第42話 最新鋭の機械

 扉の中に入ると、こもった空気と、それに混じった機械油のような匂いがわっと押し寄せてきた。顔をしかめる一行に向かって、シモンが窓を開けながら言う。


「換気扇は回しているんですが、馬力が足りなくて。博士はこういうところにも気が回る人じゃなくてね」


 窓から風が入ってくると、一行はようやく生き返った思いで奥へ進んだ。太い廊下がまっすぐ伸びていて、枝分かれした先が小部屋につながっている。家の最奥に大きな扉があって、その前に立つと何か機械が動いている音が聞こえてきた。


「……博士。入りますよ。博士ー」


 シモンに連れられて室内に入ると、真っ先に銀色の巨大な物体が大翔たちの目に飛び込んできた。巨大な大砲のような、円柱状の塊が。


 筒の横には何やら制御盤のような装置がついていて、その前にはでっぷり太った男性がかがみこんでいた。顔にまでぱんぱんに肉がついていて、首は完全に脂肪に埋もれてしまっている。男性もシモンと同じような白衣姿なのだが、彼が着ていると白衣というよりコック服に見えた。


「あの方が博士ですか?」

「ええ。サフラ・アブラゼ博士。私が最も尊敬する研究者です。博士、視察の方がいらっしゃいましたよ」


 シモンが改めて声をかけてくれるのだが、博士は動かざること山のごとし。本当にこの人を尊敬していていいのかと、大翔ひろとはシモンの将来が心配になってきた。


「……すみません、ひと段落つくまでお茶でもいかがですか」


 そう言ってシモンが踵を返そうとしたとき、横手から白っぽい塊が飛んできてぶつかり、彼を吹っ飛ばした。


 ぽかんと状況を見守ることしかできない一行の前で、シモンが床に倒れる音が響く。その音を聞いて、塊がようやく声を発した。


「シモン!! 完成したぞ、ついにだ!! これで予算獲得は間違いなし、きっと立派な研究設備が手に入るぞ。おい、どうしたシモン!?」


 一旦喋り出したらとにかくうるさい。塊の正体はさっきまで動かなかった博士で、やった記憶もないのか倒れたシモンを見て本気で動揺していた。


「誰がやったんだ!? こんないい奴を」

「あんただよ」


 あかりがあまりにあきれ果てた表情でツッコミを入れた。サフラ博士はそれを聞いて顎が外れそうなほど驚く。


「な、なんということだ。夢中になってまたやらかしてしまったか。しっかりしろ、シモン」

「だいじょうぶです……」


 シモンは復活してきたが、まだ言葉尻が震えていた。それでも博士を慮ってか、彼は立ち上がる。


「それにしても、君たちはどうしたのかね」


 それはこっちの台詞だ──と言いかけて、大翔はそれを口に出すのはやめた。この大きな問題児に何を言っても、全然聞いてもらえない気がしたのだ。


「いえ、我々が装置の視察に来た者なんですが……これが証明の身分証と手紙です」


 サフラは手紙をひったくるようにして取ると、子供でもしないだろうと思うほど雑に封筒を破り捨てた。そして中身を数秒確認してから、大翔たちに向き直る。


「すまん。まさか君のような子供が来るとは思わなかったのでね。そちらの五人もそうか……ふむ、では話をさせてもらおう」


 ようやく頭の片隅から余計なことが消えたのか、サフラはおもむろにしゃべり始めた。


「この超高性能で格好良い処理機は熱水スプレー式だ。処理タンク、熱交換器、クーリングタワーの接続の見事さは、見ればすぐに分かってもらえると思う。加熱は均一・高分散をモットーとして設計されており」

「会っていきなり本気の説明はやめてください」


 不思議そうにサフラがこちらを見つめてくる。何が分からないのか分からない、と彼の顔にははっきり書いてあった。


「こんな面白いことが理解できないと?」

「できるか。こっちは素人だぞ」


 口をすぼめる灯に、シモンが笑みを向けた。


「今回、缶詰めの消毒を行うための加熱器をお探しとうかがいました。一言で言ってしまえば、これは密閉した容器に熱湯を吹きかけて加熱する機械なんですよ」


 シモンはすらすらと答えながら、傍らのわら半紙のような紙に図を描いてくれる。


 大きな正方形の四隅に黒丸が描かれた。これが熱湯の出てくるシャワー口で、中のトレーに入れられたものはまんべんなく湯によって温められる。配置の上下左右にかかわらず中心まで加熱が行き届く仕組みで、トレーを変えれば高さのある品にも対応可能だという。


「今まで湯に沈める形の装置ならあったんですが、それだと浮力や水圧の関係で完成品にムラが出てしまう事例がありました。博士の機械は、その改良版なんです」


 シモンの説明を聞いて、灯は素直にうなずいた。他の軍の面々もほっとした顔になっている。


「今度は実物を見てください」


 シモンが言う方に目を向けると、装置の後方側に、制御装置と配管が固まってついている。おそらくこのパイプの中を熱湯が通るのだろうなと大翔は思った。


「ああ、こちらから入ってくるのは冷却用の水です」

「あれ、熱湯をどこかからくみ上げているわけじゃないんですか?」

「後方のこの四角い装置の中には、熱交換機械が入っています。タンクに流す水は加熱した交換機械に触れることによって温められて熱湯になる。また、使用後の冷却も同じように、冷やした交換機械に熱湯を当てて温度を下げていく仕組みになっています」


 またシモンが描いてくれた図でなんとなくの流れは分かったが、それにしても大翔は納得できなかった。


「……直接あてずに、わざわざ二度も交換機を通す利点があるんですか?」

「はい。この方式なら、加熱・冷却水とタンクの中を流れる水を完全に分離するこ

とができます。外部からの接触を減らすことで、不要な汚染の危険が減り、製品を安全に加工することが可能なんですよ」

「あー、ヨアネさんの食中毒って、そっちの可能性もあったのか」

「確かに、菌ってどこにでもいるっていうからな」


 大翔たちが納得すると、シモンはにこにこと笑ってさらに続けた。


「また、従来の貯水式に比べると使用する水の量はおよそ六分の一にまで減少させることができます。経済・資源的にも、こちらは大変おすすめです」

「いいことばかりのようだが、悪いところはないのか?」


 灯が聞くと、シモンはちょっと考えてから答えた。


「そうですね、旧型に比べて部品が多いので、保守管理の方は少し大変になるかもしれません。技術者の少ない地域に置くのはおすすめしませんね」

「なるほど」


 大翔たちがシモンの話をしている間、サフラはずっと本棚の資料をひっかき回していた。


「貯水式の実物はないが、これを見てくれたまえ。こっちにも、もちろんいいところはあるんだぞ。短時間で処理が可能だし、なんといっても構造が単純だからメンテナンスがしやすい」

「確かに、待たなくていいのは利点ですね」


 結果は目に見えていると思ったが、意外と旧型も頑張っている。大翔が言うと、博士は満足そうに何かを持ってきた。


 博士が取りだしたのは、機械のスケッチだった。青写真の段階ではあるが、かなり細かく書き込まれている。最大の特徴は、目の前の機械と違って銀色のタンクが二つあることだ。


「片方が温めるためのお湯を入れるタンクってことですね」

「その通り!!」

「この後ろにいっぱいついてる機械はなんだ?」

「貯水式は大きな缶詰めだとムラができやすいので、うちでは処理タンクを回転さ

せることでその問題を解決しているんです。そのための装置ですよ」


 灯もだいぶこの場に慣れてきたのか、自分からシモンに質問を始めた。シモンは嬉しそうにそれに答える。


「欠点はやはり場所を取ることと、水が大量に必要なこと。あと、駆動音が新型に比べて大きいですね」

「なるほど。そう聞くと、両方いいものに思えてくるな」


 灯の言葉を聞いて、大翔はうなずいた。


「確かに二つあると面白いかもしれない。作りたいものによって自由に使い分けできるし」

「後は設置場所と費用の問題だよな」


 それを聞いて、大翔はすっと目をすがめた。聞きたいことは聞いたし、そろそろ本題に入るべき時かもしれない。

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