第43話 剥がれた嘘

「そのことについては上層部が考えることだから気にしてないが……他に一つ」

「なんだね」

「お前は一体何者なんだ? 本物の博士はどこだ?」


 大翔ひろとは静かに、サフラに向かって言い放つ。


「……ははん。バレてたか」


 サフラの声が、今までとがらっと違うものになった。周囲が目を瞠る中、サフラがゆっくりと顔を上げ、頬に手をやると、びりっという大きな音がした。顔の皮膚にくっついていた何かが、みるみる剥がされている。


「化粧か。騙されたぞ」


 あかりが低くつぶやくと、サフラだった何かが低く笑った。


「顔は化粧で……体の方は巻けばなんとかなるわ。太った人間は痩せた人間に化けられへんが、逆は可能やからな。間近で見ると、なかなかおもろいやろ」


 皆が驚きで目を瞠る中、ついにサフラに化けていた本人の全身があらわになった。


 重そうな肉襦袢の中から出てきたのは、格好良いとすら言えるようなスタイルの良い若い男。年齢はせいぜい二十代前半、身長は百六十センチを少し上回るくらい。それなのに貧相には見えない、不思議なオーラのある男だった。


「俺はサワラギ。もちろん本名じゃないが、立場上しょうがないから許したって。ついでに言うと、そっちのシモンも本物やなくて俺の部下な。本物たちは無事で、ここの最上階の部屋でおねんねしとる」


 とりあえずその言葉が聞けて、大翔はほっとした。


 軍人たちは、頭を寄せ合ってどうしたものかと相談していたが、とりあえず二人が博士たちの安否確認のために上へ向かった。


 サワラギはその様子をちらっと確認してから、大翔に向き直る。


「それにしても、何で気付いたん? 喋った内容に絶対間違いはないはずやけど」

「白衣の汚れだよ」

「汚れ?」

「俺も調理服着てバイトしたことあるから分かるんだ。白い服を続けて着てると、人間の皮脂やなんかでまず汚れるところがある。袖口と首の後ろだ」


 袖口はまくったりする人もいるのでたまに綺麗なケースもあるが、襟元はまず間違いなく一番汚れる場所のひとつ。なのに、シモンもサフラも二カ所が綺麗だった。他の場所は汚れているにもかかわらず。


「だから分かった。これは誰かが化けて、わざと汚してみせた白衣を着てるって」


 それを聞いて、サワラギは吹き出した。


「そないなことで見つかるとはな。話をしてる最中も、周りの人間を観察してたわけやね。そういう敏感な人間は間諜に向いとる」


 よく分からない方言が、ミルカを通すと関西弁になって聞こえてきた。それにしても敵に取り囲まれている状況で嬉しそうにこんな台詞を吐くとは神経が太い、と大翔は感心する。


「自分、素質ありそうやな。どや? 優秀な俺が推薦したろか」


 サワラギはさらに顔をくしゃくしゃにして笑った。もともとキツネのような細い目がきゅっとしまって、糸で線を引いたように見える。


 大翔は苛々とそれを見ながら吐き捨てた。


「そんなことどうでもいい。どういうつもりだ、間諜とやら。いるのは知ってたが、こういうやり方は好きじゃないんだけどな」

「俺の存在まで知っとったんかいな。そりゃ間諜としては恥ずかしいなー」


 口調は軽いが、男の口調に怒気が混じったのを大翔は感じ取った。本当のことを言うべきか、と迷っていると、先に灯が口を開く。


「言っておくが、私たちがお前の存在を知ったのは独自の伝手があるからだ。別にお前のお友達が裏切ったわけじゃないぞ」

「……そうかい。それならこっちも仕事が減って、助かるわー」


 彼の言う『仕事』がどんなものだったか想像がつかないわけはないが、灯はつとめて無視しているようだった。


「で、どうしてデイトに来た。騒ぎを起こしたかっただけか?」


 灯の言葉に、サワラギは首を横に振る。


「いいや。同盟の提案に来た」


 サワラギがはっきりすごいことを言い放ったので、今度こそ室内にざわめきが起こった。大翔は何かしゃべろうとするが、口の中が乾いてしまってうまくいかない。


「聞いてるか?」

「いや、初耳だ……」

「それにしてはへりくだったところがないな。願うというなら、それ相応の態度があるはずだが」


 残った軍人たちは少し驚いていたが、すぐに立ち直っていた。大翔たちより、現場慣れしているからだろう。


「別に嘘やないって。お互い、母国がシレールと仲悪いっていう条件は一緒やろ? 組んで悪いことはないと思うけどな。敵の敵は味方やで」


 そんな単純な話があるか、と大翔がいぶかっていると、サワラギはその表情を読んだようだった。


「今日ここですぐ判断しろとは言わんて。お偉いさんがおらんしな。適当な時期に連絡する。今度は逃げも隠れもせんから、また会お。ほななー」

「待て!!」


 一同が大きな声で呼び止める中、サワラギとその部下はさっさと側にあった窓から飛び出していった。追跡をかけるには人数が足りないし、森は入り組んでいて地理を知らない者には不利。結局、大翔たちはみすみすサワラギを行かせることしかできなかった。





「腹立たしい男です。博士の名を騙るなんて……」


 後になって助け出された本当のサフラとシモンは、怖がるより先に頭から湯気を噴きそうなほど怒っていた。


「そうだ!! それに私にかわって勝手に装置のことを語るなど、無礼千万で全くけしからん!!」


 特にサフラは間をあけず矢継ぎ早に話していて、大翔たちが差し出した水や食料には目もくれない。結局、すでに見聞きした装置についてもう一回説明会を聞く羽目になった。


「あ、ありがとうございました……」


 長い話の末、報告用の本や資料をたっぷりもらって、大翔たちはようやく帰路についた。車までがまた長いというのに、重い本は邪魔になるという思いつきは博士にはないらしい。


 顔をしかめながらなんとか車にたどりつき、邪魔になる本を足下に押しやると、大翔はゆっくり背もたれに身を預けた。車の振動が体に響くが、今はそんなことを気にする余裕がないほど疲れている。


「お疲れ」


 隣でねぎらってくれる灯にうなずいて、大翔はぼんやり動いていく景色を見やった。


「本物の博士はマシなのかと思ってたけど、そう違いなかったな」

「シモンさんが甘やかしてるみたいだからなあ……」

「その資料、全部読むのか?」

「ひと眠りしてからな。一応、仕事で行ったんだし」


 大翔の知識では分からないこともあるが、シモンが電話や手紙での質問を許してくれている。闇雲に進めても効率が悪いだろうからと言う彼の行為に、大翔は喜んで乗っかるつもりだった。


「そうか。じゃそっちは問題ないな。後は、サワラギだけか……凶悪とまではいかなそうだけど、本当のことは言わなそうな男だったな」

「仕事柄、自然にそうなってる感じだよな。かなり手慣れてる」


 もちろん大翔もあの男をあんまりよく思ってはいなかったが、ただひょっこり現れただけでなく、機械の説明まで完璧にこなしていたのには恐れ入った。できる男なのは間違いない。


「フロムはどう思ってるんだ? 同盟の件」

「まだ分からないって。ただ、放って置くわけにはいかないのは確かだって言ってる」


 ついでに何故自分に戦わせなかったと文句も言っているらしい。拗ねているフロムはあまり頼りになりそうもないので、今度はミルカの方に聞いてみた。


『僕に聞かれても分からないけど』


 大翔の中からささやくような声が聞こえてきた。


『……でも、同盟の話をするときに、嘘の気配は感じなかった。たぶん、あの男は本気でデイトを仲間に引き入れたいと思ってる』


 ミルカは言うと、大翔の背中側に逃げこんでしまった。その点について、依代と神の意見に相違はないわけだ。大翔はふむと考え込み、やがてはっと目を開いた。


「どうして探し当てたのが俺たちだったんだろう。忍び込むにしたって、あんな森の中にある博士の家より、軍の正式な施設の方がよっぽどよかっただろうに。それなら、最初から詰めた話ができただろ」

「なかなか鋭い考えじゃないか」


 灯がつぶやく。そして彼女は、しばらく考えた末に言った。


「バレてるんじゃないか? 私たちが『神憑き』だって」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る