第44話  死にかけの村へ

「まさか。あの男の前では、一度も力を使ってないぞ」

「ないと言い切れるか? 間諜ってのは、相手の隠し事を見つけるのが仕事だろ。ましてや味方の中じゃ、私たちの存在は秘密でもなんでもないんだから」


 大翔ひろとはそれを聞いて頭をかいた。


「今更嘘をついても仕方ないってことか……まあ、確かにフロムの力なら欲しがる国はありそうだもんな」

「後は上がどう判断するかだな。交渉を完全に打ち切ってしまうか、奴の話を聞くか」


 あかりはそう言って大翔と同じように座席に体を預けた。大翔はため息をつく。


「聞くってのはあまりないんじゃないか? だって、こっちには同盟を組むメリットがあんまりないだろ」

「冷やかしじゃないなら、土産くらいは用意してると思うけど。地理的にデイトがヒノエの援護をするってのはかなり無理があるんだから、それをひっくり返せるクラスのな」


 大翔は腕組みして考え込んだ。確かに灯の言う通りかもしれない。勝算もないのに、わざわざ向こうから接触してこないだろう。


「その土産ってのが何なのか、気になるな……」


 大翔の発したつぶやきは、しばらくの間その場にたゆたって、冬の風の中に消えていった。




 ヒノエの申し出は断ることになった、と大翔がザザから報告を受けたのは、その一週間後のことだった。


「向こうはよほど神の力が欲しかったらしく、重ねての交渉を申し入れてきたがな。こちらとしては、わざわざ戦力を薄くしてまでヒノエになにかしてやる義理はない」

「……やっぱり、向こうに伝わってましたか。俺たちが神憑きだって」


 ザザは苦々しい顔でうなずく。これからは箝口令をしくというが、一旦広まってしまった話をおさめることはできないと大翔にも分かっていた。


「向こうは食い下がってきたんだろ? その土産の条件ってのは、なんだったんだよ」


 灯が聞くと、ザザは苦々しげに口元を歪めた。


「……デイト五大神、地の神テルース様とその依代の身柄。協力すれば、デイトに引き渡すと言ってきた」

「ええ!?」


 大翔の中にいるミルカが、にわかにうるさくなってきた。迎えに行こうと、今までかつてないテンションで騒ぎまくっている。


「それならけっこういい条件なんじゃ……」

「よく考えてみよ。フロム様がいなくなってしまったら、その間デイトを誰が守る」

「あ」


 大翔は口に手を当てた。確かに、五大神クラスの戦力が抜けて、代替もないとなると迂闊に出すのは危険すぎる。


「それに、懸念事項はまだある。今日、新たな情報が入った。内海の沿岸部で、新たな『神憑き』が事件を起こしているかもしれない」


 ザザはさらに元気のない様子で言った。


「海が、この時期では考えられないほど荒れている。しかも、天気は全く悪くないのにだ。漁で生計を立てている村にとっては死活問題で、漁師から役所に調査の請願がいくつも入ってきた」

「なんの神が暴れているんですか?」

「……水神、ツァリ。デイトの五大神の一柱だ」


 声を落としてザザは続ける。


「間違いないんですか!?」

「ああ、目撃者の証言と伝承が奇妙なほどに一致する。離れたこちらの町にまで話が届くほどだ、その数は一件や二件ではないからな」


 大翔の口からため息がもれた。


「上層部も動かざるを得ないだろう。神憑きを押し立てて戦おうというところに、こんな暴走をされては今後の戦略にも差し支える」

「……こんな状況じゃ、ますますフロムは国外にやれないってわけですか。水神が暴走した時、それを止められるのは彼女だけだから」


ザザはうなずく。その時、大翔はあることをひらめいた。


「暴走……でも、依代が拒めばそれを止められるはずじゃ? 依代が意識を握ってる時に、説得したらどうですか」

「それがな……依代のちゃんとした姿を見た人間がいないんだ。知っての通り、神が表に出てくると風貌がかなり変わるからな。しかも、海の水に紛れてちらちら見えるだけって言うし」

「どこの誰かも分からない、と」


大翔の結論に、ザザがため息をついた。


「乱暴を許すくらいだ、あまり良くない人物の可能性がある。操られているとか、違っている可能性はあるが」


 それを聞いた大翔はなんとなく不愉快な気分になった。何故そんな人物が依代に選ばれたのか。偶然か、それとも邪悪になった神が合う人間を選び出したのか。そして、デイトの神がデイト民を虐げる目的は何か。頭の中で疑念がぐるぐる渦巻いて、止まらなくなってきていた。


「なんか、ごめんなさい」

「いや、君らのせいではないよ。そういうわけで、一度君たちに現場を見てもらえないかと思っている。ツァリ神が何か意味があってこんな行動をしているとしたら、話を聞くのが一番手っ取り早いからな。出発は二日後だ」

「分かりました。灯に話しておきます」


 さっそくそんな約束をして、その夜帰ってきた灯を捕まえると、彼女はげんなりした顔をした。


「この国、神憑きの人使い荒すぎないか? 次から次へと、事件ばっかりじゃないか」

「そう言われてもなあ。俺たちが戻ったのが引き金みたいなとこあるし、しょうがないんじゃないか」


 大翔が言うと、灯は鼻を鳴らした。なんだかんだ言って、漁村が困っていると聞けば灯は見捨てはしないだろう。そういう奴だ、と大翔は己の幼なじみを信頼していた。


「あ、そうだ。またフロムに聞いてくれよ。ツァリってどんな奴なんだ?」

「お前もミルカに聞けよ」

「いや、ミルカはあくまで眷属神だからさ。自分の主神はいくらでも語るけど、他の五大神のこと詳しく知らないって言うんだ」

「しょうがないなあ……」


 灯はそう言ってまた内部の神との対話に入った。妙なことに、時間がたつにつれて灯の視線が鋭くなってくる。


「……どうした?」

「気に入らんガキ」

「え」

「だ、そうだ。ツァリも、フロムとはあんまり仲良くなかったみたいだな」


 力を合わせてデイトを守るという共通の目的があるはずなのに、この体たらくはどういうことだ。まさかこいつら、同行中ずっと喧嘩してたんじゃないだろうな、と大翔は不安にならずにはいられなかった。





 作戦決行日になり、大翔たちは車で海岸線までひた走る。まずは漁村の現状をこの目で確認し、村人から新たな被害がなかったか聞き取り。海軍の船は大きくて村近辺の浅い海には近寄れないため、少し離れた港で合流する予定だった。


「よし、ここで降りてくれ」


 車両の見張りを行う兵士を残し、大翔たちは徒歩で少し歩く。五分くらいで、小さな村の姿が見えてきた。家というより小屋に近いような建物が多く、あまり裕福な村ではないらしい。


 漁村は静かで行き交う人も多くなかったが、ラシャたちが村長の家を訪ねると、寄り合いをしていたらしい大人たちがわっと寄ってきた。変わった格好の大翔たちが混じっていても気にならないらしい。


「お約束していたラシャ・ベリーエフです。これから海軍と合流して海域の調査に向かいますが、何か新たに起こったことはありますか?」

「いや。相変わらず船を出そうとすると海が荒れて、全く沖に出ることができねえってのが続いとります。海岸で貝や海藻を拾うことはできるんですが、そんなもんでは大した収入になりませんでな……」


 困り顔の村長が、一同を代表して答えた。ラシャはうなずき、こう切り出す。


「少し海岸を散歩してもよろしいですか。何か見えるかもしれませんし」


 潮くさい匂いが風に乗って漂ってくる。その先へ進むと、紐でくくられ、港に放置されたままの漁船が頼りなげに揺れている。その寒々とした光景が、大翔に残酷な現実をつきつけてきた。


「これはひどい。少しずつ村が死んでいってしまうようなものだ」


 子供たちは歌いながら貝取りをしているが、大人たちの表情は暗い。自分たちが拠り所にしてきたものから全否定されたような仕打ちで、精神が参り始めているのは明らかだった。


 それを実証するように、突然大きい波が砂浜に寄ってきた。子供の一人が波にさらわれるが、ぼうっとしていた大人たちの反応が一瞬遅れる。大翔も唖然としていたが、さすがに走り出したのが早かったのがラシャだった。


 彼が波打ち際に駆け寄って、手を水の中につっこむ。間もなくして、波の流れの中から子供がぐいっと引っ張り出されてきた。


 子供は何も分かっていない様子で目をぱちくりさせていたが、水を飲んだ様子もなく顔色も良い。大翔はほっと息を吐いた。


 母親らしき女性があわてて駆け寄ってきて、ラシャに何度も礼を言う。その傍らで、女性たちがしきりにつぶやいていた。


「軍人さんが来てる時でよかったよお、ホント」

「あたしらも側にいたのにね、ごめんね」


 その様子を微笑ましげに見ながら、ラシャは子供の母親に微笑みかけた。


「生活の不安があれば、注意がおろそかになるのはよくあることです。あまり気に病まれませんように」

「いえ、言い訳にもなりませんで……本当にありがとうございました」


 どうやらこれで一件落着だ、と大翔が安心して目を横にやると、灯はまだ夢でも見ているような顔をしている。

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