第41話 もたらされた吉報

「戦闘糧食の開発過程は正直知らないんだよ。ほら、ああいうのって国家の秘密にするもんだから、あんまり見えるところにはのってないし。でも、普通の缶詰めやレトルトの作り方はわかるから、そこから考えてみようと思って」


 あかりは納得したようにうなずいた。


「元の世界の安全基準はこっちより厳しそうだしな。ちょうどいいんじゃないか? で、何が必要そうだ?」

「缶と食材は問題ないと思う。製品はちゃんと密封されてたし、デイト国内で原材料が不足するってことはないはずだ。問題は、加熱器だな」


 おそらく、加熱器の出力が足りない、もしくは不安定なせいで、生の食材を入れた時に中心部まで熱が行き渡っていなかったことが食中毒の原因だ。なら、それを解決

できる手段を得ることが当面の目標となる。


「機械か……そりゃ、技術畑の人間じゃないと知らないだろうな。今度は保護者のザザと一緒に探してみたらどうだ。そのへんはラシャに頼んでおいてやるよ」

「そうだなあ。どっちみちどこかに寄って、材料とメニューも決めなきゃいけないし。やりとりする時に、ザザさんがいてくれたら助かるな」


 大翔ひろとはおとなしく、灯に頼んでおくことにした。


「そうとなったら風呂だ、風呂。その間に、夕飯頼む」

「あいよ」


 灯が着替えを持って浴場に向かう間、大翔は部屋にある小さなキッチンでスープを温める。今日は久しぶりに食べる豆のスープと、カレーポテトサンドイッチだ。ちな

みにサンドイッチのポテトには前回なかったベーコンがたっぷり入っていて、平常食仕様になっている。


「お、カレーの匂いがする」


 灯はあがってくるとすぐに大翔にくっついてきた。風呂に入った灯からは石けんのいい匂いがして、大翔は急にいたたまれない気分になる。


「ほら、こぼれるからあっち行ってろ、しっしっ」


 子犬を追い払うときの手つきで灯を向こうに追いやり、大翔は小型カートの上に食事を載せた。そしてそれを転がしていくと──いきなり、フロムが寝台の上で腕組み

している姿が目にとびこんできた。


「にぇっ」


 久しぶりに見た苦手な女神。大翔は思わず変な声が出てしまい、胸の中のミルカは暴れ回る。


「なんじゃ。妾が出てきて何がおかしい」

「予告なくいるからびっくりしたんだよ。食事を待ってる灯が、簡単に体の所有権を

譲ると思ってなかったし」

「悪いが、緊急事態でな。回復し、ここに戻ってきてから近辺に眷属を飛ばしていた。そいつらが報告をよこしてきている」

「いつの間に……ってそうか、灯の寝てる間か……」

「もうそのくらいのことはできるようになったぞ。やはりデイトの土地におると回復が早い。良いことじゃ」


 話をしている間にも窓から小さな鳥が出てきて、フロムの指先にとまった。せめて灯に一言相談を、と言っても無駄な話だろう。


 大翔が呆れている間に、小鳥は首をよじってフロムの手の中に溶け込んでいく。


「で、なんなんだよ。またシレールが攻め込んできたってのか」

「いや。先日の戦闘が良い威嚇行為になったらしく、そいつらは来ていない。遠征するのにも金がかかるからな」


 大翔は少し拍子抜けした思いでそれを聞いた。その顔にフロムが素早く視線を巡らせ、寝台の上の枕を飛ばしてくる。枕は大翔の後方の壁に当たった。


「うわ」

「安心するな。シレール以外にも国はたくさんあるのだぞ。今回、ヒノエの間諜がデイトに入り込んでいる」

「ヒノエ?」

「このデイトはシレールの西側にあるが、ヒノエは反対──東側にある新興の島国だ。国土が狭いため、大陸への足がかりになる地点を探している真っ最中らしい」


 それを聞いて大翔は首をひねった。


「でも、それなら地理的に近い東側から攻めるはずだろ? なんで反対側のデイトにわざわざ来るんだよ」

「詳しい目的はまだ分からんが、のんびり挨拶に来たわけではなかろう。軍上層部もこの話題をつかんでいて、あわてて密偵に素性を探らせている」


 フロムの目の奥に、厳しい光が宿った。


「珍しい客だ。ことの次第によっては、のんびり糧食など開発している時間はないかもしれんぞ。心構えだけはしておけ」


 それだけ言って、フロムは消えた。大翔はモヤモヤとしたものを胸に抱えつつ、食事を持って灯に近付いていく。


「……また戦になるのか?」

「まだ分からない。俺は今、するべきことをやるよ。他に方法はない」


 不安げに見上げてきた灯に向かって、大翔は無理に口角を上げてみせた。




「分かった。機械が欲しいと言うなら、一人『発明家』に心当たりがある。手紙を

送っておくから、会ってみるといい」


 ザザはテラウを離れられないと言い、大翔に全て託すと言った。もちろん、目的地までの護衛はつけてくれるそうだ。ヒノエの存在を知っている大翔は、それ以上ごねることなくただうなずくのみだった。


「……で、なんで灯も来るんだよ。訓練はどうした」

「実戦こそ最高の訓練だろう──とフロムが言ってる」

「本当はその発明家とやらを見たいだけじゃないのか」


 図星だったのか、灯はそっぽを向いたまま何も言わなかった。


 手紙を送ってからひと月の後、博士から返信があった。大翔たちはまた、覆いのない自動車で移動していた。護衛は五人、向こうが大人数を嫌ったためである。今日はフロムも戦えるので問題ないだろう、と大翔は思っていた。


 冬の空は真っ青で高く感じる。町を出ると途端に空気がひんやりして澄んできたから、そのせいかもしれない。排気音のため鳴き声は聞こえなかったが、鳥たちが車の上をぐるぐると回っていた。


 道路が切れると目の前に森が見えてきた。大翔たちは車を降りて、森の入り口に立っていた若い男に声をかける。


「お待ちしておりました。私は博士の助手を務める、シモンと申します」

「急な依頼をして申し訳ありません。よろしくお願いします」


 大翔は挨拶をしながら相手を観察する。シモンは物腰柔らかい男性だった。すすけた白衣を着て、壊れかかった眼鏡をかけていなければ、大きな屋敷の執事にだって見えただろう。


「構いませんよ。先日から博士は、大変張り切っていらっしゃいます。いろいろな本を集めに行って、あなたの興味を引きそうな話題をそろえて。試作機も用意してありますよ」


 大翔は顔をほころばせた。博士というから気むずかしい人物を想像していたが、考えすぎだったかもしれない。


「……だから、ちょっと博士の言動が怪しくても、軍法会議にかけたりしないでくださいね。本当に悪気はないので」


 シモンの笑みの裏に恐ろしいものを感じた大翔だったが、今更大騒ぎして帰るとは言えなくなっていた。


 昼だというのに、シモンはカンテラを取りだした。それから獣道をたどる中、木々が生い茂って暗くなっている場所がいくつかあったからだ。静かに生えるコケや草、時折その間を通り抜ける名前も知らぬ虫たちを避けながら、大翔たちは博士の家まで辿り着く。


 博士の家は立派な五階建ての建築で、部屋の数も十を超えるという。しかしそのほとんどが資材や研究資料の保管に使われていて、博士の家族は愛想を尽かしてとっくに出ていってしまったそうだ。子供もいたそうだが、今頃は成人してどこにいるかも分からない。結局、シモンが全ての世話をしている状態だと説明を受けた。


「博士、いらっしゃいましたよ。博士えー」


 通信機にシモンが呼びかけても誰も出てこないし、窓の中を覗きこんでも人影は見えない。


 しばらく待ってみたが結果は同じだった。


「……ダメですね、また何か思いついちゃったのかも。合い鍵で入りましょう」

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