第40話 意外なとこから駒が出た

「考えているさ。私がこの頭脳を使って、昼夜問わずな。本当は貴様のようなバカのために使うのが惜しいような逸品なんだが」

「考えても結果が伴わないなら、そりゃただの妄想だろ。金だけ盗りやがって、この穀潰しが」

「……親父の七光りが偉そうに」

「なんだとっ」


 怒り心頭の二人の間に火花が飛び交い、あわてて皆が間に入って引き離した。まだ唸っているイラクを横目に、ヨアネは大翔ひろとに視線を向けて言う。


「それとも何か? 貴様は、この依代の方が私よりうまくやるとでも言いたいのか」

「その通りだ。少なくとも、そいつはお前のクソみたいな飯を食えるようにしてみせたからな。俺は知ってるんだぞ」


 いきなり話を振られた大翔はぎょっとしたが、もう止めるには遅すぎた。


「……増長した真似を。何をしでかした」


 憎々しげにヨアネに見つめられて、大翔の中のミルカが悲鳴をあげていた。仕方無いので、大翔は言い返す。


「戦闘糧食に鶏骨からとったスープと、あと少しの調味料を加えて食べやすくしました。そうしないと、あかりの口に合わなかったので」

「ほう。そのままでは食えないと抜かす兵がいたのか」

「だいたいみんなそうですよ。イラクの言い方は確かに悪いけど、言ってることは間違ってません」


 大翔は話の流れでつい正直に言ってしまったが、ヨアネは眉尻をつり上げて、恐ろしい形相になっていた。


「仕方ない。貴様のような者にも分かるよう、説明してやろう。私についてこい」


 ヨアネは一方的に言い放ち、さっさと食堂を出てしまった。走るのに近いような速度で歩くので、大翔はついていくのに難儀する。食堂棟を出て本棟に入り、そこからほぼ建物の反対側まで歩き通した。


 着いた部屋は入ってみると大きくて、何やら大きな機械や実験台が詰め込まれている。班長の帰還を班員たちが出迎えたが、軽く会釈をしただけでまた作業に戻っていった。


 地面にはずらりと運ばれてきた缶詰めの箱が並んでいる。箱には缶の中に入っている食材が書いてあって、中には試作品のフルーツ缶、なんていうのもあった。少なくとも、熱心に研究しているというのは嘘ではなさそうだと大翔は思った。


「では単刀直入に聞こう。うちの糧食の味が良くないことは、開発した我々が最もよく理解している。それは何故だと思う?」


 ヨアネに問われて、大翔は考えた。


「……まず素材から旨みや水分が完全に抜けてしまってバサバサでした。少し出ていた煮汁や肉汁にはそこそこ味があったので、そちらにうつってしまったのかと。加熱のしすぎが原因だと思います」

「まあ、少し調理の知識があればそれは分かるか。うちの糧食には、加熱した食材を使っている。加熱に加熱を重ねていることになるから、お前の言うことは正解だ」


 言い当てた大翔を、ヨアネは見つめてくる。


「……なんでそんなことを? 変じゃないですか」


 大翔はあちらの世界の美味しい缶詰の作り方を思い浮かべてみた。まず、できるだけ新鮮な食材を準備し、洗って内臓や種などを取り除く。そして缶に詰めて空気を抜き、缶ごと加熱殺菌して完成。確か、こんな流れだったはずだ。


 最も大事なのは、食材の鮮度を落とさないうちに加工してしまうこと。そのため、缶詰めの工場は牧場や港の近くに作られていることが多いと聞く。ヨアネたちのように加工品を詰めてさらに加熱していたら、加工のやりすぎになってマズくなるのは間違いない。


「ここには新鮮な食材だってたくさんあるでしょう。それを持ち出して加工すれば、あんな風にはならないんじゃ」


 大翔が必死に訴えても、ヨアネは腕組みしたままびくともしなかった。


「それはこちらも理解している。だが、食中毒を防ぐためにはやむを得ないのだ。そうでないものを自分で試して、当たったこともあるしな」

「食べたんですか?」

「もちろんだ。私は一番の責任者だからな」


 その根性は大したものだ、と大翔は感心した。ただ威張っているだけの人ではないと分かって、少しだけ安心する。つまり、話せば通じる可能性があるのだ。


 そんな大翔の気の緩みを見透かしたかのように、ヨアネがにらんできた。


「……先日、貴様は糧食を加工して兵に食べさせてみたな。だから自分がこちらより上だ、そう思っているなら己を恥じるがいい」

「そこまで思い上がっちゃいませんよ。あれは、食材の再利用が可能で、きれいな水があって炊事場がある場所でしか使えない手です。全ての戦場であんな風にできるわけがない」


 それを聞いて、ヨアネは少し困った顔になった。何か言いたいが、大翔の言うことが予想以上に的を射ているから言葉がない感じだ。


 遠くで鐘が鳴る。それからしばらくたって、ヨアネはようやく口を開いた。


「分かっているならいい。兵がいるのはそういう場所だ。そこから動けない状況で、もし食事が完全に安全でなかったらどうなるか分かるな」


 大翔にも理解できる問いだった。答えは一つ、死者が増える。


「戦闘糧食には瑕疵があってはならん。貴様の目的が純粋に軍の役に立つことだったとしても、美味さを保ったまま安全性を確保する方法が分からないようでは意味がない。だから私はザザ少佐の要請を断ったのだ」


 取り付く島が全くない様子から、少し変化してきている。大翔が正解を出したことで、認める気になってくれたのだろうか。


 大翔が想像していると、しばらく黙ってから、ヨアネはまた口を開いた。


「お前の作った新作は、この条件を改良できるというのか?」

「……少しお時間をいただきますが、可能だと思います」


 大翔は慎重に言葉を選びながら言った。ヨアネはそれを聞いて顔を引き締める。


「では改めて課題を出す。安心して食べられ、味も良く、持ち運びしやすい糧食の試作品を開発しここへ持ってこい。猶予期間は半年とする。挫折した場合は、二度と開発班への配属は認めない。それでもやるか?」

「よろしくお願いします!」


 頭を下げて部屋を飛び出した大翔の気分は高揚していた。ただ逃げ帰るだけでなく、一矢報いた。やっと自分の作った物が、ヨアネの目に触れる機会を得たのだ。


 自分の居室に戻った大翔が草案を練っていると、灯が帰ってきた。


「お帰り。遅かったな」

「ちょっと強い奴がいてな、手こずったんだ。勝ったけど」


 上気した灯の顔は、普段よりきれいに見える。周りが騒ぐ割に大翔自身は意識していなかったが、確かにこの子は美人なのだとこの時に実感した。


 しかし今更それを口にするのも気恥ずかしくて、大翔はわざと別の話題を振る。


「どうだ、訓練。ついていけてるか?」

「うん。だいたいの同期には勝てる。さすがに子供の頃からみっちり武術やってる奴はキツいかな。長期戦になったら私は体力尽きるから、それも今後の課題」


 灯にはまともな武道の経験はないが、順調に成長しているようだった。こういう部分もフロムに気に入られたのかも、と大翔は思う。


「そっちはどう? ザザ少佐から何か連絡あったか?」


「少佐からはない。ただ、糧食開発チームの責任者が食堂に来た」


 大翔がことの次第を説明すると、灯は目を丸くしていた。


「それはまた、キャラの強そうな上司だな」

「だろ? しかも熟練の料理人みたいな言われ方してたのに、妙に若い男だったから余計頭がついてかなくてさ」


 大翔がそう言うと、灯がしばし口をつぐんだ。


「フロムが知ってるって。そいつら、リムタカ族っていうらしいぞ」


 聞いてみればリムタカとは長命で容姿端麗、長い耳が特徴的という、元の世界でいうエルフにそっくりな種族だった。違いといえば男女の区別がなく、雌雄同体だということくらいだ。


「体内に雄雌両方の生殖器を持ってるんだってさ。だから、リムタカ族が一人いさえすれば勝手に妊娠して子供を産める。たとえ男みたいな顔してる奴でもそれは一緒みたいだ」


 リムタカ族は基本単独行動を好み、一旦気に入った土地があれば長くそこに住み着く。そして神官向きの高い霊能力、自然と会話できる力を持つが、人間と比べると筋力・体力では劣るし性格も穏やかだ。つまり、異性と出会う機会が極端に少ない上、他の種族と殴り合いになったら死にやすい連中ということなのだ。


「ほとんどはおっとりしてる種族なのか……」


 大翔は忙しなく会話しているヨアネを思い浮かべた。彼からその気配は全く感じられないが、だからこそ人間に混じって働くこともできるのだろう。


 灯がさらに続けて言う。


「人里にはめったに姿を見せないらしいから、今日の奴は例外中の例外だな。そこまで発言権を持ったリムタカ族に会ってみたいって、フロムも言ってる」


「フロムが会ったら、腹立てるだけじゃないかなあ。我の強い者同士だし」


 ヨアネとフロムが対決したら、語りぐさになりそうだと大翔は心配になってきた。


「まあ、それは実現するか分からないから横においといて。本題は糧食の方だよ。見栄切って、本当にできるのか?」


 灯の質問に、大翔は首をひねった。




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