第23話 マズい、もう一食!

 原材料、鶏肉。よっぽど破壊的な味付けをしない限り、そうマズくはならないだろうと思いながら、大翔ひろとは缶詰をあけてハムを皿の上に出す。


 茶色の焼き目が入った白っぽいハムが、ごろんと転がり出てきた。大きさは大人の掌くらい。変な匂いもしないし、見ているだけならそう悪くなさそうだった。


「じゃあ、いただきます」


 大翔はハムをナイフで切り取って、口に含む。まず感じるのは、固くなった肉の線維と、乾いた物が粘膜に当たる感覚。確かにあったはずの唾液が、どんどんハムの方へ吸い寄せられているのが分かる。


 正直、味なんて感じている暇はない。ひたすらパッッッサパサになった肉の塊を吐き出さずどう飲みこむか、それを思案するので精一杯だ。


「ほい、水」


 イラクが差し出してくれた水をがぶ飲みして、大翔はようやくハムの一片を喉の向こうへ追いやることに成功した。確実に、さっき作ったサンドイッチを食べる時より水分を消費している。


「戦場で水は貴重品だろうに、それでいいのかデイト軍……」

「な、ひでえだろ」


 思わず口が悪くなる大翔に向かって、イラクが苦笑いした。


「実際にはこいつ、三点セットになっててな」

「でしょうね……これだけだと、まともに食事した気がしませんよ」

「スナックパンとパウンドケーキがついてくる」

「そんなに口内の水分を奪い取りたいか」


 メニュー考案者の頭がおかしいとしか思えない糧食に、大翔は思わず素に戻って悪態をついていた。それでも食べ物を無駄にしてはいけないので、大量の水を消費してなんとかハムを完食した。


「おお、全部食いやがった……俺、お前を誇りに思うぞ」

「ありがとうございます……」


 大翔は荒い息を吐きながら、今度はステーキの缶を開けてみた。同じ肉でも牛に近い味のものならば、口直しになるかと思ったのだ。しかし念のため、今度は小さめに切って食べてみる。


 パッッッッッッッッッッサパサ。


 大翔の口腔内の水分は、また瞬く間に持って行かれた。確かにちょっと肉の風味はこちらの方が強いが、徹底的に素材の良さを殺しきっている作りに大差はない。


「これ、さっきのハムと全く同じ製法で作ってません!?」

「……多分同じなんだろうと思うよ。この携帯食、国の肝いりの指定工場で作ったシリーズだからね」


 食い下がる大翔を、ニコルが諦めきった顔で見下ろしていた。


「くそ……この肉もどきが……」


 大翔は涙目になりながら、ステーキの残りを食べた。よっぽど哀れに見えたのかニコルとイラクが手伝ってくれたが、それでも食べ終わるのにかなり時間がかかってしまった。


「でも、まだ希望はある。最後のデザートっ……!」


 大翔は目尻に涙がにじんでくるのを感じながら、粉末ジュースを水にとかす。なんだか液体が不自然な蛍光グリーンになったような気がしたが、見なかったことにした。


 そして果実のケーキをあける。濃厚な甘い香りが鼻腔を刺激したが、変な味がするよりよほどマシと言い聞かせてその一片を口に含む。


 パッッッッッッッッッッサパサ+脳天を貫くような、大量の砂糖を使った甘さ。


 どちらかというと控えめな甘さの日本製ケーキをあざ笑うような強烈な味に、大翔は自分の舌はもうダメかもしれないという強烈な危惧を抱く。口直しのために含んでみたジュースもこれまた人工甘味料を大量にぶちこんだとしか思えない味わいで、ますます事態は悪化したように思える。


「家庭料理はあんなに美味しい国なのに……何故……」

「死ぬな、死ぬな新入り──!!」


 ふらふらとベンチに体重をあずけて、大翔はしばし意識を飛ばす。おぼろな視界の上に広がる夜空が妙に綺麗で、なんだか腹が立ってきた。


「……本当に大丈夫かい? 栄養素は漏れなく入ってるんだけど、味は本当にひどいからねえ」


 ニコルが差し出してくれたただの水が過去一美味しくて、大翔は思わず涙ぐんだ。これでは、兵士たちが携帯食を食べたがらないのも納得だ。


「俺、生き残ったら新しい携帯食の開発に関わりたいな……」

「そういうのは『しぼうふらぐ』と向こうの世界で言われておったぞ」


 力なくつぶやいた声に、いつの間にか背後から近寄ってきていたフロムが答える。大翔は振り返った。


「余計なことはよく知ってるなあ。……もう戦場の方はいいのか?」

「本日の戦略目標は達成した。これより明日の協議に入る。今回は気を抜けぬゆえ、可能な限り娘とは交代せんぞ」

「任せるよ」


 灯と話ができないのは寂しいが、戦場ではフロムの姿でいてくれた方が安心だろう。そのことに異存はなかった。だが、大翔にはどうしても一つだけ釘を刺しておきたいことがある。


「……ただし、できるだけ灯が気に病むような殺しはしないでくれ」


 フロムの背中に向かってつぶやく。小さな声だったが、赤い髪を揺らす彼女には確かに届いたようで、わずかに体を揺らした。


「戦場で甘えたことを言うな。速やかに殺さなければ殺される。あえて残酷に殺さなければ守れないものがある。相手の命がいちいちが気になるというのなら、変えるのはそいつの性根の方じゃ」

「フロム……」

「いずれは依代も思い知る日が来よう。この世には、まこと理解しがたい相手というものが居るものだ、とな。それまでは、せいぜい貴様がつっかえ棒となって逃亡せんよう支えてやれ」

「フロム!」


 それ以上の咎めを聞く気はないようで、フロムはさっさと踵を返して闇の中に消えていった。言うことを聞かせられるなどというたいそうなことを考えていたわけではないが、もう少し歩み寄れるのではないかと思っていた大翔は、ただため息をつく。


「……なあ、ミルカ。お前から話してもらえば、少しはマシなのかな」


 自分の体内にいるであろう相棒に話しかけてみたが、ミルカはそよとも返事をしなかった。




「第一目標であったテルウ制圧を達成したこと、まずはめでたい。しかし、単純に喜んでばかりもいられぬ報告が入ってきたな」


 大翔たちが陣取った丘から少し離れた尾根、セリッジ地区にシレール軍の司令部は本拠地をおいていた。その中枢である前線司令会議の場には、第一から第四の軍団長、総司令のミハイロのみが顔を出している。


 全員が溶けた雪の跡のような濃い灰色の軍服をまとい、その上には赤い外套。胸に金の勲章を輝かせて威風堂々とした装いだったが、集まった彼らの顔には一様に不安の色が浮かんでいた。


 最初に口火を切ったミハイロの言葉が、重く空間に染みこんでいく。

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