第47話 戦いの行方

 当てずっぽうではない。話をしてからも人影の動きを見ていた大翔ひろとは、あることに気付いていた。ツァリは多少揺さぶってはくるものの、決定的に船にダメージを与える行動は意図的に避けている。


『うん……僕もそう思う。船に真上から水をあびせられるなら、横腹を狙うことだってできたはず。それに、あの子供のこと』


 言いはしなかったがミルカも気付いていた。あかりの様子を思い出すまで分からなかった大翔は、自分の目を恥じる。


 子供は、よく思い出してみれば、ラシャが助けに行く前に、すでに小さな波によって岸に押し返されていた。そんなことができるのは、水の神くらいしかいない。


 ツァリは漁村の人々を陸地に閉じ込めはしたが、きっと殺したいわけではないのだ。そう信じた大翔は、次にツァリが海を荒らした理由を知りたいと思った。


 最初はとりつくしまがなかったフロムだが、大翔たちにあれこれ言われるのが鬱陶しくなったのだろう、次第に折れた。ただし、貸しを強調されたので後でさぞかし怖いことになるだろうが。


「こっちだ、ツァリ。話がしたいなら聞いてやる。……フロムが」


 大翔の呼びかけに、水面がわずかに持ち上がる。そしてやや間をおいて──まるで、しょうがないからこいつで我慢してやるかとでもいうように──持ち上がったあたりが黒く染まった。


「魚雷が当たればなんとかなる! フロム神と相対して、動きが止まっている今が好機だぞ」


 興奮した様子でガリクが檄を飛ばす。さすがにそんなことをやったらまずいんじゃ、という視線を大翔が向けると、彼はそれに気付いて振り返った。


「なんじゃ」

「あの……魚雷って水中で爆発する、あれですよね」

「ああ。水中は破片の衝突による力は弱まるものの、衝撃波が空気中より拡散されんので船体を上下にねじ曲げることができる。魚雷が船底に当たれば大きな船ですら、破壊に手間取ることはない」

「そんなものを使うのはちょっと思いとどまっていただきたいんですが……」

「あやつが味方の可能性があるからか?」


 おそるおそる本音を打ち明けた大翔に対して、ガリクはちょっと眉を持ち上げてみせた。


「気付いておられたんですか……」


 ガリクはちらっと視線を巡らせ、人目がないのを確認した上でさらに続けた。


「相手を観察するのは戦の基本よ。どうにもあいつ逃げ回るかおちょくるばかりで、決定的な行動をせんからな。若造が分かることを、老骨の儂が気付かんでどうする」

「じゃあさっきのあれは……」

「なんにせよ、奴が儂らに働きかけて『戦っている風』にしたいのは確かそうだったからな。どうだ、なかなかいい演技だったろう?」

「……はい、とても」


 ガリクは大きな掌で、大翔の背中をたたく。


「正体がなんであれ……儂らを引っ張り出した理由が知りたいな」

「はい。今、フロムがそれを聞きに行っています。ミルカは怖がって、二柱の会話を聞こうとしないんですけど」

「それではフロム様に任せるとしようか。さて、魚雷の準備だ。心配しなくても当てたりせんわ」


 ガリクはそう言って笑った。大翔の胸に、分かってもらえたという安堵が広がる。安心して、視線を海上に戻した。


 ツァリが居場所を知らせるように、海面に渦を作っていた。それに近寄っていくフロムの炎が、水面を明るく照らす。


 その光は徐々に強くなっていき、彼女が飛び出してきたツァリに向かって両手を伸ばすのが見えた。なんかそうしてると女神様っぽいなあ、と感動した次の瞬間、大翔はあることに気付いた。


「あれ首をしめる時の手つきだ」


 戦闘神にそういう聖母的な役割を求めてはいけなかった。それでもなんとか話はしているようで、大翔はほっとした。


 宙に浮いた神が話し始めて、十分もたった頃だろうか。船から、必殺の魚雷が出て行く。それはむき出しになっていたツァリの体から、ほど近い場所に当たったようで、海中から煙と爆発音があがった。


 次の瞬間、魚雷のものとは違う煙が船に向かって押し寄せてきた。目の前が真っ黒い煙で満たされ、一瞬大翔の息が止まった。後ろにつんのめって転びそうになる前にかろうじて足で踏ん張って体を支えるのが精一杯で、何も考えられない。


 視界がはっきりしてきたのは、数秒後か、または数分後か。次から次へと流れてくる黒い煙が、ようやく薄れてきてからだ。


 夢から覚めたように兵士たちが動き出し、大翔はようやく冷や汗をぬぐった。幸い、大怪我をした者は視界の中にいない。


 思わず天をあおぐと空には灰色の雲が流れ、その奥から夕日の光が漏れている。まだ海面からは、ツァリが発した黒い煙がたちのぼっていた。


「フロム、無事か!?」


 大翔の声が聞こえたかのように、煙の中からフロムが飛び出してきた。それを最後に、すっと煙が空に向かって流れ出す。すっかり煙がなくなった後の海面は、見渡す限り凪いでいた。


「良かった。ツァリは?」

「帰ったわ。無様なガキが」

「ツァリ神から話は聞けたんだな」

「せこい真似をする奴がおる、というのは分かった。……全く、これでは無視するわけにもいかんではないか」


 甲板に降り立ったフロムは、石でも飲んだ後のような顔で吐き捨てる。その言葉には、多分に軽蔑が混じっていた。ツァリから何を聞いたのか知らないが、面白い話でないことは確かだったようだ。


「おお、無事のご帰還おめでとうございます」


 ガリクがフロムに向かって頭を下げた。


「まだフロム神はご健在ですが、兵士の中には怪我をした者もおります。一度港へ帰還しようと思っておるのですが」

「……好きにせい」


 フロムは他に考えていることがあるといった顔で、ガリクの言葉に返事をした。




 それから小一時間かけて船が港に到達すると、人が集まっているのが見えた。軍隊関係者ではなく、漁村の住民たちなのが服装で分かる。彼らは泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。


「や、やっつけたんですか?」

「ここから見ても、すごい水柱があがってましたが……」


 疑問に答えるように、ガリクが進み出た。


「心配するな。海面の異常は、間もなく解決するだろう」

「本当ですか!?」

「ただ、少し怪我人が出てな。休む場所が欲しいんだが」


 様子を見に来ていた若者たちは、それを聞いてあわあわしながら村へ走っていった。


 ひどくくたびれた大翔は、怪我人と一緒に荷車で村まで運ばれることになった。急遽話を持ちかけたにもかかわらず、案内された室内はきれいに片付けられている。打ち身で足が腫れたり、水を飲んだりした者を手当てし落ち着きを取り戻した一行は、ようやく一息ついた。


「大したものはございませんが……」

「いや、どうもありがとう」


 よく日焼けした漁師のおかみさんたちがお茶を持ってきてくれる。夕飯もあると言われたが、ガリクは丁寧に断っていた。


 そして周囲に軍人以外いなくなったことを確認してから、彼はおもむろに話し出す。


「……これで本当に、村を救ったことになるのだな?」

「はい。ツァリが海を荒らしていたのには、明確な理由があるみたいです。その原因をフロムに聞いてもらいました。そこを潰してしまえば村の人たちは普通に漁ができるはずです」

「ふむ。やはりフロム様とツァリ様がにらみあっていたのは、話をするためであったか。儂らの砲撃はうるさくなかったですかな?」


 足をだらんと伸ばしていた灯の髪先がわずかに紅潮した。


「いや。あれくらいやってもらわなければツァリの目的は果たせん。むしろよくやってくれた」


 にやりと笑うフロムに、大翔は膝でにじり寄った。


「待ってたぞ、聞いたことを全部教えてくれ」


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