしまっていた。


「これは……」

『君の寝相が悪いわけじゃない。眠って意識が無いときは、僕が君の体をちょっと動かすことくらいできるんだ』


 重要なことをさらっと言われて、ユトは仰天した。


『ごめん。本当は内緒でこんなことしたくなかったんだけど……大事なことだから、落ち着いて聞いて欲しい』


 ツァリは少しきまり悪そうにしつつも、きっぱりと言った。


『怒るところなのかもしれないけど、正直それを通り越してる。君の父親も母親も、嘘つきだ。そのまま、前を見て』


 言われるがままにすると、きちんと片付けてあった室内の中で、ある棚の引き出しだけが乱れている。ユトはそちらに近付いていった。


 開いている引き出しの中に、袋が入っている。小さなその袋は、不自然な形に膨らんでいた。ほんの少し触れるだけで、紐がゆるんで中身がこぼれ出す。月の光を受けたそれは、わずかな光でもはっきり分かるくらいきらめいた。


 金色の飾り縁がついた煙草入れ、緑の宝石がついた指輪、螺鈿入りの手鏡など……父が引き取って元に戻すと言っていた小物類。間違いなく、ユトがあの日盗み出した品々が丸ごと残っていた。

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