第22話 異世界の戦闘糧食

大翔ひろと様、疑ってすみませんでした。もう一個ください」

「……もう敬語はいいですよ。なんか気が引けるし」


 チーム内のわだかまりもなくなったところで、別の班の様子を見に行く。皆、ある材料でスープを作ったり、簡易な釜でパンを焼いたりし始めていた。普段より使い勝手の悪い設備しかない戦場でも、色々な工夫をしているのが見て取れる。


「スープもサラダもパンもあるし、俺たちはさっきのを作って作業中の連中に届けてやるとしようか」


 作業の様子を見ながらニコルが言った。


「作業中の人は、携帯食を食べてるんですか?」


 大翔は頭の中に自衛隊の携帯食、いわゆる戦闘糧食を思い浮かべながら聞いていた。元の世界ではレトルトパックに入った色々なメニューが提供されていたが、こっちの世界ではあっても缶詰だろうなとも思う。


 そこまで考えて現実に視線を戻すと、ニコルとイラクの表情が激変していることに気付いた。


「……あの、俺、そんな変なこと言いました?」

「ああ、すまんね。うちの軍の携帯食、とってもマズいんだよ。思い出しちゃって」

「俺たちは命令で仕方無いから食べるけど、あれは食事とは別の何かだと思う。最悪、飢えた奴の前に出しても食われないかも……」

「どんな食事ですか」


 大翔が想像できずに戸惑っていると、ニコルが苦笑いした。


「なんなら食事を届けに行ったときに、携帯食と交換してもらったら? 多分、持って帰るのも大変なくらいもらえるよ」

「そんなにマズいんですか……」


 奇妙な話だが、そこまで言われるとちょっと食べたくなってくる。大翔は少し胸を高鳴らせながら、カレーポテトサンドイッチの量産にとりかかった。


「お、さっそく美味そうなものを作っているな」


 様子を見に来たザザにもサンドイッチを献上すると、とても喜んでもらえた。デイトという国の人々は、スパイスがきいた料理が好きなようだ。


「二百食くらい用意しましたので、現場を離れられない人たちに配ってこようかと」

「それはいい。側撃砲を調整している砲兵のかわりはなかなかいなくてな、彼らは交代で飯が食いづらい。渡してやれば、喜ばれると思うぞ。もっとも、二百ぽっちでは足りないだろうが」

「はい、とりあえず第一陣、行ってきます」


 大翔たちはリュックに油紙に包んだサンドイッチを詰め込み、熱いお茶の入ったポットを抱えてゆっくり丘の斜面を下っていった。丘といっても小さな山に近いものなので、獣道がうねっていたり、急斜面になっているところもある。これは往復だけで重労働だな、と大翔は内心ため息をついた。


 最初に目に入ったのは、何やら重そうな砲を地中に埋め込もうとしている人たちだった。だいたいの砲は正面に向いているのに、なぜか彼らが埋めようとしている砲はほぼ真横に配置されている。


「あれは側撃砲だよ。正面に意識がいってる敵を、横から攻撃するための砲だね」

「味方を巻き込む心配のない防御戦じゃ有効な手だよ。陣地突破されて乱戦になると厄介だけどな」


 二人に教わりながら、大翔はやはり戦場というのは容赦ないところだな、と感じて身震いする。不安定になった足をなだめ、なんとか砲の横に降り立つと、泥まみれになって作業している三人組が見えてきた。彼らはようやく休憩に入ったようで、腰を曲げ伸ばししている。


「今のうちに糧食つめこんどけよ。食いたくなくてもだ」

「あの粘土みたいな缶詰と、人工甘味料の塊のケーキか。くそ、シレールの奴らを呪ってやる」


 ここでもさんざんな言われようだったので、大翔は思わず失笑してしまった。その音を聞いて、砲兵たちが顔を上げる。


「おい、誰か来た。上官殿に聞かれたらまずいぞ」

「大丈夫ですよ、調理班です。もし良かったら、応急食はいかがですか」


 食事の話をすると、分かりやすく砲兵たちの目が輝いた。サンドイッチの包みと紙コップに入ったお茶を、まるで宝物を受け取るような仕草で手中におさめると、すぐに食べ出す。彼らの一口は大きく、サンドイッチはみるみるうちに小さくなっていった。


「ど、どうですか? 新入りの俺が作ったものなんで、感想を……」


 大翔が近付いていくと、むくつけき男たちにいきなり猛烈なハグを受けた。正直全く嬉しくはなかったが、彼らの感謝の念は間違いなく伝わってくる。


「君は救いの神だ!」

「地獄で天使の声が聞こえたようだよ、本当にありがとう」


 熱烈な言葉を浴びせられて、大翔はすっかり恥ずかしくなってしまった。もごもごと口の中で「どういたしまして」と言い、去りかけて肝心なことを思い出す。


「あ、そうだ。携帯食を一度食べてみたいので、サンドイッチひとつと何か交換してもらえませんか?」

「どれでも持っていってくれ!」


 渋るどころか食い気味に言われた。大翔は「ステーキ」と書かれた缶と、粉末ジュースの袋をもらってその場を去る。


 それからいくつかの現場を巡ったが、どこでも調理班は熱烈な歓迎を受けた。一回目のサンドイッチは早々になくなり、大翔は疲れた体に鞭うって二度、三度と食事を届けに行く。


「美味い……美味いなあ」

「お前、名前はなんていうの? 帰ったらお前の働いてる店に行くよ!」

「気をつけて帰れよ、明日も待ってるぞ!」


 疲労感はあったが、人からの好意的な言葉を全身で浴びるというのは悪いものではなかった。大翔がそれを口にすると、横を歩いていたニコルが笑った。


「戦場では楽しみが少ないからね。食事は兵士の精神的バランスを保つのに大事だっていうんで、調理班はけっこうみんなから好意的に見てもらってる。君はその中でも料理上手だしねえ」


 確かに窪地のような陣地から離れられず、砲火が迫っているとなればそのストレスは大変なものだろう。大翔はうなずいた。


「そうなんですか……ニコルさんの言った通り、携帯食もいっぱいもらえて良かったです。陣地に戻ったら食べてみますね」

「なんなら俺のもやるよ。好きなのもってけ」


 一番先頭を歩いていたイラクが振り返らずに言った。


「いいんですか、ありがとうございます」

「……お前に忠告しといてやる。食うなら一個ずつ開けろよ。たーのしい食べ比べパーティーなんて想像してたら、地獄見るハメになるぞ」

「そんなにですか……?」


 皆が口々に携帯食を語る言葉を思い出しながら、大翔は陣地に戻ってきた。あちこちでかがり火が焚かれて、簡易ベンチと机が広げられている。負傷兵たちも戻ってきているのか、うめき声が聞こえてくるテントもあった。


 治療の邪魔をしないよう、大翔たちはできるだけ端の机に陣取る。そして、もらった携帯食を鞄から出し、ざっと広げてみた。


 ステーキ、トマトもどきを使っているであろう麺、鶏肉のハム、クラッカー、野菜の煮込み、粉末ジュース、果実入りケーキ。ジュース以外は灰色の缶詰に入っている。料理の名前だけ聞けば、それなりに美味しそうなものばかりだ。


「じゃあ、最初は無難に鶏ハムにしましょうか」



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